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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第一章 「初めての部活、初めての舞台」
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『緊急会議』 その3

「アヤメ先輩。これならカスミン先輩を助けられます!」


 彼女の虚ろな瞳は、何とか僕を見ている。

 博打でもなんでもいい。確実にするためにはこの人からひとつ聞かなくてはいけない。


「今、僕の頭の中では、馬鹿にされるようなことを考えています。それは分かっています。でもこれなら救えるかもしれません。でもまだ半分です。あと半分はアヤメさんの協力が必要です」


 全神経を使って部長の相棒の瞳を見つめる。

 アヤメさんは髪で顔を隠す。両腕をフラッと伸ばして、僕の両肩を掴む。


「ふ、ふざけんじゃない!」


 両肩に激しい力が加わり、人を射殺す程を瞳で睨みつけられる。ゾワッと背筋に寒気が走った。


「あんた何言ってんの! 冗談でも許さない! 急にカスミンが消えたとか言い出したら、次は元に戻す方法を見つけた? 何そんな都合のいい事言ってんの? 私を弄んでいるの? 私を振り回したいの? あんたの滅茶苦茶なことでもの凄く迷惑してんの私なんだよ! これ以上、カスミンを悪く言わないで!」


 爪が皮膚に食い込むまで激しく掴まれた。研ぎ澄まされた瞳は怒りに満ちていた。


 軽率だった。分かっていた。


 カスミン先輩の一番傍にいたのに、崩れていく彼女に何もできなかったことに対する自分への怒り。その上失踪したではなく、物理的に消滅したという非現実的な現象を聞かされた。


 そりゃ僕も事実を見ていなかったら、ここまででは無いが、深刻な状態に何冗談を言ってんだと怒りたくもなる。


 だけど残念なことに消失したことは事実だ。それに……。


「ふざけていたらこんなこと言わねえ!」


 負けじと睨み返し、彼女の両腕を力強く握り返す。


「僕だって、信じられない! 本番あんなに崩れていく先輩たちにカスミン先輩。初心者だった僕は自分の演技も満足にできないまま、ただ見ていることしかできなかった!」


 無残な光景が鮮明にフラッシュバックし、胸が熱くなってくる。


「その上、悲しみのあまりに逃げてしまったカスミン先輩をただ追いかけても、何も言えなかった自分」


 カスミン先輩のグシャグシャに歪めていた顔。フラフラになりながらも逃げる後ろ姿。


「そして最後、別れの言葉を言うかのように目の前から消えていくカスミン先輩」


 目元がジワっと熱くなり、視界がぼやける。


「こんな光景を目にして、ふざける訳ねえ!」


 女性に対しては最悪なくらい、彼女の腕を握り締めた。


 瞳の奥から湧き出てくる涙は止まることは無かった。今になって泣くは遅すぎるかもしれない。仕方ない、見てきたものが現実離れしすぎた。


 だから、今僕は必死なんだ。


「だから、何としても助けたい。カスミン先輩もそう。それにこの部もそう。ジャグリングの演技があんなにすごい先輩たちなのに、こんな風に終わるなんて嫌だ!」


 この部屋が震えた。


 全て言い切ったせいか、掴んでいる力は抜けていった。

 アヤメ先輩は痛がることもなく、嫌がることもなかったが、未だ鋭い目つきだった。


(嫌われたかな)


 我に戻ると絶望感が全身を襲った。先輩相手に敬語を使わず、ましてや女性相手に怒鳴り付けるなんて、男として失格だ。


 罪悪感と後悔で、僕は頭を下げて俯いた。

 もう殴り飛ばしても、罵られても何も言わないぐらいの覚悟ができていた。

 けど次に起きたことは意外なことだった。


「ごめん」


 フワッとした暖かい何かに、僕の頭を包んでくれた。


「ごめん。あんたがここまで心配してくれているなんて思っていなかった」


 優しく頭と背中を撫でてくれる。


「私もバカだね。後輩が必死に説明してくれているのに、それを信じてあげられなかった。先輩として、ダメだね」

「アヤメ先輩がそこまで言う必要なんて無いです。僕だってさっきは荒かったです」


 ギュッと力強く抱かれた。


「そんなことない。でも一つ聞かせて、本当にカスミンは消えたの?」


 その事実を確かめるように問いかける。


「嘘じゃないです。僕だって本当はこんなの信じたくもないです。けど嘘じゃないです。僕の目の前から光ながら消えたんです」


 その光景が思い浮かべるたびにポロッと涙が零れた。

 ゆっくりと撫でてくれる。


「そうなんだ。それはつらかったね」


 僕の耳元で、アヤメ先輩の鼻を啜る音が聞こえた。


「ごめんね。私が一番しっかりとしないといけないのに。わかった。何とかしよう。何もできないかもしれないけど、結局何かしないと救えない。こんなウジウジしても仕方ない。それに後輩がこんなに思っていたのに」


