『ビラ配り』 その1
六月中旬
「おっしゃー! 宣伝するぞ!」
隣にいるてるやんさんは道具を片手に持ち、両手を上げてウオーっと叫ぶ。
それに呼応するかのようにエリさんと耕次さんが、同じく道具を肩にかけ立ち上がり、一緒に外に向かおうとする。
「ストーーップ!」
副部長の一声に教室の扉に手をかけたてるやんさん、他二人がピタッと足を止める。
「えー」
三人揃って、目を細めジトーっとした視線を送る。
シンクロしすぎて、迫力が増す。
「そんな目線送られても一緒。宣伝しますの一言で飛び出すなんて勢いありすぎ。ほとんど学生が帰っている今、宣伝しても効果はないから」
「えー。でもこの時間帯にしか帰らない人には宣伝になるんじゃねえか」
てるやんさんは細目を維持しつつ、扉に手をかけたまま動かない。
むうっと口を閉じたアヤメさんは、腕を組む。
バチバチと視線がぶつかり合う。
「パチン!」
明るい声で二人の間に手バサミを入れる人がいた。
「もう二人ともカッカしない。ねえ。てるやん」
三人を見つめた刹那、圧するオーラが放たれたのを、後輩の四人は確認できた。
『は、はい!』
三人は足先から指先までビシッと直立不動の立ち姿になる。
「でも、この時間帯に宣伝は禁止されているから、どのみちできないけどね」
「……。いやそれ早く言えよ!」
てるやんさんは全力で突っ込み、エリさんと耕次さんは若干足がよろめく。
最近のカスミン先輩は、怒るだけではなく誂うことも覚えたのか、三人への対応の仕方の種類が増えている気がする。
相変わらずの先輩たちの走りっぷりに、僕ら一年生はいつも置いていかれる。
それでも傍観者として退屈はしない。
「それで、いつが大丈夫なんだ?」
耕次さんが、いつもの野太い起伏のない声で質問する。
「明日から本番直前までの二週間、朝授業が始まる前の三十分と、昼休みと、放課後の三十分間。」
アヤメ先輩の言葉に、三人とも渋い顔をする。
「短い」
「確かにな」
「私なら一日中しても体力が余るくらい」
この人たちの感覚は次元が違う。僕なんてその時間でも長いくらいなんだが、隣にいる大介は、口を開けて驚いている。
「その気持ちはわかるんだけど、色々制約があってね。」
カスミンが頬を指でかく。
「それね」
アヤメ先輩もフウーっとため息をつく。
「仕方ねえ。その時間帯でパーっと全力で宣伝してやろうじゃねえか!」
ウオーっと本日二回目の雄叫びを挙げて、道具持ったその手を高く掲げる。
が、対して二人の表情には影が落ちていた。
「どうした。二人とも浮かない顔をして」
エリさんが、隣の騒ぎを無視して、前のめりで訊く。
僕、大介、リナ、メグの四人も、上体を乗り出して答えを待つ。
部長、副部長は開こうとする口を何度も閉じる。
互いに目配せをしてから一度頷き、アヤメさんが先に口を開いた。
「実は、その宣伝にはもう一つ制約があって……」
僕ら全員息を呑み耳を傾ける。
『ジャグリング演技の宣伝が禁止されている』
『……。ええええええええええ!』
『七月四日に!特別ホールにて! オタマジャクシズ初舞台! ジャグリングショーを行いますので、是非是非お越しください!』
宣伝用のポスターを両手でもち、三人で一斉に元気よく叫ぶ勢いで宣伝する。
しかし、道を通る学生は一限目の授業に慌てているせいか、ほとんど見向きもしない。
極たまに目に留めて、立ち止まってくれるが、十秒と経たない内に通り過ぎていく。
「みんな意外と見てくれない」
左隣のアヤメさんの表情は、笑顔を作っているが、瞳に力がない。
「やっぱり道具がないと、拙者の持っている力の半分も出せないでござる」
何故か忍者っぽい話し方をするエリさん。
「インパクト無いときついですかね」
それなりのことを言ってみると、事実を上塗りしているだけで、ガクッと二人とも首を落とす。無駄にアヤメさんとエリさんの士気を下げてしまった。
「こうなったら仕方がない!」
すぐにシャキッとして、後ろに置いていたバックから紙束を取り出してきた。
「ビラ配り!」
アヤメ先輩は片手で持った紙束を、さっと扇子のように開いた。
紙には日程とちょっとした挿絵が描かれていた。
「これ、誰が描いたのですか?」
気になったので、興味本位で訊いてみると、後ろからガシッと肩を掴まれた。
振り返るとにっこりと笑うエリさんがいた。
「私が作ったけど何か?」
顔とは裏腹にもの凄く威圧しているのが見て感じる。徐々に掴んでいる手に力が強くなっているのがわかる。
それよりも何故責められる状況なんだ。
「えっ。綺麗な絵だったので、つい訊いてしまったのですが、何かまずかったですか?」
あくまで冷静に答える。
ニッコリした笑みののまま、エリさんは空いている手でビラを持ったと思うと、僕がポスターを掴んでいた手に強制的にビラに変えられて、押し付けらるように渡されると……。
「さあ。行ってこい!」
「えええ!」
強引に背中を押され、通行人の川に投げ込まれたのであった。
「だ、大丈夫だろうか」
僕の苦悩は続く。
コンビニのくじを久しぶりにひきました。案の定一番下を引き当てる! トホホ。




