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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第一章 「初めての部活、初めての舞台」
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『私の家に来た後輩』 その1

 何だろう。胸が変に温かい。

 黒白く澱んだ空を眺めながら、ふとそんなことを思う。

 夏が近づいているせいかなと思うが、去年はそんなことはなかった。

 でも悪い気はしていない。

 今すぐ影響がくるとは思えない。特に考えないようにしよう。


「連絡は取れた?」


 少し前を歩くアーヤはナップサックを右手に肩の高さに持ち、左手に食材の入ったビニール袋を提げながら、半身を傾けて訊く。

 私は持っていたスマホの画面を開き、返ってきているはずの文章を確認するために、指で操作する。

 そして目的の文章が目に入ったのと同時に、ホッと胸をなで下ろした。


「うん。今から一時間後ぐらいに来るって」


 アーヤの緊張していた表情は緩み、すとんと肩が降りる。


「じゃあ。早めに戻って、ご飯の準備をしないと」

「そうだね」


 アーヤと一緒に川沿いの歩道を小走りで駆けていく。

 この地域の六月下旬の夜風はまだ肌寒いが、今は心地よく思えた。

 家に到着して、来るべきお客のために、急いで準備をする。


 まずは部屋の掃除……、というほども散らかってはいないので、リビングにあるテーブルの位置を少し変えるだけで、ほぼ時間はかからなかった。

 買ってきた食材を取り出し、料理をはじめる。


 作るのはとりあえず、カレーにした。


 時間的にあまり凝ったものもできないし、鍋をする時期でもないので、その選択に至った。

 アーヤと私は、料理はいつもやっているので煮込みまでの工程はサクサクっと終わった。

 煮込みを開始し始めた時、私はカバンからクリスタル(水晶玉)を取り出す。


「あ。またやってる」

「仕方ないよ。もう何かくせだね」

「ホント好きね」


 アーヤのちょっとした諦め顔を横目で確認しつつ、右手でクリスタルを操りながら、具材の煮込み具合を確認する。

 丁度良くなったら、一度火を切って、左手で箱からルーを取り出して入れていく。

 再度火を点けて弱火にし、左手にクリスタルを持ち替え、右手にお玉を持ちゆっくりかき混ぜながら煮込んでいく。


「ピンポーン」


 チャイムの音が聞こえ、アーヤが「私が行く。」と言って、玄関に向かった。

 すぐにドアの開く音が耳に入り、続けてアーヤの声とは別に違う女性の声がひとつ増えた。

 廊下を歩く音が徐々に大きくなり、そのままリビングまで届いた。


「来たよ!」

「お疲れ様です」


 アーヤの後ろから、可愛い後輩が、少し緊張した表情で少し腰を低くしながら来た。

 私はお玉で混ぜるのを維持しつつ、来客者にとびっきりの挨拶をしようと意気込んだ。


「お疲れさま。今日は……」



 ポチャン



 後方から何かが落ちた音が放たれた瞬間、リビングの空気が凍りついた。

 私の左手にはさっきまであったはずの重量感が消えていた。

 そして暖かな感触が私の頬に。

 静かに顔を鍋に傾ける。

 左手にはあったはずのクリスタルが消え、数滴のカレーの茶色のルーが付着している。そして周りには見事なカレー飛沫がコンロにタイルの壁にくっきりと残されていた。




「いやあああああああああああああ!」




 人生で一度も出したことのない絶叫を心の底からあげたと思う。





「カスミン!」

「カスミさん!」


 アーヤが跳んで私の横に着地する。

 続いて後輩も全速力で横に並ぶ。


「ク、クリスタルが、カレーの中に!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて、まずは火を止めて。」

「私が止めます!」


 後輩がさっとコンロのスイッチを切る。


「え、えっととりあえず、オタマで救出!」


 私は迷いなくオタマで中に入ったクリスタルをさがす。そしてしっかりとした重さが加わった瞬間に一気に持ち上げる。


『あああああー』


 鈍い破裂音と共に、オタマが根元から折れた。

 カレーの海に茶色にまみられた端くれの残骸が浮いている。

 肝心のクリスタルは再び底に沈んだ。


「これ、どうするの」

「どうするって。どうもこうも、取り出すのでしょ」

「えっ。ああ。ど、どうするべきですか」


 三人揃って手の行き場がなくなり、宙をさまよって収まらない。

 それでも何としても、カレーの沼にある、愛してやまない私のクリスタルを救わなくてはいけないのに、直接手でとり出すには、あまりにも壁が熱すぎる。


 それでも必死に手を伸ばそうと灼熱の沼に近づけていくが、さっと二人に手首を掴まれる。


『カスミン(さん)落ち着いて!』


 正気に戻った私は、小刻みに頷く。


「カスミンさん! アヤメさん! 何かないのですか」


 後輩は必死に私の手首と裾を握り揺する。

 そんな後輩の訴えに、解決策を早く出したいけど微塵も思い浮かばない。

 流石のアーヤも眉間に手を当てている。


「うーん……。あ、確かあれが!」


 ポンと手を打ったあと、上の戸棚に手を伸ばして、ゴソゴソと手探りする。

 そして何かを掴み、あったと喜びの声を上げたあと、ゆっくりと取り出してきたのは銀色に光る物体。


「良かった。あった。バーベキュー用に一応買ってんだけど、こんなところで出番になるとは」


 トングだった。しかも二つ。

 アーヤはトングを両手に上向きに持ち、カチカチと開いたり閉じたりしてる。

 どことなく、いや、わざとかな。バから始まる有名な怪獣に似せている。


「じゃあ行きます」


 目を光らせ二つ一緒に沼へトングを沈ませる。

 そしてアーヤの両手がしっかりと静止したあと、「ふんっ」と声を出し、持ち上げた。


 つやつやだったはずのクリスタルは見るも無残に、、カレーがべっちゃりと覆うように付着し、泥団子状態になっていた。


 三人揃って、口を開いてしまった。


 私は叫びそうな声を口に手を当てて抑える。


「リナ! とりあえず、そこのボールに水を貯めて!」

「分かりました!」


 リナはテキパキと無駄なく動き、準備を整えた。

 そこにアーヤが持って来たクリスタルをリナが貯めた水の中にポチャリと沈めた。

 クリスタルが水の中で完全に静止すると、アーヤとリナはふうーっと息をつく。

 私も一つタイミングを遅れて、深いため息を吐く。

 そしてフラフラとソファーまで歩き、腰から深く座った。

 二人も揃って私の両隣に、どさっと座る。


「なんとかなった」


 アーヤはソファーの背に首までもたれかかる。


「本当ごめん。流石に私も調子に乗りすぎた」

「結果的に救出できたから良かったけど、これからは軽率な行動は取らないように」

「はぁい」


 返す言葉もなかった。私は過去にも池に買ったばかりの新品のボールを池に落としているのだから。

 最初からやらかすとは、今日はついていない。

CDショップにて目的の新作CDを見つけられず、店員に尋ねたらものの数秒ですぐに見つけてくる店員。

店員スゴっと思うと同時に、自分の目の節穴さにトホホ。 (同じ場所探したのに)

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