『相談から協力へ』
「カスミーン。そんなっ。あと2年半も無いなんて」
マッキーが、顔をくっしゃくしゃにしていた。
涙をボロボロ流して、鼻をグスンとすすり、ハンカチで拭っても拭っても、止めどなく涙が溢れていた。
「マッキー」
「マッキー」
何か声をかけようにも彼女の愛称しか出てこない私達。
想像以上の反応だったので、どうしたら良いのかわからない。
なだめるのも何か違うし、共感してくれたといって良いのかもしれないけど、喜ぶのも違うし、なんか
困惑しつづけていたら、マッキーが顔を覆ってゴシゴシ擦るように涙を拭った後、真赤にした顔を私達に向けて。
「こうなったら、全面協力するよ!!」
色々と呆気にとられた。
はっきり協力すると言ってくれたことは嬉しい。不満なんてあるはずない。ただちょっとこれは意図してはいないのだけど、同情を図ったような後ろめたさを思うし、なんか上手く行き過ぎる。私が考え過ぎなのかな。
いや。協力するとは言ってくれたけど、そこから先はまだまだ試練があるはず。
気を抜くな私。
必要か、不必要かわからない緊張を持つことにした。
「ありがとう。マッキー。でっ」
でも本当にいいの? という言葉を飲み込んだ。
その言葉が、疑っているようで嫌な気がした。
いや実際に疑っていた。でもそれを言葉にするのは、マッキーの気持ちに水を差してしまう気がした。これは本当に心に留めておこう。
「カスミン?」
「ん。いや。何にもないよ。本当にありがとう」
「か、カスミイイーン」
収まりかけた涙がまたぶあーと出てきた。
マッキーの涙がようやく落ち着いて話を進める。
「それで、『オタマジャクシズ、知名度上げる計画』についてなんだけど」
「ん。ん。そうだけど、ざっくりは聞いたけど、具体的な案は?」
「有名な団体に交流会を組もうと思っている。それで、主に文化部の舞台系の部活に絞って」
「まあ。自然な方だよね。それで候補は?」
「今のところ大きい所かな、ダンス部辺り」
「なるほどね。……ん? うちは?」
「ん……? あっ!?」
全くの不意打ちに、ハッとさせられた。
マッキーって演劇部だった。いや知っていた。
知っていたのは確かなんだけど、なんというか、灯台下暗しだった。
「ごめん。全く思いついてなかった」
「私も、完全に抜け落ちていた」
「大丈夫よ。私も今思いついたところだったし」
そう笑ってくれたけど、私達は少々凹んだ。
「こういうこともあるから、2人の今日の行動はむしろ良かったと思おう! 実際に私も言われるまで、思いついてなかったし」
マッキーがくれた言葉に、納得と安堵する。
「ということで! 演劇部とも部活交流会しない?」
突然の提案に、思考が追いついていなかった。ただそうね。
「ぜひとも、やりたいです。 ただそちらの部長さんとまた一旦お話をしないとね」
「そうだね。これに関しては、すぐにとはいかないけど、私から話を通してみるよ!」
あっさりと決まったのであった。想像とは違ったけど、1つの団体と交流会の可能性ができた。
「で、それで、当初の予定の交流相手よね」
マッキーがフムと腕を組んで考える。
「大きいダンス部の団体って、あの人がいるところよね」
「あの人……。そうそう、マッキーが言ってた。松林……」
「ハヤトくん!!」
マッキーの目がキラキラと輝き出した。
「グリーンシャークスのセンターだったよね」
「よーく覚えてんじゃん! そうそう。私の憧れの人」
羨望というのかな。いやこれは多分ファンとしての瞳、それとも……。
「コホン。まあそれは置いといて」
マッキーは、自分で空咳き込みをして、話を進める。
「ただ、ハヤトくんの部活はかなり複雑でね。グリーンシャークスは、部活の中の1つのグループでね。大きい括りでいうと、ヒップホップダンス部だよね」
「そうそう部員知名度1番大きいから。狙うなら1番大きいところと、思ったのと。ジャグリングと通じる所がありそうかなと思ったからかな」
実際ダンス部と思われる人からアドバイスもらったからね。
……。
あ、あの人!?
