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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第一章 「初めての部活、初めての舞台」
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『僕の5月1日』 その2

 三時間後……。


 僕は校内にある食堂の隅の座席で、一人テーブルに伏せていた。


 完敗だった。


 授業中の一時間半、女性が消しゴムを落とすという、よくありがちなイベントなんて発生するはずもなく、むしろ一ヶ月間人と話す話題を見つけられない人間が、授業の最中に興味を惹くような話なんて出てくるはずなかった。


 結局何もできず、本当に何もできず終わったのだ。


 ひたすらそれに精神を使い果たしたダメージと、何もできなかったダメージが、重なって僕は撃沈していたのだ。


(僕のバカ。こうなったらやけ食いだ)


 乱暴に立ち上がり三百五十円のカツ丼を買い、一人でバグバグモグモグと、音をたてながら、行儀の欠片などない食べ方をした。

 何人から変人を見るような視線を浴びせられたが、気になどしなかった。

 食べ終わって箸を置き、椅子にもたれた。


(今日は一時限だけだったから、昼飯も食ったし帰るか)


 部活も入っていない僕は、授業が終われば普通に家に帰ること以外の選択肢がない。

 敗北した重い体を持ち上げて席を立つ。

 トレーを返却口に返し、賑やかな食堂を一人寂しく通り過ぎて外に出た。

 そしてそのまま、脇道を通ろうと思った時だった。


「……」


 思わず立ち止まってしまった。

 声を出すこともできなかった。


 その場所には異常なものがある。


 八割以上の部分が白く覆われていて、その下からチョコっと足が二本はえている。

 一言で言うと白いひょうたん型の置物に手足がついた物体と言えばいいだろうか。


 明らかにおかしい。


 一体何故あるんだ。誰かのいたずらか……。

 このまま無視して別の道を通ってもいいのだが、回り道をするのも面倒だ。とりあえず道を開けてもらうように話しかけるのが一番いいに違いない。

 僕は止めていた足を一歩前に踏み出し、何とか言葉を振り絞った。


「あの。道を空けてくれませんか?」


 すると白い生物はビクッと上下に揺れた。そして静かに白い体を回転させて俺に振り返った。


「……。!!」


 その瞬間全身に鳥肌が駆け巡った。

 反転した白い生き物の上の部分にあったのは、白く塗られた気持ち悪い人間の笑う顔だった。

 予想外、そして最悪な光景にもうただ後悔しかなかった。

 僕は5秒と経たないうちに体を反転させた。


「ご、ごめんなさああい!」


 絶叫を上げながら全力でその場から逃げるように走り去った。

 何なんだよあれは、ホラーか、それともキチガイ野郎か、白昼堂々何考えている。

 訳も分からず必死にキャンパス内を走った。

 ある程度距離を走った。チラッと後ろを確認した。

 後ろには誰も……。


「待たんかいコラああああー!」


 白い生物は短い手と短い足を全力で振り、白い顔が般若みたいな形相で追っかけてくるではないか。


「うああああ!」


 全力で前に振り向いた。

 恐怖だ。もう恐怖だ。何で追っかけてくるんだ。何も悪いことをしてないはず。何だよ何か触れてはいけないものに触れたのか。

 いやそんなこと考えている暇なんてない。今は全力で逃げないと多分……。


 脳裏に最悪のシナリオが過ぎる。


 それを回避するために、必死に頭を使う。

 なるべく人が多い所を通って、逃げれば何とかなるはず。

 思いついた場所は、昼時に人が多い校内カフェテリアだった。

 カフェテリアは大体学内の中心にあり、屋外にあって、売店などが多く並び、テーブルにはパラソルがついているなど、少しシャレている場所だ。毎日昼間の晴れている日は人がたくさんいる。


