『衝突。向き合う。』
「それでは今日はここまで! お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
今日の部活動は終わり、皆途中まで揃って帰った。
帰り道のとある十字路でそれぞれ別れを告げて、僕は歩いて家までの道を歩く。その右斜め後ろで新木さんが無言で歩いていた。
同じアパートに住んでいる以上、帰り道が同じなのは言うまでもない。
だがこの微妙な距離と、無言で歩かれる現状に、僕に安息の時間が来るのはいつだろうかと心の中で嘆いた。
「数谷さん」
「は、はい」
「今日はありがとな」
「えっ、あっ、はい。いえいえ」
突然すぎる言葉に、適切な言葉がでてこない。
「実際やって、初めてその難しさを知るというのか、お前ら、器用なことやってるんだなと思ったわ」
僕は振り返ってしまう。
そんな言葉を言ってくれるとは思わなかった。
「なんだよ」
「いや、なんでもないです」
睨みつけられた視線に耐えられず、クルッと前に向き直って、少し背中を丸くした。
「シャキッとしろ」
急に両肩を掴まれ、背中を反らされた。
ボキボキと骨がなる音がした!
急に何をするんだと叫びたいが、体勢が体勢なだけに反論できない。
「こんなに凄いことができるのに、もっと胸を張れ。あいつから言われなかったか!?」
「え?」
あいつ?
ま、まさか。確かに、似たようなことは言われた気がする。
「あいつは、乱暴なことはあるけどな、真っ直ぐなんだよ。自分が好きなことに対してな。で、その彼氏がこんなふにゃふにゃって、なんで惹かれたのかわからねえ。そこはわからん。でもな、ジャグリングできる人間なんてな、そんなに多くない。だからそのことに胸を張ってもいいだろ。もっと練習したらな。だがな、モタモタしてたら、俺がお前を抜くぞ」
「え? はあ!?」
突拍子もない言葉に驚きと焦りが一緒に湧き出た。
掴まれた手を強引に振り解いて、振り返った。
「何を言うんですか?」
「なんでもねえ。ただの脅しだ。俺はあいつのいとこだが、それなりに付き合いは長え。良くも悪くも面白いやつだ。それだけ気にはかけてたわけだ。でもそんな相手がお前みたいなやつなら、親族的に思うこともあるだろ」
「気に入らないと言うことですか」
「ああそうだ」
結論、そうなる。
予想できたことだ。だから前を向こうと今日の演技は積極にはなった。でもそうだ。それだけで認めてもらえるはずなんてない。
今の僕の後ろ姿や、ビクビクしているところなんて、悪い部分だ。
だがここまで言われて退くのは嫌だった。
それもそうだ。彼氏になったのだ。
僕は新木さんの目へ睨み返す。
「わかりました。僕は今まで中途半端に生きてきた人間です。正直彼女ができたことに関して、本当に自分で良いのかさえ思ってしまう臆病ものでした。でも好きと言ってくれた、つ、ツバキさんに応えたいと思ったし、その姿を見せたいと思った。口では簡単に言えるまで思われています。だから、今できることをやります」
「甘い!!」
夜中の住宅街に広がった残響。
流れる沈黙。
声が大きすぎだか、躊躇う素振りを見せる新木さんだった。彼の中で落ち着きを取り戻すと、ゆっくり話す。
「できることをやるじゃない。できないことをできるようになれ。じゃないと、ただの現状維持だ」
「……」
耳が痛かった。
あれだけ言おうとしていたのに、それでも言い返せなかった自分が惨めだと思った。
「できないことをできるように、それが成長だろ。今まで出来てないことを洗い出して、できるようにしろ。あと、姿勢は直せ。舞台に立つ姿が少なくともまともになるだろ」
彼は僕の横を通り過ぎていった。
僕はただギュッと拳を握りしめたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
今、僕は布団に顔から突っ込んでいた。
そう。酷く落ち込んでいるのだ。
あー。いけない。でも立ち直らないと、口だけではいけない。
絶対に前を向かないと。
彼女ができて気が緩んだら駄目だ。
ガバっと起き上がる。そして、ノートとペンを引っ張り出す。
自分の改善点を書き出す。
・ジャグリングが上手くない。
・隙がある。
・パッとしない。
・勉強もほどほどだから良くない。
・姿勢が悪い。
・筋力もない。
・会話力も良くない。
んー。酷い。でもいけない、できる限り書き出せ。
歯を食いしばりながらも書き出していった。
そして、出てきたものの改善策を出していく。
・ジャグリングは練習する
・隙って…直せるのか?
・パットしないは、どうすればいい?
・勉強は勉強を増やすしかない。
・姿勢は歩くのを意識してかえていく。
・筋力は筋トレ。
・会話力は会話を積極的にしにいく努力をする。
んー。こんなかんじなのか?
考えても考えても、わからない。
いや、もうやるしかないか。
出来てないことをやる。だからとにかくやる。わからなくなったときにまた誰かに聞けばいい。
「よし」
そう一言決めて、ピタッと手が止まる。
「……どれから始めればいいんだ?」
悩み事は絶えないのである。
「カースーミーン」
「ん? どうしたのアーヤ?」
「どうしたじゃないよ。気にならないの?」
「何が?」
「何がじゃないって、カゲルと新木さん」
「あーー」
帰り道にアーヤが不安な表情を覗かせる。
とはいえ私は。
「んー。とはいえ、大丈夫じゃない? なんとなく」
「ええ?」
まあ気にならないといえば嘘にはなる。
だが、なんとなく大丈夫だと思える。
あの二人の練習の姿を見たら、なんとかなるんじゃないかと、勝手に思ってしまってる。
「まあ。今日はいきなり荒れるとかは、なかったけど、他のメンバーは気が気じゃなかったはずだよ」
そうだよね。
オタマジャクシズは揃って人見知りが多いから尚更よね。
実際、皆が新木さんから距離を取っていたのは、目に見えてわかった。
「カスミンも途中でカゲルに投げたでしょ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。カゲルが積極的になってたから、私が後押ししただけだから」
「ふーん」
「な、なによ」
ジトーとした眼差しを見せるアーヤ。
対して私は毅然とした態度で応戦する。
「わかった。私もフォローを殆してなかったし、今回は言える立場じゃないし」
「ほんとよー。アーヤ警戒しっぱなしだったじゃない」
「いやだって、私が新木さんを見たのって、キレてる瞬間だけだよ。その情報だけだから、わからない上に怖い! 前に細かいこと聞きそびれたから、あとで細かく説明して」
「わかったわかった」
でもどこから話そうかな。
それとカゲルほど詳しくないから、話す内容は限られるんだけどね。
正直今日は新木さんに対して、少し逃げ腰だったのは否定しないし、後半カゲルに対応を投げたのも、あるといえばある。
だが、向き合わなければならない内容でもある。
今後の発展も兼ねて、今日帰ったらアーヤとしっかり話をしようと思った。




