『救出作戦実行!』 その1
本番前日は緊張していたのに、何故か今は胸が躍っている。
馬鹿なのはわかっている。けどその馬鹿事を提案すると思わなかった。昔なら絶対しなかった。
部屋の天井は、気分によって見え方が変わるというらしいが、それが本当だと思える日が来るとは思わなかった。
そんなに自分が変わったとは思わなかった。ふと自分のポケットが振動した。僕は震える黒い物体を手に取りそのまま耳に当てた。
「もしもしカゲル君?」
「小百合さん」
「今日はお疲れ。舞台見に行ったよ」
「見に来てくれたんですか。ありがとうございます。すみません見苦しい姿を見せまして」
「ううん。カゲル君。うまくなっていたよ」
直球で褒めてくれたことに、誰もいないのに頭の裏を掻く。
声が浮つきそうなのを抑えつつ、話を続ける。
「いやでもまだまだです」
「そんなに謙遜しなくていい。実際私にはできないことしているし、それにかっこよかったよ」
「ありがとうございます。でもごめんなさい。舞台自体が途中になってしまって、最後までできなくて」
「そうだね。何かあったの」
僕は話を止めた。僕は迷った。事実を話すか否かで迷ったわけではなかった。
景色が変わった天井を見ながら、僕は答えた。
「明日の昼休みに、答えられるかもしれないです」
「どうして?」
「それはその時のお楽しみということで」
「カゲル君って、そんなこと言うんだ」
「僕もびっくりしています。でもそれくらい自信はあります」
「カゲル君。すこし変わったね」
「そうですか」
「そう」
「そう……かもしれないですね」
「ふふ。明日楽しみしている」
「はい! 是非!」
澄んだ青空に燦々と煌く太陽。
そして吹き出す汗!
「いやそれ汚ねえ」
「うんうん」
「カゲルはそんなにナルシストだったか?」
「カゲル。キャラ変わった?」
「カゲルまで変わると、僕の立場がどんどん無くなってくるよ」
「大丈夫。大ちゃん私がいるから」
「ホンマ熱いですな。二つの意味で」
「ホントにいつもこんな感じなの、アヤアヤ?」
「変わらない。いつもこんな感じ」
「……。僕、話してないんですけど……」
「んな細けえことはどうでもいいだろ」
思いっきり背中を叩かれた。
納得がいかない。
この人たちは例え世界が最後の日でも同じ事を言っているんだろう。
ああ。僕もそうか。これは納得する。
カフェテリア前の噴水広場にはまだ人はほとんどいない。そこで噴水を背に陣取っている人達なんて、僕たちだけだろう。
キーンコーンカーンコーン。
昼休みの始まりの合図だ
僕らにとっては、作戦開始のアラームが鳴り響いた。
テンちゃんが台車からスピーカーを石畳の上に降ろし、延長コードと差し込み電源をつないでいく。
もう一つのコードの先には大きなマイク。それを隣の榊原さんに手渡すと僕ら全員に目配せする。
テンちゃんの準備が完了し、始めるタイミングを受け取った。
テンちゃんが開いた掌から、一秒ずつに一本ずつ指が折りたたまれていった。
「5・4・3・2・1」
「さあ。皆さん。今からここで始めますのは、世にも珍しいジャグリング! ボールが舞い、箱が浮き、コマが跳び、棒が回る! こんなの滅多に見られない。さあ集まれ集まれ!」
「ピーーー!」
てるやんさんが笛を加えたまま、三三七拍子のテンポで兵隊のように歩いていく。四角になるように四隅にミニコーンを一つずつ置いていく。
派手な陣取りに、周囲の学生は少しずつ足を止めていき、「何だ。何だ」と注目が集まる。
隠しきれていない笑みを零しながら、先輩は締めに一直線に背筋を伸ばして立つと、笛の長い合図のあと敬礼をした。疎らだが拍手が返ってきた。
「カモン!」
先輩の呼びかけに左右から専用道具とアロハシャツが飛んでくる。
見事に両手に収まり、数秒足らずで着替え終わる。
「やっぱりこの格好がしっくりくるぜ!」
アフロさんは解けたように柔和な面になる。
赤いアロハシャツに迷彩柄の短パン。不釣り合いな組み合わせだが、それはそれで先輩らしい。
天に向かって指差したてるやんさんは、大きく息を吸い込んだ。
「おい。湿った顔をしている学生共、このてるやん様がこの重たい空気を吹き飛ばすくらい、度肝を抜かせてやる演技をしてやるからよーく見とれ!」
バサっと投げ上げたフラワースティックは、てるやん先輩の手元で生き物みたいに優雅に踊りだした。
ただの棒が浮いたように見え目が離せなくなる。
プロペラのように回ったり、体の周りを自由自在に通っていく。
そのアクティブで迫力のある演技が、観客を惹きつけていった。
てるやん先輩は生き生きとしていた。笑っていた。
それもまた惹きつける。見たことのないように動くフラワースティック。
それを操り躍る先輩。
道具と曲と演者が一体になる瞬間をみた。
最後に棒を大きく投げ上げた。そして下でクルッと二回転してから、出した手のひらにストンとスティックが収まり、キャッチした。
後ろを向いてポーズを決めると、一瞬の静寂に包まれた後、地面を揺るがすほどの大きな拍手と歓声が湧いた。
「うおおお!」
「スゲー」
たった数分で、十人もいなかった観客から、先輩が作った四角い舞台を囲むように人だかりが出来ていた。
僕はただ見とれていた。言葉なんてなかった。これほど人を引き寄せることができる演技を初めて見たかもしれない。
「おっしゃー! 舞台は作ったぜ」
全てが出し切った。それほどの爽やかな顔で戻ってきた。全員にハイタッチをする。
「イエーイ!」
僕も全力で応える。
「てるやん。やっぱりあんたはその格好が一番でしょ」
「ああ。アヤメの言うとおりだったぜ」
アヤメ先輩に元気よくハイタッチをかます姿は、いつものてるやん先輩だった。
格闘ゲームで勝てない(泣)




