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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第三章 「決意! 年越し!」
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『突然の新入部員』

「新木勇一です。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げた僕の隣人であった。

 

「ええええええええ」

 

 相手が相手なだけに、この反応は良くないと思ってはいた。でも素直に表れたこの感情を抑えるのは無理だった。

 新木さんに目立った反応は見えない。

 部員達の反応はもう折り込み済みであったのだろうか。


「じゃあ。いつも通り道具紹介をしてくれる?」


 いつもより1トーン低い声で促してくる部長に、みんな反応が遅れる。

 誰が出るのか牽制しあっているのが目に見えてわかった。

 僕も同じ気持ちになりそうだった。だがそれだと今までと変わらない。

 彼が認めてくれるにはそんな弱気ではいけない。


「僕がやります!」


 手を上げて前に進んた。


「わかった! じゃあ椅子を……」


 そう言いかけていると、アヤメ先輩がいつの間にか椅子を持ってき、トスっと新木さんの横に置き、目配せで彼に座るように促した。

 新木さんはゆっくり座ると、静かに腕を組んだのだった。


 僕は右手にボールを3つ持った。

 

 そもそもジャグリングを見せるのが久しぶりなせいか、緊張している。

 いや、それは言い訳だ。ツバキを励ました僕が、こんなところで足踏みをするな。

 ただ、身体は正直だ。

 落ち着かない左手が火照り始め、右手は早くも湿り始めた。


 具体的にどうすればいい。どうすれば落ち着ける。彼女はどうやった?

 チリっとした思考の巡りの先に、ある光景を思い出した。


 静かに目を閉じる。

 そして……。何をしたらいいのだろう?


