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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第三章 「決意! 年越し!」
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『エリ先輩の悩み』

 空きコマでエリ先輩とやって来た場所は学内のとある広場である。

 新設された体育館横にそこそこ広い芝生の広場である。

 カスミン先輩から聞いていた部統会公認の練習できるスペースである。

 ただし他団体とは譲り合いで、揉め事は無いようにといういくつか注意事項はあるらしい。

 今はダンス部だろうと思える人が何人か、あとは旗を回している人がいる。

 とはいえ少なめだからある程度場所を確保できそうだ。


「エリ先輩、てるやん先輩に連絡つきそうですか?」

「大丈夫でござる。脅迫状を送ったから来るでござる」

「それって本当に来るのですか?」

「大丈夫でござる!」


 グッドサインまでしている。元気よく言っているのに、不安しかないのは何故だろうか。

 そんな僕の不安を背に、エリ先輩は淡々と背伸びした後、薄い黒いバックからリングを取り出していく。


「カゲル、彼女と別れて拙者と一緒にって浮気じゃないでござるか?」


 にっこりとした笑みであった。

 全くこの人は懲りないなあ。


「エリ先輩、それに関しては本当に怒りますよ」

「……冗談でござろう」

「冗談ってことは知っていますけど、それに関しては譲れないので」


 目を細くして睨む。

 浮気はしない。というか、この状況になったのは貴方のせいでもある。

 悩み事の相談である以上とやかく言うつもりもないが、譲れないのも事実だ。


「カゲル……。変わったでござるね」


 エリ先輩の仮面にひや汗が流れている様に見える。


「そう見えますか?」

「そうでごさるね」


 そうなのか?

 まだまだだと思うが……。 

 悶々としながらも、バックからボールを取り出していく。

 それよりも気になることをついでに聞く。


「エリ先輩、半分冗談で訊きましたから、まだ信じられないですけど、本当にイジる以外の会話ってできないのですか?」 

「……。別に構わないでござろう」

「否定しないんですね」

「カゲルのいけず!!」

「エリ先輩には言われたくないですよ!」


 ちょっと茶目っ気を出そうとしてウインクするエリ先輩にすかさずツッコミを入れた。

 もう呆れてしまった僕は、エリ先輩から目を背け、取り出したボールを投げてカスケードを始める。

 もうぎこちなさはなくなってきていた。

 半年近くになると、基礎技のカスケードは自然とコントロールは出来るようにはなっていた。

 軽くアップを済ませると、新技の練習に取り組む。

 手元だけでの技以外にも体を動かす技が良いな、それともう少し大きくする技も、そして、たぶんその為にも筋トレをしないと、色々考えてしまうが、いけない一つにしよう。

 そしたら「ビハインド・ザ・バック」をやろうか。

 説明すると片側の後ろに腕を回し、背中側からボールを投げていき、体の前にボールを飛ばして掴む技である。

 

 早速カスケードから始めて、右手に掴んだボールを後ろに回して投げる。  

 ヒューンとあらぬ方向に吹っ飛んだ。


「あっ」

 

 飛んで行った方向に走り出し、ボールを拾い上げた。


「まだまだでござるね。アタッ」


 他所見をした瞬間にリングを頭にぶつけたエリ先輩。

 痛そうに頭を撫でた。


「エリ先輩も、油断し過ぎですよ」

「みーたーなー」


 ニヤッと仮面が般若柄に変わる。

 背筋がゾゾッと冷えた。

 逃げようと思った瞬間には僕の肩に先輩の手がかかっていた。

 生ぬるい焦燥でばなく絶望が背中を襲った。

 数々のイジりの所業が走馬灯の様に過った。

 だか、次に発せられた言葉は意外なものだった。


「あれでござる。弟がいるでござる」


 エリ先輩の言葉を咀嚼するのに数秒の時間を要した。

 振り返って凝視した。


「……。突然どうしたんですか?」


 先輩は一瞬素を見せたかと思えば、また仮面の笑顔を装う。


「理由を聞きたかったんじゃないでござるか」

「……。聞きたいですけど、話す気がないかと思ってました」


 僕は、置かれた手を振り払わずに、静かに聴く。


「そうでごさるね。全くなかったでござる。だが、納得してくれないとイジらせてくれないからでござる」

「どれだけイジりたいんですか!?」

「実は私には弟がいてね…」

「続けるんですね」

「聞くでござる。かわいい弟なんだよ。可愛がっていたんだ。だけどね、いつしか相手をしてくれなくてね。所謂反抗期という奴でね。私の絡みがウザかったのか、それから本当に話す機会が減ってね、それから色々アプローチを変えたんだけど、全く駄目でね。全部私が悪いんだけどね。つい可愛くてイジってしまうのが癖になってたんだよね。それを治そうにも治せなくてね。でそっくりな反応する君が現れたわけ」


