『ステージ練習』 その2
ステージの練習は普通に体育館でひたすら技術練習だけではなかった。
台本発表時に一緒に配られた動態表で、立ち位置とかを体育館で練習はしていた。
それを舞台上でしっかりとした形にするために「場ミリ」を行うらしい。
動態表通りに各場面でステージの立ち位置を確認していき、そして確定したらステージに色付きのビニールテープを張り、番号を書き入れていく作業行っていく。
「これ何番ですか?」
「五番ですよ」
観客席側にいる榊原さんが、間髪なく答えてくれた。
「ありがとうございます」と言ったあと、その番号と自分の名前の頭文字を書き入れて行く。
作業自体は簡単だが、場所を記憶するのが大変である。
実際は印があるとはいえ、結局舞台に立つ時は下を見ることができないので、あくまでこれはリハーサルとかの練習用に使い、本番は立った時の観客席の見える位置とか、右側から何番目とかで覚えていくらしい。
自分の演目ですら怖いのに、舞台の立ち位置を覚えなくてはいけないので、頭が混乱しないか不安であった。
全部の場面の場ミリが終了したあと、今度は照明の調整に入った。
放送部のスタッフさんが、横の作業用通路からカラーライトやスポットライトを操作して、色や明るさ、角度などを調整していた。
ボーッと舞台袖で眺めていたら、後ろからコツンと頭を叩かれた。
叩かれた頭をさすりながら、振り返るとアヤメさんが台本を肩において構える。
「ホラ。ボーッとしない。早く道具を持って、ステージに上がる準備して」
「えっ? もしかしてもうみんなの前で演技するんですか?」
「それも後にはするけどその前に、カゲルも照明の調整する!」
「僕、そんな高度なことできないですって!」
「心配しない。カゲルもすぐできるから」
そう言って強引に腕を持ち、投げ出される形で控え室に入れられる。
入った瞬間に、床にベッタリと倒れている大介が見えて、危うく転びそうになる。
既のところで避けて、安定した床に足を下ろす。
「大丈夫か。大介」
「全然大丈夫じゃない。ステージに立つだけでも心臓を吐き出しそう」
片側の頬を床に押し付けるようにしながら、ううと嗚咽を漏らす。
ここまで凹まれると、こっちの精神状態にも悪影響が及びそうだ。
「しっかりしろ。まだ本番でもないんだぞ」
「それは分かってんだけど、怖くて体が動かないんだ」
こんな状態で本当に大丈夫なのか、大介の性格は知ってるつもりではあったけど、これはあまりにも酷いと言わざるおえない。
「大ちゃん!」
アヤメさんが駆け足でやってくる。
「大ちゃん何やってんの次出番だよ」
床に伸びている大介の姿を見て、唖然とするアヤメ先輩。
だがそれは一瞬の出来事で、二回ほど手を叩くと、その後ろからニュっと三人の影が出てくる。
「ダーイースーケー!」
そのお化けが出るような口調を聞いたとたんにビクッと立ち上がるが、もう遅かった。
耕次さんに担がれ、てるやんさんが道具を持ち、エリさんが足の裏を擽りながら、よっこらせっと連れられた。
悲痛な悲鳴と笑い声が混じりながら。
「大介、大丈夫ですか?」
「確かに心配。今はあの三人で何とかなっているけど、本人が何とかならない限りな。技術はあるんだけど」
腕を組んで難しい顔をしている。
「あと二日でなんとかするしかない。カゲルも早く道具持ってきなさい」
はいと返事をして、道具を持った。
去り際の余裕のない後ろ姿が今でも印象的だった。
少し経ってから、僕の前の出番のリナが舞台の上から降りてきた。
「どうだった?」
「舞台の上って世界が変わるね。あと頭上に注意して」
「お、おう」
何かの注意喚起を受けたが、あまり意味が分からなかった。
ステージの上に立った。上から熱いと感じるほどの照明が降り注ぎ、目がくらみそうなほどだ。
「全照の明るさはどないですか。これ百パーセントですけど」
テンちゃんさんが上の放送室のマイク越しで話す。