 経験不足だ。それもそうか。

 気持ちを静めて、深く呼吸をしよう。

 鼻から大きく空気を吸い込み、口からゆっくり吐き出した。そして、僕が初めて部に来た時の先輩たちの姿を思い出す。

 今回は道具紹介……。だからやることは、どういう技と、どういう動きがあることかを明確にすることだ。

 たぶん……。


 不安なのは変わりない。でもやるしかない。


 目を開くと、彼としっかり視線が合う。

 なぜ僕の周りはこうも真っ直ぐな人が多いのか……。

 正直困ってしまう。

 悪く言うと半端なことなど許さないと脅されている気がする。だが良く思えば、期待されている。

 物は考えようだ。僕の考え、僕の意志は……。


 ギュッとボールを握りしめた。


「まず、基本的な3ボールの技を見せます」


 右手のボール3つを彼の目に留まるように見せた。

 1個ずつボールを投げ上げてから、3ボールカスケードを行う。

 ひとつの技をじっくりと見せてから、次にハーフシャワー、リバースカスケード、1アップ2アップ……。

 技名を伝えながら、一つずつ一つずづ丁寧に、できる限りボールの軌道を大きく見せ、理解できるように徹する。

 だがそれは僕が普段の練習ではやっていないことだ。当然、普段の手の位置からズレが生じる。

 ボールが手の平から指先へとズレる刹那、額がギュッと熱くなり、うっすら汗が滲む。

 ズレた軌道を強引に手伸ばして捕まえる。そのズレがまた大きくなり高く前のめりに投げ上げてしまう。

 慌てるな。

 ほんの僅かだが時間は伸びる。呼吸を整え、慌てず一歩足を進ませ、ボールを捕まえた。

 落ち着きを取り戻し、最後の技を繰り出す。


「最後に高く投げ上げてからクルッと回って取ります」


 ボールを高く投げ上げ、位置を視界に捉える。

 片足を後ろに下げながらクルッと回った。

 再度落下途中のボールを視界に捉え、腕を伸ばす。

 パシッと音が鳴り、ボールを手に収めた。


 ほんの一瞬の静寂のあと、拍手が起こったのは部員たちからだった。

 目の前の新木さんは、腕組みをしてただじっと僕を見つめていた。

 落とさなかった安堵感と彼が無反応だった不安が体を挟むようにしてやってくる。


「次の道具に移りますよ?」


 彼の顔色を伺うように聞く部長。

 すると、首をわずかに回し、視線をゆっくり合わせた彼は、「わかりました。次お願いします」と小声で伝えているのがわかった。

 僕は彼の表情に注視ながら、部員たちのいる方へ戻っていった。


 その後、ややピリッとした緊張感のまま、道具紹介が続いた。先輩たちは表情は固かったが、演技自体は全く変わらなかった。

 1年メンバーは、やはり動きが固い。

 新木勇一さんは目立った反応を示すことなく、ただただ部員たちの演技を見続けていた。

 全部の道具紹介が終わったあとも、彼は寡黙のまま座っていた。


「新木さん。どの道具にします?」


 部長が恐る恐る顔を覗かせる。


「……」

「新木さん?」

「……こんな難しいことをやっていたのか」

「へ?」


 聞き耳を立てていたら、想像していなかった言葉に、変な声が出た。


「なんでもない。一通り触れてから決めたい。まずはボールを試したい」

「わかりました。じゃあ。こちらに来てください」


 そう言って二人は、僕に向かってくる。


「じゃあ。カゲル! 新木さんにボールを教えてね!」


 ニコッと微笑む部長に対して、ビクッと嫌な緊張が復活する。

 さっきの道具の紹介の時の緊張から解放されたと思ってからの、また緊張で心臓が悪くなる。


「は、はい!」 


 と言いつつ、僕は部長は手伝ってくれないのかと視線で訴えてみると、すっと近寄ってから小声で。


「大丈夫。側にいるから、なんかあったらフォローするから、とりあえずカゲルの力でなんとかしてみて!」


 内心、面倒だから押し付けたのではないのかと思ってしまう。いかんいかん。そろそろそういう思い込みは無くそう。


「わかりました」


 新木さんは仏頂面のままだ。でもいつもと違う。場所が変わったせいか、いつもと違って見える。

 だからふと、第一声に困ってしまう。


「新木さん。このボールを使って」


 カスミン部長が横から3つボールを渡して、僕に一瞥する。


「まず、ボールを1つだけ片手に持ってください」


 僕は2つのボールを床に置き、1つのボールを右手に持つ。

 対して新木さんは多少考え込みながらも、右手にボールを1つ持った。


「そしたら、山なりの軌道を描くように投げて、左手にボールを渡してください」


 僕はその説明をしながら行うと、新木さんは素直に、ボールを右手から、左手に山なりのボールを投げて受け取る。

 次にその逆の工程を行うように促す。

 新木さんは今度は左手から右手にボールを山なりにに受け渡した。


「次に2つのボールを……」

 

 そうして続けて2つ目のボールを手にとり説明を続けた。

 新木さんは初めてのはずだが、2球のボールも前後のずれを少なく左右に山なりのボールを交互に投げてキャッチした。

 物覚えがいいのか、観察眼が優れているのか、それとも体の使い方が上手なのかはわからない。

 この時点では、僕はただただ凄いと驚いただけだった。


「それでは右手にボールを2つ、左手にボールを1つ持ってください」


 僕は道具紹介の時にも見せた。3ボールジャグリングの基礎技、「カスケード」を見せた。

 新木さんはじっと僕のボールの軌道を眺めながら、徐に右手のボールを投げ始めた。

 そして、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。するっと彼の左手からボールが零れ落ちた……。


「え」


 カスケード中のボールが僕の手から離れた。

 ポトポトとボールが僕の足元に散らばる。


「ん。難しいな。少しずつ、前にボールが逃げる」

「初めてやって、それだけできれば凄いですよ」

「ん。そうなのか」


 彼は納得いかない顔で、首を傾げながら、落ちたボールを拾っていく。そしてもう一度試す。

 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、そしてボールを落とす。

 もう2キャッチも増えていた。

 上達の速さが、目に見えて分かった。

 覚えが早い、呑み込みが早い、そういった感性の持ち主なのかもしれない。それは個人的にも嬉しいし部にとっても嬉しいことなのかもしれない。

 だが同時に、心にぼんやりとしたわだかまりが生まれ始めていた。そのことに、僕はまだ自覚できないでいた。

すみません。だいぶ長く空きましたが、更新を再開します。


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