 瞳を潤わせながらも、その獲物であろう僕をゆっくりと捉える。

 拗らせている。

 単純に出来ない悲しみを他の誰かで埋めようとしているだけに聞こえるし、ただ治そうとしても治せずに結果的にこうなってしまったと捉えられなくもない。

 だが僕もそれを受け入れられるほど寛容でもない。イジられるのはそれなりに楽しい時もあるが、かといって限度はある。

 わがままな上に多少酷だが、突き放す言い方をする。


「だから、ターゲットにしたのですか。結果的に同じミスをしそうですけど」

「うう。辛辣だね」


 俯き加減になる。

 傷心なのはわかっている。今は僕が悪魔になっているのかもしれない。

 正直に言うと僕も心が痛む。

 ただ中途半端は良くない。自分の意志ではっきりと言った上で落とし所を探さないといけない。

 そのためにも確認をする。

 

「聞き辛いですけど、弟さんとは今は……?」

「……全然話さない。いや話せない」


 エリ先輩は顔を隠すように背けた。

 やはりそうなのか。


「エリ先輩的には話せるようになりたいんですよね」

「そうだよ。なんたって弟だからね」


 となると、やっぱりはっきり言おう。


「じゃあ、やっぱり僕にイジるのを辞めましょう」

「えっ。それは」

「だってそうでしょう。イジりすぎて、嫌われてるなら、イジらず普通に接するようにならないと駄目ですよね。それで解決するほど単純ではないでしょうけど、まずそれを治さないことには始まらないでしょ。難しい上に、あなたの性格に影響する上にしんどいでしょうけど、普通にならないと駄目ですよね」

「それに?」

「勘ですけど、てるやん先輩への会話も困ってるんでしょ」

「ぬ!?」


 口を強く紡ぎ、渋い表情になった。

 勘が当たるとも思わなかったけど、当たったなら話は早い。


「じゃあ。まず、普通に会話出来るようにしましょう」


 だがエリ先輩は、首を横に振る。


「カゲルわかってない。それが出来たら苦労しない。それができないから……」

「できない。でも話したいならできるようにならないといけないです。それほど好きなんですよね。弟さんが」

「好きだからこそ、イジってしまうし、イジりがこうやめられなくなるんだ」


 笑顔なしの必死なエリ先輩。

 聞いていてちょっとだけ退いてしまいそうだ。


「でも弟さんと溝が深まるばかりじゃないですか?」

「だから、私はジャグリングを始めた。気を引かせるために」

「えっ? それはどういう?」

「わからないか? コミュニケーションがイジること以外が極端に難しいからだよ」

「……。あっ」


 全てを理解したわけではない。

 だが今の文を推測すると、話すことが苦手なら、特技を見せたら、もしかしたらきっかけになるかもしれないと思ったのだろう。

 それで本当に解決するのだろうか……。

 いや、それでもエリ先輩が考えて出した答えではある。

 不器用ではあるが。


「でもじゃあ僕をイジるのは、単に似ているだけなのですか?」

「似ているね。それだけでもないけど……」

「えっそれは」

「それは言えないな。たぶん怒られそうだし」

「単にストレス発散とか」

「ぎくっ!」

「酷い!」

 

 もうそれって僕はもらい事故みたいなものだ。


「ぬおーい。カゲル許さんぞ!」


 あらぬ方向から、怒号が聞こえてきた。

 迷彩柄の服を来て特徴のアフロをフサフサと揺らしながら猛ダッシュしてくる。

 しかも僕に怒ってる?


「エリ先輩、どんな内容の文を送ったのですか?」

「私の初めてを奪われるって送ったってござる」

「先輩の頭は真っピンクですか?」

「そりゃあ乙女だからでござる」

()()と修飾語をつけたいのですけど」


 もう半ば諦めそうな気分だよ。僕は。


「ははっ。そうでござるね。早く逃げるでござる」

「てるやん先輩、僕にそんな度胸あると思います?」

「ああ。絶対にないけど、とりあえずアタックだ!」

「問答無用過ぎません上に、なんか地味に傷つくんですんけどってウギャー」


 てるやん先輩が後ろからぐわっと僕の脇腹を掴んできた。

 触られた感触に悲鳴を上げたが、そのあと何もないことに、安堵と不安を過ぎりつつ振り返る。


「お、おい。エリ」


 てるやん先輩が今までに見たことのない焦りを見せていた。

 それもそうだ。エリ先輩はてるやん先輩の背中に顔を埋める勢いで抱きついていたのだ。


「てるやん最近調子変だったけどどうしたの?」


 エリ先輩の不安と心配に満ちたその表情を、僕は忘れることはないだろう。

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