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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第一章 「初めての部活、初めての舞台」
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『舞台内容とルーティン』 その3

「本題に戻るけど、一年生にはルーティンを作ってもらいます」

「ルーティン?」


 三人の頭の上には揃って疑問符が出現した。

 アヤメさんにはその反応におおよそ想像はしていただろう。


「ルーティンもしくはルーチンとも言うわね。本来の意味は、決まりきった手続きや手順、習慣、日課と言われているけど、私たちのクラブでは演技の流れのこと、要はジャグリング演技内容をルーティンと言うようにしているね。ルーティンの意味に似せると、演技の習慣化みたいな感じかな」

「へえー」


 僕とメグは只々、納得する。


「僕らのクラブとはちょっと意味合いが違いますけど、プロのスポーツ選手で、ルーティンワークというのがありますね」


 隣にいた大介が、自信はあまりなさそうだが、スッと手を挙げて答える。


「プロのスポーツ選手は、試合前や、野球だったら打順の前とか、サッカー選手だったらフリーキックの前など、ある決まった動きをすることで、緊張を解いたり、心を落ち着かせることができ、その後のパフォーマンスを最高の条件で行うといった事前前準備の方行動をルーティンワークと言います」


 それとなく知識を披露した同胞に、僕とメグはこれまた感心の眼差しを送る。


「ど、どうしたんですか」


 こちらとしては、大介を褒めているつもりだが、その意図に気づいていないのか、ジリッと一歩足を退かせる。


「いや~」

「別に」


 なんとなくはぐらかしてみたら、「え。えー」とおどおどと手と足をシドロモドロに動かす。


「ゴホン」


 大袈裟な咳払いを一つする副部長。

 相変わらず話の路線から外れるのが早すぎる一年生諸君である。


「それで、そのルーティンを本番までに作っていただきます」


 話を強引に戻して、現実の課題を認識する。

 改めて言われると、事の重大さを感じずにいられない。

 舞台に立つと言うことは人前で演技をすること、そのための演技を作るのはとても責任がいることだ。

 何か厳しく決まりとか、演技を作るための型とか、そんな厳格な決まりを教えられるのかと身構えたのだが。


「そんな固く考えなくていいよ。自分が思うように好きなように作っていいよ」


 案外ざっくりとしていたので拍子抜けしてしまう。

 メグも同様なことを思っているのか、呆気にとられたように口を軽く開いていた。

 ただ一人は、目をキラキラさせていた。


「自由に作っていいんですか! でも人前に見せるのか。うまくできるかな。でも作れるのか。うーん」


 期待に胸を膨らませているよりは、ものすごく混乱している。

 目は喜んでいるのに、頭を抱えながら緊張の不安と戦っているようだ。感情表現の忙しい人だ。


「自由って言われても、具体的にどうすればいいのか分からないですけど」


 隣のディアボロ使いは、さっと手を挙げて主張する。

 自分もボール使いとして同じ疑問を伝える。

 アヤメ先輩は軽く、「チッチッチッ」と人差し指を軽く振る。


「それが課題。まあ細かいことは同種の先輩にでも聞いてみたら?」


 と、練習している先輩たちを指差す。

 僕とメグは互いに目配せをし、素直に納得はした。


「わかりました。訊いてみます」

「じゃあ頑張って」


 あっさりとした言葉で終わらせると、くるっと背を向けて手をヒラヒラさせながらその場を去っていった。

 その後ろ姿を見ながら、隣のメグがぼそっと呟く。


「そういえば、アヤメさんってジャグリングのこと色々知っているけど、専門の道具って何だろう? それにそもそもこの体育館で練習している姿を見たことがないんだけど」

「ああ。確かに僕も同じこと考えていたんだ」


 一年は多分全員思っていることだ。


「もしかして、知識はあるけどできないタイプとか」


 この考えは、そこそこの自信に満ち溢れた顔でこちらを見る。


