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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第三章 「決意! 年越し!」
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『本音』

「そうですね。面白いとは思います。ジャグリングを見てみたいとも思います。ただ、その提案にすぐには了承はできないですね」


と応えた。

 

 少しのショックと、やっぱりかという気持ちが混ざっていく。

 アーヤは顔色一つ変えない。

 春宮さんの隣りにいる菊川さんは、据わった目で春宮さんを睨んでいた。


「どうしてですか?」

「実現するにしても、部活としてこちらに対してのメリットが少ないことですね」


 メリット。女子テニス部のメリット。

 私達の演技を見せたとして、知ってもらうことができるのがこちらのメリット。だが女テニの方は、喜んでくれる可能性はあるが、それがメリットになるかというと……。

薄いのかな。

 でも、それって、いや。


「私達の演技を見て、ただ楽しかったと思うことだけだとメリットとしては弱い」

「そうですね。忘年会としての余興はいいかもしれません。ただそれでも、女子テニス部としてと、あなた達のジャグリング部だと、ちょっと無理が生じる気がするのです」

 

 無理が生じる?

 どういう意味だろうか。

 メリットが弱い。無理が生じる。んー。思いつかない。

 一旦、向こう側の立場として考えてみる。

 ……。

 あ、まさか。


「部活としての目的の違いですか?」 


 春宮さんは静かに頷き、菊川さんを一瞥したあと話を続ける。


「大雑把に言えばそうですね。他にも諸々理由がありますが、たぶんそれが一番の原因になるかと思います。私達はテニス部、学生大会での優勝を目標にしてます。あなた達の目標は、なんですか?」

「え!? 私達……は、文化祭のギャラクシーホールでのグランドステージに出ることです!」


 突然の質問だった。完全に勢いで言ってしまった。でもそれが私の本心。


「それはとてもいい目標じゃないですか! 出演することになったら絶対に見に行きますよ」


 春宮さんは澄ました表情を崩して、驚きと笑みを見せた。

 菊川さんは隣で何度も頷き、その目をキラキラさせていた。

 対して私の相方は、笑っていたんだけど、乾いた様な笑いに見えた。

 気のせいかな。


「でも、それなら、部としては先程の提案は実現し辛いですね。両者立派な目的があるけど、その方向が噛み合ってないから、私たちの部内でも疑念が生まれてくる可能性があります」


 スッと冷静に戻った春宮部長は、淡々とした口調で否定的な考えを述べた。


「んー。そうですよね」


 春宮さんの言い分はわかる。たぶん部としての交流は目的の違いからかみ合わないということだ。

 ただこのまま終わるのも、違う気がする。

 どうすればいい。

 アーヤにチラッと目をやるが、何も言わない。

 考えるしかない。

 私達の今回のこの場のこの目的はなんだったか。私達の目的は「オタマジャクシズ」のことを知ってもらうこと。


「こんな確認も、変ですけど、確かに目的は違います。そちらの部の忘年会の出し物に出ることは一回だけなら、できても後々続けていくのは無理と言うことで、なんですよね」

「そうですね」

「それって、一回だけなら良い。というわけではないんですよね」

「それは……。そうですね。そういうことですね」


 一瞬だけ、視線が泳いだ気がした。

 結構無駄なことを言ったとは思う。でもわずかに揺らいだ。

 でも、その揺らぎを問い詰めるのは違うのだろうと思った。

 たぶんそれこそ長い目で考えた色々な事情なのか、部として春宮部長が抱えている問題があるのだろうか。

 だから、たぶん。今聞くことはそこじゃない。 

 部でだめだと言うのなら。


「では、春宮さんと菊川さん個人的に頼みがあります。私達の発表会があったら来てください!」


 これこそ勢い余って言ってしまった。

 今後の発表会ってまだ決めてないけど言ってしまった。


「それはぜひ! いつ頃やりますか?」

「えっとそれは、まだ決めてないです。ですがその、そうですね」


 勢い余ってシドロモドロになる。


「そうね。とりあえず発表会はまだ決めてないですね」


 今まで黙っていたアーヤが話し始めていた。


「そうなんですね。その言い方だと理由がありそうですね」

「そちらこそ、たぶん理由がありそうなんですけどね」

「アーヤッ!」


 僅かな会話の火花に、私は反射的に声を上げた。余りにも大きかったせいで、カフェテリア内にいた近くの学生達から注目を浴びる。

 慌てて口を抑えて、頭を下げる。

 その光景に菊川さんは目を丸くしたが、春宮さんはただ微笑むように眺めていた。

 そしてアーヤはひらひらと手を振って、「わかった。わかった」と私の意志を受け取ってくれた。


「取り乱してすみません」

「いえ。大丈夫ですよ」


 相手の部長は整然としているにも関わらず、私が取り乱してしまうとは、同じ部長としてどうなのかと自分自身で思ってしまう。

 落ち着きを取り戻そう。


「次の発表会が決まっていないのは、現段階だと集客があまり見込めないと考えているからです」

「なるほど」

「それで、はっきり言いいますと、その『オタマジャクシズ』の宣伝と営業を兼ねて、女子テニス部のお二方にお話をしに来たわけです」


 すると菊川さんがズイッと前のめりになる。

 

「何言ってんの。そんなことだったの。私はそれでも協力する気だよ! でも部長! なんで協力してあげないんですか!」

「落ち着いてくださいヒカリさん。別に協力したくないとは思っていないんです。たださっきの案には了承できないと言っただけです」

「いいじゃないですか、忘年会に来てもらうくらい」

「あのねー。そんな簡単にはいかないのよ。部活の現状を考えたらね」

「そんなこと、あるんですか?」

「あなたって人は、まあそれがヒカリさんの取柄なんですけどね」

「照れますね」

「褒めてないんですけどね」


 この二人のやり取りを見て、春宮部長に少しだけ親近感が沸いた。


「白峰さん」

「はい」

「こういうことを言うのも変ですけど、少し安心しました」

「安心?」


 私がその言葉の理由がすぐには分からず戸惑っている合間に、春宮さんは両肘をテーブルに乗せて、私の顔を覗き込むように近づいた。


「ちゃんと本音を言ってくれました」


 その瞳は今までのただの部長同士の視線ではないのは分かった。この澄んだような、そして奥にあるような、どこかうっとりしたような表情を向けてきたことに、嬉しさとどことない緊張を味わった。


「はい、そこまでですよ」


 私と春宮さんの間に腕を割り込ませたアーヤ。

 いつも以上にジトーとした湿った視線を送ってくる。菊川さんもやや引いた眼を見せると、春宮さんも不貞腐れた顔で睨み返していた。

 その一時的な攻防を私はたぶん正しくは理解できなかった。


「ごほん。失礼。先ほどの宣伝と営業に関しての返答としまして、私、女子テニス部部長としては、協力は限られますけど、個人としての協力は制限がほぼなくできると思いますよ。私もジャグリングは見てみたいですし」

「うんうん。私も見たい」


 二人は、最初の回答よりも、もっと柔らかい好意的な表情で回答をしてくれた。

 その言葉に私たちはようやく安心したのか、自然と頭を下げたのであった。


「本当ですか! ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「では、それについて、もう少しお話をしていきましょうか」

「はい」


 元々の提案は上手くはいかなかったけど、少しだけ、ほんの少しだけでも進み始めた気がした。

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