『てるやん先輩の真意』
「ええええええ!」
「恋はいつでもハリケーン」という言葉を何処かで耳にしたことがある。
今回のこの現象をそう例えるのではないのだろうか。
いや……そうだろうか?
「……」
てるやん先輩は、口をまっすぐ閉じたまま目をパチクリとしている。完全に固まってしまっている。
「ちょっと待って」
エリ先輩が自然とてるやん先輩とその女性の間に割って入ろうとする。
「ちょっと、今、私が話そうとしてるの」
「その前に練習中なのに、突然割ってくるなんてマナーがなってないじゃないか。東雲さん」
エリ先輩の瞳が据わっていた。
完全に蚊帳の外になったことを察した僕は、傍観者になることを決めて、静かに距離をとる。
あー。あの人東雲さんというのか。
アフロの人って聞いてたのだけしか覚えていなかったから、そういや追っかけだったよな。
頭の片隅にあった記憶をぼんやりと思い出しながら、散らばっていたマイボールを拾いながら、驚きで騒いでた心を静めていった。
今の三つ巴……ではなく、奪い合い構図を俯瞰しながら眺めていると、てるやん先輩の驚きのリアクションに少しだけデジャブを感じた。
細かく言うとシチュエーションは違うけど、てるやん先輩の驚きを身をもって体験した僕はデジャブを感じずにはいられない。
「あなたこそ、私の人生一大イベントを邪魔しないでくれる!」
「そうはいかない。私にも練習する時間がある」
「でも今は空きコマで、自由時間でしょ」
「その自由だって、個人の自由で、あなただけの自由じゃないでしょ」
「私にも告白する自由がある」
「私たちにも練習する自由がある」
もう二人の言い合いになっている。停止したてるやん先輩も蚊帳の外である。
「何? あんたもてるやん大先生のこと好きなの!?」
「っ!!!! そ! そ!」
……。え?
エリ先輩の顔がまるでリンゴの様に赤くなった。饒舌が売りだったはずなのに、声を詰まらせ、しどろもどろになり、動きが完全に止まった。
想像だにしていなかった反応だった。
ただエリ先輩がてるやん先輩のこと好きなのは、過去を振り返ってみれば、あれだけ仲良かったから、納得はする。
だがこうも素直に照れるとは思わなかった。
「フフフ。やっぱりあなたもてるやん大先生の魅力に惹かれた人間なんですね」
東雲さんの眉間からしわが消えて、柔和に微笑むような表情に変わり、ゆっくり近づきながら生暖かい視線で眺める。
それに応じて、俯き加減でじりじりと後ろに引き下がるエリ先輩。
「そ、そ、そんなこと!」
「いいの。いいの。あの人の自由奔放な演技は全世界を魅了するの! あそこまで自由で、あそこまで立派で、失敗をしても笑いを絶えない演技ができる人なんて、この人しかいないもの」
うっとりとした表情へ、重ねて話し方が激変する現象に、すっと背筋が凍るような感覚に陥る。
おかしいな、誰かを好きになるのはいいことなのに、何か別の恐怖すら覚える。
エリ先輩はどんどん離れていく。近くの木にぶつかり、ぺたりとしりもちをついた。
もういつもの先輩たちではなかった。
東雲さんは何かに満足したのか、エリ先輩を見ながら、二回ほどうなずくと、てるやん先輩の前にトコトコと歩み戻った。
そして持っていた包みを先輩の手の上に置くと。
「てるやん大先生。返事を待っています」
「……。ああ。わかった」
「それでは……」
踵を返し颯爽と去ろうとする東雲さん。
「東雲さん」
てるやん先輩が、ようやく口を開いた。その瞳はいつものおちゃらけたものではなかった。
東雲さんは喜びに満ちた表情をして振り返った。
「はい! 大先生」
「その、なんだ。そう純粋に好きと言ってくれるのは本当に嬉しいし、俺も頑張った甲斐があったなと思えるし、本当にありがとうな」
「……」
「だけど、わりい。たぶん、いや。やっぱり、東雲さんの気持ちに応えられない」
「……。そう……」
東雲さんの両肩が静かに落ちる。
「……。いや。やっぱりそうなのね」
東雲さんはある方向に視線を向けた。何かを悟ったのか彼女は大きなため息を吐き出した。
「悔しいけど、でもそれでも私はてるやん大先生のファンだから。いつまでも応援しているから」
東雲さんは顔を隠すように、足早に去っていった。
その姿を僕はただ静かに眺めていた。
強く吹き付ける風が痛む。それでもてるやん先輩はその場から動かない。両手をぎゅっと握りしめたまま、ただ立ち尽くしていた。
エリ先輩も木に張り付いたまま、微動だにしなかった。
「……」
「……」
このこの空間だけ時を止められたような感じ。
察しの悪い僕でも、これはわかる。僕は風となってこの場を去った方がいいのだと、今後の展開をここで見るのは、たぶん野暮っていうものだろう。
ただ無言で立ち去るのも、気が引ける。一応エリ先輩を誘ったのは僕である。
でもこれはこの二人でないと解決できないことであろう。
「てるやん先輩、僕は一旦ここから」
「カゲル。こんなことをいうのもあれなんだが、近くにはいてくれ。そのなんだ、こういうのは単純に心細いんだ」
「ええ。本当にそれでいいんですか?」
その言葉の意味を珍しく瞬時に察することができた。だからこそ自然と出てきた確認の言葉である。
「ああ。お前なら逆に面白おかしくは言わないだろ」
「……。言わないです」
「なんだその妙な間は」
「今目の前にいるのは、果たして本当にてるやん先輩なのかと」
「どういう意味だよ。そう思われても仕方ないかもしれんが、まあ珍しく色々考えてしまったんだよ。色々なことがきっかけで」
「あー。そういう時期があるってことで納得します」
「なんだそれ。まあいいか。とりあえずはっきりさせた方がいいから。一旦話すわ」
てるやん先輩は、気に張り付いて動かなくなったエリ先輩のところに向かって歩いていく。
エリ先輩は、びくっと震えた後、逃げようとするが後ろの木が邪魔して思うように動けずにわたわたしている。でも結局のところ逃げられずに、とうとう諦めてペタッと張り付いたまま停止した。
てるやん先輩はふざけるわけでもなくちゃちゃを入れるわけでもなく近づいた。そしてエリ先輩の目の前に行くと、彼女と視線が同じになるようにかがんだ。
「エリ。そのなんだ。ここ2・3日、お前に対してあんまり素っ気ない態度をとってしまった。それは悪かった」
「う、うん」
「それでなんでその態度を取ったのかは、そう、あれだ。別に嫌いになったとか、イヤになったとかじゃない」
「……」
「そうだな。あの日以来ちょっとの間、お前と話す機会が減った時によ。なんか寂しいという気持ちが出てな。それでなんでか考えた時に……」
「……」
「お前の顔が離れなくてよ」
「……」
「たぶんそうなんだろう」
「……」
「意識したんだ。だから恥ずかしくなったんだ」
「……」
「それでだ。はっきりさせたい」
「……」
「俺、お前のことが好きだわ」
「……へ?」
エリ先輩はリンゴのように真っ赤にした顔を更に赤らめ、そして……。
バタッ。と白目を剝いて地面に横たわったのである。
「え?」
「え!?」
「エリリリリイ!!」
喜びが頂点に達したのか、恥ずかしさが頂点に達したのか、それとも脳がフル回転しまったのか。理由はどうあれ人生の一大イベントに出くわしたエリ先輩は、その衝撃のあまり、気絶したのであった。