「えー。それはどうなのかな」

「どうってどういうこと?」

「いや、まあ何というか、ジャグリングができないとも思えないんだよな。何かアドバイスが妙に説得力があるというか」

「経験者じゃないと言えない内容を言っているから」

「そんな気がする」


 ムムっとほんの少し眉間を狭めて考えるメグ。

 けどムーっと散々唸っているだけで、結論「やっぱりわかんない」とディアボロを持ったまま両手を挙げた。

「仕方ない。ルーティンを考えるとするね」

「そうだね」


 わだかまりを残しつつも、割と胸を張って意気揚々と歩いていく。

 今はメグの目的の先輩はいないので、自分で自主的に練習をし始めた。

 頭を抱えていたはずの大介は、気がつくと黙々と練習を始めている。

 僕はそのままボールジャグラーの所に直行する。


「カスミン先輩」


 背を向けて練習していた部長は、投げていたボールを全部キャッチし終えると、振り返る。


「カゲル君どうしたの?ルーティンの作り方を教えて欲しいってもしかして言われた?」


 明らかに事前に話を聞いていただろうと思える程の先越した返答をしてきた。

 正直、質問するぞと意気込んでいたから、正直なところ軽く躱された気がする。


「はいそうです」

「フム」


 わざとらしく、よそを見ながら口元に手を当てて考えるふりをするが、口角が上がっているのが隠せていない。


 怪しい視線を送ると、わりとあっけなく観念して、ホームズ見たいな姿の考えをやめて、答える。


「同じボールジャグラーとしてアドバイスだけど、特にボールだからこのようにするといった特別なことなんてないよ。音楽を聴いて自分の印象でじっくり作るといいよ。まあでもまだまだ初心者だからできる技数とかは少ないからね。こうしたいけどできないというもどかしさはあるかもしれないけど、そこで無理はしないこと、今できる技の中で提供した音楽を聴いて作ってみて。考えるより感じて作ってみるかな」


 あくまでも理論的ではなく感性で作れ、らしい。

 あまりアヤメ先輩と言っている意味が変わらない。


「それ、簡単に言いますけど結構難しいのではないですか?」


 率直に思うことは、正直想像がつかない。感性は僕の人生の中で一番養われていないのだがら、見当もつかない。

 けどそんな僕の悩みなど知らず、カスミン先輩は答える。


「そうでもないよ。むしろ楽しいよ。カゲルくんもとりあえずやってみなよ」


 カスミン先輩はくるっと向きを変えて、体育館の端に行く。

 そして何かを右手に掴んで走ってくる。

 それがラジカセと気がつくのにほとんど時間がかからなかった。

 ラジカセを床に置いてポケットからピンク色のウォークマンを取り出し、コードを差し込んで、ピッとボタンを押す操作音が聞こえたと思ったら。


「トゥルールール~」


 知らない曲が流れ始めた。


「ほらほら。曲始まってるよ。演技してみて」


 部長がボールを三つ投げてくる。


「えっ?えっ?」


 慌てて落としそうになりながらも何とか捕球する。

 頭を落ち着かせて、ボールを持ってその曲に合わせて演技をしてみる。


 だが、何をどうすればいいかわからない。


 曲は確かに聞こえているのだが、それに合わせてボールで演技してみようと考えても、体が全く動かない。

 完全に頭の中が真っ白になる。

 全く動くことができない。


「カゲル君、とりあえず、カスケードをやってみて」


 部長の声によって、行き詰まっていた頭の中が少し回りだし、硬直していた神経が伝達し始める。

 その指示に従い、カスケードを始める。けど曲を聞きながらしているので、手の動きも軌道もフラフラである。


「次にハーフシャワー!」

「え!」


 次の指示に反応して、技を変える瞬間にポロっと指からボールが転がり落ちる。


「早く拾う!」


 言われるままに床に転がったボールを拾って始める。だがいつもの練習のようにうまくできない。ほとんど続かないのにまた落とす。

 次々と指示を受けていくが、技を変える瞬間に落とすし、曲に合わせようとしても体が思うように動かないし、次第に体が重くなって手の感覚がなくなっていく。最後に至ってはもう脚が絡まって床に派手にドテンと転んでしまった。