ここに来て、あのアドバイスの人の正体に気がついた。けど、今は何とか堪える。
「んー。確かにそこと交流ができれば、多少は影響はあると思う。だけど現実問題、相手をしてくれるかだよね。1番大きい団体。対してこちらは出来立てホヤホヤの部活」
「やっぱり規模と知名度の問題かあ。それとも、向こうにメリットがない?」
「んー。メリットに関してはないわけじゃないから、一概にそうとは言い切れないよ。向こうがダンスにジャグリングを取り入れたらパフォーマンスの幅が広がるからね。ただ、それに気がつくかどうかもあるけど、そもそも時間的余裕があるのかが疑問だね」
「時間的余裕?」
「あ、そうか。ヒップホップダンス部は、大学内どころか、外部の大会でもバリバリ活躍しているから、練習なども絶対ストイックだし、時間だって他に割けるかどうかもわからない」
アーヤが気がついて、渋い顔をして、口を曲げる。
話をすればするほど、ヒップホップダンス部との交流会への道が厳しいことがわかる。
「とはいえ、何かアクションだけは起こしたいかな、他にも手は打ちたいから」
決して演劇部だけでは心許ないというわけではない。
「んー。一応友達が1人ヒップホップダンス部にはいるから、聞いてみる。けど、厳しいと思っていて」
「わかった」
「わかった」
私とアーヤは、頷いた。
「それで、他にもあたる団体の目処はある?」
マッキーの問いに、私達は考えを述べる。
「ダブルタッチ部、体操部、あと他の種類のダンス部」
「舞台上に映えそうなところね。体操部は、なかなか攻めてるけど、バク転でも覚えにいくの!?」
「まあ。体硬いし。私含めね」
「ある意味いいかもしれない。ただ、この中に知り合いか当てはあるの?」
私は首を横に振った。
「そうかぁ。私も今挙げた部活は居ないんだよね。アヤアヤは?」
「いたら、良いんだけどね。いなかったのよね」
アーヤが、少し悔しそうにする。
マッキーに相談前に色々と話して、大体絞っては見たものの、その部活に知り合いがいないから、どう話を進めれば良いかわからない。
「この際、この候補関係なしに、とりあえず聞けそうな知り合いから、何とかたどり着けないかな? 知り合いの知り合いで。趣旨が変わりそうだけど、何とかこう文化部に繋げられたらいいから。まずカスミンの部員なら……。って言っておいて気づいた上に失礼極まりないけど、そういや、部活外の友達いないって言ってたよね」
「あはは、そうだね」
「マッキー遠慮しなくていい。それが事実だからこういう相談してるんだから」
私とアーヤは、乾いた笑いしか出てこない。
うちの部員は、そういうの苦手だからジャグリングしてる節も多少あるし。
うーん。
こうなったら、奥の手で新木さんに部統会絡みで連絡を取り付けられないかな。あーでもそこら辺、なんとなく厳しそうではある。
会長が厳格で、副会長はやっかみられてるし、それに加えて色々迷惑かけてるからね。
ただ、個人的なことでいけるかな。
「新入部員の新木さんなら、もしかしたら知ってるかもしれない」
「んー。まあ。猫の手も借りたいからね。それにちょっと気にしてる雰囲気あったし」
「へー。新入部員来たんだ! どんな人?」
「どんな人……。そうね。結構仏頂面で、気難しいんだけど、なんか真面目で、それで、カゲルの彼女の親戚……って。あ!!」
「……あ!」
「どうしたのカスミン!? というか、待って今とんでもないこと言ったよね!?」
アーヤも気づいたようだ。マッキーは驚愕と困惑が両立し、体が前後に揺れる。
「実はね。カゲルに彼女ができて、軽音関係だったよね。このリストにはない部活になるけど」
「ブラックカメレオンのボーカルがカゲルの彼女」
「……。え? ええええええ!?」
マッキーがびっくりし後ろの壁にベタと張り付いた。
「マッキー! どうしたの?」
「いや、あまりにも衝撃だったのと、その人そこそこ有名だったし、それに私、歌も聞いたことある。本当に歌が上手い人だよ! って、待って、もしかしてなんだけど、私、てんちゃんとカゲルと食堂にいた時見た! その時ちょっと距離離れたけど、いた。そうか、あの時から」
「なにそれ?」
「ものすごく聞きたいんだけど」
マッキーの目撃情報が衝撃すぎて、身を乗り出す。
「断片的だけど、確かあの時、なんだっけ……。最初尾行されてたらしく、てんちゃんに協力して捕まえて、でもファンだったらしいから、そのままにしてるって感じだったはず」
「そこから何がどうなって彼女になったの?」
「そこから先の詳しい経緯聞きたい」
アーヤが笑いをこらえている。
反対に私はこう、笑う以前に色々と不安になっている。
尾行されて、付き合うって、捉えようによってはストーカーだよね。
いや。当人たちを見ているから、問題なさそうではあるけど、その経緯を不安に思ってしまう。
「とりあえずこの経緯はあとでカゲルに聞くとして、ブラックカメレオンって軽音部だっけ」
「そうだよ。ただ音楽か。どうなんだろう。大道芸に音楽は必要だから、関連はないこともないから、いけるとは思うけど」
「どうしたの?」
マッキーの煮えきらない表情に疑問を向ける。
「いや。個人的な感想になるけど、癖が強いんだよね。確か軽音部」
「それは大丈夫かな。私の部活も似たようなもんだし」
「クセの強さは負けてないかと。張り合うのは変だけど」
「それもそうか」
結構失礼極まりないけど、事実オタマジャクシズはクセの強い人達の集まりだ。
クセが強い者同士、どういう化学反応が起きるかは全く予想はつかないけど、何となくそこはうまくいくと思いたい。
「あと他に当ては?」
「んー。文化祭で知り合った女テニとボードゲームサークルの方々かな」
「私たちにはないパイプを持ってそうだからね」
「なるほどね! 私もちょっと別方面で当たってみるよ!」
「マッキー本当? というか、そっちもそこそこ忙しくないの?」
手伝ってくれるのはありがたい。だけど、彼女自身の心配をしてしまう。
「まあ。冬の公演あるから忙しいけど、それはそれでも、連絡をつなぐぐらいはできるし。なんとかなるよ。あと、そうそう、まだ早いけど、12月の公演観に来てくれる?」
演劇部の公演。そういえば観たことがなかった。
何かアイデアのヒントがつかめるかもしれない。
「わかった。観に行くよ!」
「私も行くよ」
「ありがとう!!」
マッキーはパッと開くように喜んだ。
知名度の拡大に少しずつ進もうとしている。本当に少しだけど、少しずつだけど。確かに進み始めたと思う。
これから忙しくなるだろう。だけどここは頑張っていくしかない。
でもまずは……。
「マッキー!」
「どうしたのカスミン?」
「相談にのってくれてありがとう!」
「いいよいいよ! うちとカスミンとアヤアヤの仲じゃない!」
その気さくな笑顔に、相談に乗ってくれる懐の深さに私は感謝した。