 少しずつ声の力は強くなってきた。


「ありがとう。目が覚めた」


 心の奥がジーンと震えたのを感じた。

 そんな大したことはしてないですよと思いつつも、少し嬉しかった。


「カゲルーーーー!」


 凄まじい衝撃と共に数人にのしかかられた。


「カゲル。おめえそんなこと思ってたんだ」

「後輩の癖に生意気な」

「ウッ。いい後輩を持った」

「カゲル、良い所持って行きすぎ」

「カゲル、感動した」

「全く、ちょっとヒヤッとしたんだから」

「いやあー。若いっていいもんやね」

「テンちゃん。ジジ臭い」


 物理的には、窒息死する寸前まで苦しかったけど、悪い気はしていなかった。

 いやでも冷静に考えると、まだ早い。


「ン、ン、ンーーーー!」


 強引に起き上がって、みんなの間をすり抜け、立ち上がった。


「ちょっとみなさん。喜ぶのは早いです!」


 熱気になっていたみんなは、現状を思い出したのか、真剣な瞳に変わった。


「それなら、さっき言っていた作戦を教えてくれない」


 まだ顔の周りが赤く残していたアヤメ先輩が、期待の視線で正座していた。

 改まられると、普通に緊張してしまう上に話しづらくなる。けど今はそんな小さいことで躊躇する暇は無い。

 大きく深呼吸をした。そして人生で一番の注目を浴びながら説明した。





「とまあこのような案なんですけど」


 みんな一同、「うーん」と唸った。


「現状可能性が一番高い。それ以外に方法は、現状では思いつかなかいですね」


 リナが一つ頷く。


「でも、まだ半分なんですね。カスミンさんを誘い出す方法が解らないです」

「それなら、簡単」

「え?」


 一斉にアヤメ先輩に注目が集まる。彼女は得意げな笑みを浮かべている。


「カスミンの好きなものは何?」


 逆に質問で返され、全員腕を組んで考え込む。


「あ!」


 てるやん先輩とエリ先輩と耕次先輩がポンと手を叩いて、飛び上がるように立った。


「答えをどうぞ!」




「おお!」


 一同が納得する答えだった。それ以外考えられない。身近すぎて気がつかなかった。


「でもよう。それをどうやって活かすんだ?」


 てるやん先輩が出した疑問は最もだ。


 たとえ好きなものを出したとしても、ピラニアみたいに素直に食いつてくるとは到底思えない。

 けど副部長に焦りの色は無かった。


「一応作戦としてはあるよ。この発表会の失敗を解決できるというお得な方法が」

『ええええええええ!』


 僕らにとっては棚からぼた餅並みの衝撃だった。勢い組はアヤメ先輩に数センチまで詰め寄っていった。

 それに動揺せず、副部長は両手で静かに押し返して座らせる。


「でもこの作戦は、結構大掛かりな作戦になるね。それに部活の存亡にも関わるんだけどみんな大丈夫?」


 忠告だった。

 リスクなしの作戦など存在はしない。大掛かりになれば比例してリスクも大きくなる。


 だけど、僕らはそんなことに怖気づくハズなどなかった。


『大丈夫!』


 みんなの決意に、アヤメさんは安堵の息を吐いた。


 ざわめいた空気が落ち着いてから、彼女はゆっくりと作戦を語り始めた。訊いていると僕の知識じゃ想像がつかなかった。


 同時に一つの疑問が出てきた。今これを問いかけるのは少し迷った。折角一つになった気持ちが揺らぐかもしれない。

 でも、この謎を残していいのかな、もしかしたら、カスミン先輩にも隠しているんじゃないか。そう思った。

 作戦を聴き終えたあと、僕はスッと手を挙げた。


「どうした。カゲル?」


 最初に怒鳴られた以上に心臓がバクバクする。あれは勢いだったからけど、今回は違う。二回も人生最大の注目をするとは……。


「アヤメ先輩に質問です。それだけの知識を持っているのはなぜですか?」


 誰もが首をかしげた。

 ただ、当人を除いて……。

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔だった。

 だが一瞬だった。副部長は両手をあげた。


「そうね。ここまでね言ったらそう思うよね」

 

 謎に包まれた副部長は諦めたように肩を落とした。


「おお」


 この場にいた全員が動揺を隠しきれずに、驚きの声を漏らす。

 やっぱりそうだった。

 ジャグリング練習を一切しないのに、知っている知識が具体的すぎる。


 しばらく沈黙して考える副部長。

 頭の中で整理は出来たのか、よしっと一言呟いた。


「わかった! もう変なしがらみなんて無い方がいい。全部話すよ。私の相棒の救出がかかっているからね。それに私も本気を出さないとね」

「ということは?」


 何かを振り払ったか、彼女は清々しい面になった。


「私も手伝うよ! 裏方ではなく表側で!」

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