照明調整とは、ジャグリングする人特に投げる人は絶対にライトが視界に入るので、その明るさを演技者が決めるのである。
アヤメさんのアドバイスで言われていたことを意識して、僕は率直に答える。
「眩しいです」
「ほな。八十パーセントだと、どないですか」
眩しさが和らぎ、視界が少し晴れる。
これでいけるかなと思い、手に持ったボールを投げてみる。高く上にあがったボールはゆっくり小さくなっていき、照明と重なった瞬間、消えた。
コンマ一秒ほどにも満たないが、その一瞬で感覚を失った。
落ちていくボールのタイミングがズレ、見事にキャッチし損ね、頭にボールをぶつける。
「あー」
テンちゃんさんの笑いの反応がスピーカーから聞こえ、身が少し縮みそうだ。
ジーンと痛む額をさすりながら、リナが言っていたことに納得する。そしてもう少し明るさを落とすように頼む。
「七十パーセントです。これ以上下げるとカゲルさんのイケメン顔が見えまへんので、お勧めできまへん」
舞台袖から、小さな笑いが届く。
ムッと振り返るが、袖の影にみんなさっと引っ込む。
隙あらば、ネタを挟み込んで来て、真面目にしているこっちとしてはどう反応すればいいか色々迷い、調子が狂いそうだが、何とかご愛嬌の乾いた笑いをして乗り越える。
もう一度ボールを投げると、頂点付近で消えそうになるが、まだ輪郭が視認できたので、今度はぶつけずにキャッチする。
まだ違和感が残っているが、この明るさで合わせることにした。
調整が終わってステージの下手に降り、次の番のメグとすれ違う。
「メグ。眩しいぞ」
「わかった。注意する」
ありがと、と一言付け足して、赤と黄色と青のリングを右腕に提げて上がっていった。
舞台袖に降りると、カスミンさんと演劇部の榊原さんが、仲良く話をしていた。
「カゲル。お疲れ」
「お疲れ様です」
「カゲル君、お疲れ様でーす」
テンションが高く、もの凄く腕を伸ばしてハイタッチを要求してきた。榊原さんの勢いに圧倒されつつ、拒否をせずに指先でソフトタッチする。
「見かけによらず、ノリがいい!」
褒められているはずなのに、貶されている感覚を拭えない。このニット帽の女性の言葉には悪気はないとは思うけど。
「カゲル。どうだった?」
「思ったより照明がきついですね」
「ボールぶつけていたの、可愛かったよ」
カスミン先輩の横から「ニヒヒ」と笑いグットサインを出す榊原さん。刹那、雰囲気がエリさんに似ていると思ったのは、僕だけではないはず。
「ちょっとマッキー。カゲルは初めてまだ二ヶ月だから」
「でもカスミン、マジあの光景はあまりにも典型的すぎて、子供がボールに当たって転ぶみたいに可愛かったよ」
「確かに否定はしないけど」
いや否定しろよと本気で思う。しかもボソっとまんざらでも無い様な横顔を見せようとしないで欲しい。
「それより、榊原さんとカスミンさんって古くからの友達なんですか?」
強引に話をすり替えて、このむず痒い雰囲気からの脱出を図る。
「いや。今日が初対面」
「だね」
二人一緒に顔を合わせる。
僕は驚愕するしかなかった。
自分が小百合さんに対して一ヶ月かけて、やっと話ができるようになったのに、部長の親和力は僕が到底及ばないと思った。
「マッキーは、アヤメの友達で、来てくれたの」
「そうそう。前からねアヤメの話を聞いてて、ジャグリングを見たいと思って来たんだ」
「演技指導宜しくね」
カスミンさんはポンと榊原さんの肩を叩く。
「バシバシいくから」
親指と人差し指と中指の三本で目の上に飾ってノリノリでポーズをとる榊原さんだった。
「次カスミンさん。よろしくお願いします!」
スピーカーからテンちゃんさんの合図がかかる。
「それじゃ。カゲル。マッキー行ってくる」
ビーンバックを持って、彼女はワクワクしながら上に上っていく。
「いってらっしゃい!」
「頑張ってください」
彼女の後ろ姿は初舞台に溢れ出す高揚感が現れていた。