 迷わず一直線に目指した。


 案の定、今日もカフェテリアは人でいっぱいだった。

 僕はその人ごみの中に強引に入っていた。

 後ろを確認すると白い生物は人ごみの外側にはじき出されて中に入れなくなっていた。

 読み通りだ。あんなに大きい体をしているんだ。入ってくるはずがない。あとは奴の目につかない所から抜け出せば逃げ切ることができる。

 慎重に後ろの様子を伺いながら、人ごみを縫うように抜けていき、カフェテリアの出口まで来た。あとは全速力で駐輪場に抜けるだけだ。

 後方を確認し、白き生物の姿が見えないことに逃げ切ったという安堵感を覚えながら走った。

 だが直後に背後から鋼鉄の様な硬い衝撃を受け、逆方向に体がはじき出された。

 床に尻を強打し、少しの間痛みと痺れで動けなかった。

 気を落ち着かせてから、ぶつかった方向を見てみる。


「えっ?」


 目の前には身長が二メートルを余裕で超えるほどの巨漢の男が、携帯を片手に耳に添えたまま、俺を見下ろしていた。


 服装はタンクトップに、七分丈のズボン、黒いスニーカーを履いていた。

 タンクトップからむき出した腕は大木の様に太かった。

 男は僕を品定めするかのように観察してきた。

 そして手の半分くらいしかないケータイをズボンのポケットにしまった。


「そうか。てるやんが言っていたのはこいつか」


 野太く低い声だ。男はひとりでに呟き、顎に手を当て妙に納得すると、口元からフッと笑みがこぼれる。

 今の不気味な笑いは……。嫌な予感しかしない。

 僕は一歩後ろに下がった


「悪いが捕まってもらう!」

「えええええええ!」


 巨漢の男はムキムキの両腕を振り上げ掴みにかかってきた。

 僕は反射的に後ろに飛んだ。間一髪躱せたが、即座に今度は僕の足に向かって伸びてきた。僕は全力で上に跳んでギリギリ逃れた。前方は突破困難と考え、再度カフェテリア内部に引き返した。


「待て!」


 大男が強引に群衆の中を割って追いかけてきた。

 サッと前に振り返る。ダメだ。今度は不良に絡まれるみたいな現実的な恐怖に駆られる。

 あんなのに捕まったら本気でボッコボッコにされる。

 無我夢中で群衆の中を突っ切った。


「あ」


 僕はある誤算に気がついた。大男のせいで、元の場所に戻ってきたことに……。

 正面にはあの白い生物が待ち構えていた。


「ぎゃあああああ!」

「ああああ! おい待てこら!」


 白い生物がまた追っかけてきた。

 ああ。もう本当に泣きそうだ。


『待てコラ!』

「え?」


 後ろから二種類目の声が聞こえた。恐る恐る後ろに振り返ると、二メートル超えの大男も一緒に追いかけてくるではないか。

 ちょっと待て、白い生物に大男なんていう組み合わせだよ。なんで僕はそんな奇想天外な二人に追いかけられてんだ。

 こうなったら、学内の校舎に逃げ込めばいい、そうすればあとは階段や何かエレベーターを使って逃げられるし、最悪の場合、職員室に逃げ込めば事無きを得るはず。


 今度は学内で大きめの建物に向かって一直線に走った。

 後ろの二人はそこまで速くない。体力が尽きるまでに建物に逃げ込めば僕の勝ちだ。

 通りかかる人を縫うように走り抜けて、あと少しで建物の入口まで来た。

 追跡者も追いついていない。このままいける。


「そこの少年待て」


 どこからか知らない声が聞こえた。それでも気にせず僕は逃げる。


「待たれよ!」


 二度目の声に、視界にその奇妙な影を捉えた。

 建物二階から顔を出している人がいた。その人がそこからなんと飛び降りてくるではないか。

 僕は強制的に足を止めた。

 そして立ち止まった僕の目の前に、一人の女性がシュタッという音と共に綺麗に膝をついて着地し、ゆっくりと立ち上がった。

 髪は短髪で少し肌は焼けており、服はゆったりしたティーシャツにジーンズを履いていた。


「君かね。新しい部員というのは……」

「へッ?」


 素っ頓狂な声を出してしまう。新入部員?何の話だ。


「新入部員、え、どういうことですか」


 すると相手の女性も「あれ?」という顔をする。どうも話が噛み合わない。


「エリ! そいつをまず捕獲してくれ!」


 後ろから、ものすごい形相した二人が迫ってくる。

 僕はビクッと体を震わせた。

 とりあえず目の前の女性を無視し、全力で建物の中に入ろうとした。

 だが目の前に腕をさっと伸ばされた。

 女性と視線が交わう。

 さっきみたいな穏やかな目ではなく、獲物を捕らえるかのような鋭い視線……。


「えっと」

「フフフ。そうか、これはてるやんのイベントかな」


 さっきの顔と違って、どんどん顔が怖くなる。


「ハア……」

「とりあえず捕まれ!」

「やっぱりそうなります!」


 僕の目から涙が流れた。

 建物に入るのを諦めて、横道に逃げた。

 後ろを振り返ると女性は信じられないスピードで走ってきた。アスリートのような感じに。その後ろから怪物二人が追っかけてきた。


「うああああ!」


 絶叫を上げながら僕はキャンパス内を逃げ回った。

 そして気がつくと、三人は併走しもうすぐ近くまで迫っていた。

 恐怖に駆られていた。


(死ぬ!)


 全力で腕を振り、全力で足を前に出した。


「!?」


 気がつくと目の前には大型トラックが止まっていた。しかも道をほとんど占領していた。

 後ろからは、凶暴な獣が三人、前は行き止まり、もう絶体絶命だ。


「ああもう!」


 やけくそになった僕は横の柵を乗り越えた。

 瞬間、眼前に広がるのは青く澄んだ水面だった。


「あ、終わったんだ僕」

「ジャポン」という水飛沫の音ともに、僕の体は水中に沈んでいった。


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