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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第一章 「初めての部活、初めての舞台」
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『ビラ配り』 その2

 道を通る学生は突然の出来事に一瞬の奇異な視線を送るが、気にせずに僕の横を何もなかったように通り過ぎていく。

 ビラ配りの初めての人間には、夜のジャングルに一人投げ入れられた子ライオンのようだ。


「さあ。つっ立っていないで、配るでござる!」


 鬼だ!


 最初から知っていたけど、あの人は絶対に人じゃない。

 助けを求めようとアヤメさんに視線を送るが、頑張ってとグットサインを出しているだけだ。


 先輩ふたり揃って、悪魔だ。


 状況的に戻るのを諦めて、仕方ないから配ることにした。

 まず目の前の男の人にビラを配る。


『七月四日にやります。是非見に来てください。』


 サッと目の前にビラを見せるが、避けるように通り過ぎていく。

 次の男の人も、その次の女性もみんなとってくれない。中にはとても嫌な顔をする人もいた。


 早くも心が折れそうだ。


 何度か助け舟をと視線を二人に送るが、ただ笑顔の表情のままでいる。

 見るだけなら、せめて声掛けだけでもしてくれ、と言いたくなるが、あの悪魔二人には従う以外に道は無いと潔く諦めて、ビラ配りを再開する。


『七月四日にオタマジャクシズの発表会を行います。是非見に来てください』

「あら。カゲル君?」


 背中から呼びかけられ、瞬時に振り返った。


「小百合さん!」


 少々驚いて、飛び上がるような声を上げてしまい、一瞬で口元を手で覆う。

 そんな素っ頓狂な姿を見て、優しく微笑む楠原さんだった。


「ラインありがとうね」

「いえ。連絡するって言いましたしね」


 視線を合わせられず、顔を背けて答える。


「ビラ配り大変そうね」


 普通に痛いところを突かれてしまう。実際に初めてだから全然容量がわかっていないので大変なのは事実だが、その部分を見られていることに、自分の情けなさを感じる。


「確かに難しいですね。初めてですし」


 歯が浮きそうなのを抑えつつ、何とか正直に答える。

 彼女はフフッと笑ってくれるが、今の僕の精神状態にとっては、哀れに思われる愛想笑いだとしか捉えることができなかった。中破ぐらいのダメージを負った自分である。


「そうね。そのビラ何枚かくれる?」


 楠原さんはゆっくりと手を伸ばしてくれる。

 唐突すぎる言動に、僕は差し伸べてくれた手の平を凝視したあと、表情を伺うように視線を向ける。


「何枚かですか?」

「そう!私の友達も何人か誘ってみるから」


 その純粋に手伝ってくれる善意は、僕には眩しすぎる程だった。

 凄すぎて逆に疑ってしまいそうな程だった。

 でも、これは絶好の機会だと確信した。


「はい。ありがとうございます」


 深々と頭を下げながら、五枚のビラを渡した。


「ありがとうね。そっちも練習頑張って!」


 楠原さんはビラを受け取ると、左手を振りながら立ち去っていった。

 フワッとした黒髪が揺れる後ろ姿を僕はじっと見つめた。


『カーゲールー』


 ものすごい殺気を背筋に感じた後、両肩をガシッと掴まれた。

 僕の左右には、アヤメさんとエリさんが、左右から満面の笑みを浮かべながら、見つめてくる。


「カゲル。あの人、あの時の人だね」


 僕の左肩にかかる力が強くなる。


「アヤメさん。あの人はただの僕と同じ学部の人です」

「それにしては、中々いい感じだったでござるがのお」


 今度は右肩にかかる力が強くなる。

 完全に勘付かれているのは分かっているが、何とか言葉だけでも誤魔化さないといけない。


「それは、たまたまですよ。少しだけジャグリングに興味を持ってくれるみたいですけど」

『ふーーーん』


 疑心暗鬼の長い相槌をしながら、両方から僕の顔を上目で見つめてくる。

 本当に身が縮みそうだった。

 誂いと弄る材料を見つけた先輩の行動は、とにかく恐ろしいものがあると、この日身をもって実感した。


「それよりも、ビラ配りのお手本を、先輩方見せてください!」

『えっ』


 一瞬にして両肩の重圧が弱くなった。

 二人ともあちらこちらの方向を見ている。それに顔に汗がジワっと出てきているのが何となくだが解った。

 僕はニヤリと笑みを見せながら、振り返る。


「もしかして先輩二人ともできないとか言わないでくださいよ。後輩が先立ってやったんですから、先輩はそれ以上の成果を見せつけてくれるんですよね」


 エリさんは首を押さえてあさっての方向をみている。アヤメさんは少々難しい顔して、若干眉間にシワを寄せる。


「先輩、ビラ配り見せてくださいよ」


 後輩らしく、少々可愛げは……、ないが、それなりに後輩の熱い眼差しを送る。

 少し前の自分からは想像つかないことをやっている。


「わかった。やる」


 アヤメさんが意を決したのか、僕の持っていたビラを奪い取り、通行人の川に飛び込んでいった。

 


「……」


 副部長は無言のまま、重たい足取りで僕らのもとに戻ってきた。


「なんで貰ってくれないの」


 悲しみのあまり、声が震えて返ってきた。

 アヤメさんの結果は僕と同じで、笑顔で渡そうとするが、通行人の鉄壁の守りで全て跳ね返された。

 丸くなった背中は、あまりにも悲しく見え、嗾けた僕にも僅かな罪悪感を感じずにはいられなかった。


「仕方ない。私がやるか」


 忍者言葉が抜けたエリさんは、アヤメさんのように決意を固めたわけでもなく、通常運行で向かった。


『お兄さん今日も暑いですね。』

「……」

『毎朝早く登校お疲れ様です。あれじゃないですか。勉強ずっとやっているだけでは大変じゃないですか』

「ああ。確かにそうですけど」

『だったら今、私のクラブで二週間後なんですけど、こういったジャグリングのショーをやっているんですけど、気分転換で来てみませんか?』

「放課後ですか。めんどくさいですって」

『でも家にいるだけでも暇でしょ』

「……まあ。そうですね」

『だったら一回だけでもいいので来てください。気分転換にね』

「……はい」

 

 と言って、リュックサックを背負ったチェック柄の服の学生はビラを受け取っていった。

 僕とアヤメさんは呆然と見つめた後、たぶんだが同じ思考に至った。

 アヤメさんに向かって頷くと同じように、頷き返した。


「エリ最高!」

「エリさん最高です!」

「えっ?そうかな」


 照れるようにして後ろ頭をさする。このまま全力で押し切る


「エリさんこのまま、全部配ったらかっこいいっすよ!」

「みんなに自慢できるよ!」


 ビラを見ながら、少々めんどくさそうにしながらも、表情は溢れ出しそうな照れ顔を必死に隠しながら、


「そこまで言われたら、やるしかないな」


 スキップしながら、通行人の川を蹂躙し始めていった。

 僕とアヤメさんはホッと胸をなで下ろしつつ、所定の位置に戻った。


「カゲル君。とりあえずなんとかなったね」

「そうですね」


 副部長と初心者の後輩は、自由奔放のリング使いを見事操ることに成功したのであった。



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