 そのまま大きく仰向けになり心臓の動きをやけに早く感じながら、大きく深呼吸をする。体中が汗ビッショリで、背中と服がピタッと汗でひっついて気持ち悪い感じだ。

 上からカスミン先輩が覗き込む。


「どうだった?」

「全然わからないです。無理です」


 根を上げると子供を見るような目でクスッと笑う。

 同情されているのか、失望しているのか、とにかくどちらにしろ醜態を晒してしまったようだ。顔がカーっと熱くなって目を逸らす。


「大丈夫。心配しないで。私も同じようにコケたわ」


 肩まで伸びた髪をくるっと指に絡めて、照れくさそうに笑う。

 僕は目を大きく見開き、首を持ち上げる。


「そうなんですか」

「そう。私も足ひねってこけたり、落ちたボール踏んづけて、十メートルぐらい転がったり、外で練習していてボールを吹っ飛ばして、一個池に落としたりしたね」

「そのボールどうなったんですか?」

「救出不可能。ボール一個無駄にしたよ。しかもほぼ新品」

 

 似た境遇の持ち主だ。ちなみに粉砕したボールは新しく自分の金で買い直した。


「だからカゲル君はそんなにひどくないから、大丈夫だって」


 ハイっと僕に手を差し伸べてくれた。僕は手を伸ばそうとして一瞬ためらう。

 止まった手を見た部長は強引に僕の手を掴む。


 優しく柔らかいその手に引き寄せられるかのように、僕の体を持ち上げてくれた。


 綺麗なシミ一つない褐色の細く引き締まった腕に、細胞単位で全美に揃った光るような手の甲、視線が吸い込まれてしまった。


「ごめん。もう離してもいいかな」


 気がつくと顔を半分そらし、頬をほんのりと赤くしていた。


「うあ。ごめんなさい」


 全速力で手を引っ込めた。

 全身がカーっと熱くなるのがわかった。カスミンさんに視線を合わせられない。


「す、すみません」


 何やってんだ僕は、女性に対しての抗体なさすぎだろ。なんで見惚れたんだ。

 後悔しかない。


 今カスミン先輩がどういう表情しているか気になるけど、確認することができない。

 こちらから話題を出そうとしても喉から乾いた空気が流れるだけで、何も出てこない。

 というか、自分自身なんで見とれてしまったのだろうと考えてしまう。僕自身はもう惚れた人間がいるのに。でも今はこの状況を何とかしないと。


 二人の間に流れる沈黙がやけに長く感じた。

 顔を半分動かすが、表情が見えるギリギリで止まってしまう。

 長くなるつれに焦りと後悔が生まれてくる。

 今にも逃げ出したいと思うのも必死にこらえながら、必死にカスミンさんの顔を見ようとするができなかった。


「約一ヶ月」


 カスミン先輩の声が聞こえる。僕は反射的に「ハイ」と答える。


「約一ヶ月あるから、頑張ってルーティン作ってね。私も後輩が作るルーティンを楽しみにしているから」

「はい」

「それと……」

「それと……」

「カゲル君の手、思ったより優しい肌をしてるのね」


 ギョッとして隣を見た先には部長の姿はなかった。後ろに振り返ると、髪を揺らしながらスキップして去る部長の姿があった。

 僕はただそれを見つめていた。

 右手にはほのかな暖かさが残っていた。


「来たぞこのやろう!」


 執事希望のアフロ先輩の声が体育館に響いた。

 僕はプッと吹き出した。


「どうした?カゲル急に笑い出して」


 いつの間にか隣にいた大介が僕を怪しそうな視線で見つめる。

 それを見てまたおかしくて笑い出す。


「僕の顔見て笑わないで」

「特に大した意味はない。というか色々助かった」


 ポンと大介の肩を叩いて、先に歩く。


 後ろから「ナニナニ?」と声を上げるのが聞こえたが、僕は見向きもせず、執事審査に向かって歩いていった。

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