『一難去ってまた一難』
「時間をとらせて悪かったな」
103の部屋から出て、2つ隣のツバキさんの部屋に向かう途中。
新木さんは申し訳そうに首に手を当てる。
「本当に」
「てめえじゃねえ」
呆れたツバキさんと、苛立つ新木さん。
「まあまあ。色々とはっきりしたから良かったです」
「はい。僕の方も色々迷惑かけましたし、それに状況説明もできたので」
「……。ああ。それはまあな」
両手を出してフォローにすかさず入る部長と遅れての僕。
先を越されてしまうことに後悔する。
頻りに首を回している彼。
「ったく。あんた勢いだけあるくせに、途中で……」
「それ以上は言うな」
いつの間にかツバキさんが優勢になっている。
まあ。もう落ち着いたなら、いいか。
「それじゃあ。部活楽しんでね!」
ツバキさんが新木さんを引っ張りつつパッと手を振る。
僕も振り直そうとする。
「あ、あの!」
カスミン部長が、少し前のめりになりながら呼び止めた。
彼女は毒気が抜けた純粋な興味を見せた。
「今後ともよろしくおねがいします!」
ペコリと下げた部長。つられて僕も頭を下げた。
「いえ。むしろこちらこそ今後ともよろしくおねがいします」
ツバキさんと、新木さんも頭を下げた。
「それじゃあまた明日」
「はい! 明日」
ヒラヒラと手を振る彼女にハラハラと手を振る僕。
パタンとドアを閉めた音の後に、降りてきた沈黙。
恐る恐るカスミン部長を覗き見る。
「カゲル!!」
「はい!」
「一言言わせて!」
「何でしょう?」
「公私混同はしないように」
「はい!」
「それと」
「それと?」
一言じゃなくなっている!?
「おめでとう。嬉しいよ。あの頃に比べて、だいぶ変わったんじゃない?」
意外だった。
と同時に嬉しくもあった。でも微かな心苦しさが薄く纏った。
「ありがとうございます!」
素直に喜ぶべきなのに、僕は何か引っかかりを覚えた。いや。たぶんどこかで気がついていたんだ。それが何なのか明確な言葉にできなかった。でもそれが今日の騒ぎでわかった。
「カスミン部長」
「どうしたのカゲル?」
これは本当は言うべきなのか、いや。言わないほうがいいのか。ただ謝ればいいと思っているだけなんじゃないか、自分がスッキリしたいだけではないのか、それかそう言って慰めてもらうという甘えなんじゃないか。
しかも相手は彼女でもない……。
違う。そうじゃない。それは関係ない。それこそ失礼だ。誰隔たりなく平等に接するなんて無理だけど、だけど、親身に関わってくれた人にはしっかりと話をしろ。ケジメだ。部員としてのケジメだ。
もしかしたら一方的かもしれない。でもこのまま隠すのも罪悪感でしかない。
「すみません。部長。僕は謝らなければなりません」
「えっと。それは彼女がいることを隠したこと?」
「それもあります。でもそれだけではないです」
なんだろうという、怪訝な表情に、僕は胸が痛む。
「学祭の最中です。僕はその時にツバキさんが彼女になりました」
「そ、そう」
「それを理由にはしたくはないですが、僕は浮かれていました。バルーンの配布の時も、たぶん……。いや間違いなくうつつを抜かしていました。だからこそ誘拐されるなんてことになりました。それをあなたの優しさに僕は甘えていました。だから、学祭の肝心なときに中途半端なことしてすみません」
深く頭を下げた。
突然すぎるし、なんだか自分を納得させる為に謝っているようでならない。だけど、だけど、今頃になって中途半端な自分を許せなくなってくる。
「頭を上げてカゲル?」
「は、はい」
カスミン部長の静かな声に、ゆっくりと顔をあげる。彼女のちょっと困った表情をみせる。
「なんといえばいいかな。それはお互い様だよ」
「えっと……それは」
「私は君たちに助けられた。カゲルに迷惑をかけたよね。だから私の方こそごめんなさい」
「それは……」
彼女は頭を下げた。
思ってもみない展開に、言葉を失う。
確かにあれは大事件だったけど。
「私はあなた達に迷惑をかけて助けられた。だから私はあなた達を助ける。いや。たぶん。助けられなくてもあなた達を助けるよ」
「……」
彼女は静かに微笑んだ。
それはいくらなんでも優しすぎる。もう聖人だ。
「それに、はっきりと言ってくれたんだから今更私は何か言うことはないよ。君の勇気に私は何も咎めはしない。あるとするなら今後気をつけて、かな?」
「……それでいいのですか?」
「……いいも何も、それを話したってことは、しっかりと考えて反省して、もうしないって決意で言ったものかなって」
純粋だ。彼女の瞳の奥にあるのは純粋な信頼。
ただ真っ直ぐに信じてくれている。
だからこそ耳が痛い。
だからこそ、もう裏切るな。
僕はその一言に力をのせて、答えた。
「わかりました」
「「そーれーでー。どーなーっーたーのー!?」」
メグとリナが不貞腐れた顔で、カメケンの部屋から、出てきて、僕と部長は連れ込まれた。
みんなガヤガヤしながら、僕とカスミン部長に注目する。
「とりあえず事態は……」
カスミン部長が話そうとしたのを遮るように、僕は前に出た。
「ごめんなさい。みんなを待たせた上に迷惑をかけてしまった」
そしてみんなの前で深く頭を下げた。
突然僕が率先して頭を下げたことで、部員のみんなは静まりかえった。
「あ、いや。私達も、突然押しかけてごめんなさい」
「私も」
メグとリナの急な変化に、逆に戸惑う、僕と部長。
すると、チラッと目があったのが二人。
耕次先輩とアヤメ先輩。
「いやー。カゲルの彼女があんなに可愛いとは。ううー」
「カメケン。ちょっといい加減諦めなさい」
「リナも、結構引き摺ってってええ!?」
目元を真っ赤に腫らしたこの部屋の主が、引きずられ、隣の部屋に連れ込まれる。
「まあまあ。ゆっくりお茶でも……」
そう言って、コトとテーブルの上に湯呑を置く日暮顧問と大介。妙にかしこまっていて気味が悪い。
そんな気味が悪い二人を他所に、部屋を見回す。
あとは部屋にいるのは大介と日暮顧問だけ。
「エリ先輩とてるやん先輩は?」
「まあ。大丈夫だから」
「大丈夫?」
アヤメ先輩が腕を組んで、ため息混じりで答えた。
大丈夫って。何が大丈夫なんだ?
「で。どうなったの?」
ピリッとしたアヤメ先輩の言葉に、僕は正直に事の顛末を話した。
「はー。とりあえずは落ち着いたのよね」
アヤメ先輩は深いため息からの、安堵した言葉を溢した。
「とりあえずは、今後僕の部屋の許可は変わらないですけど」
「まあ。私も今後謝りに行くから」
「私も」
「俺もだな」
「僕も」
「私もかな」
部屋の騒ぎは部員全員が原因だし、顧問もそうだよね。謝りにいかないとな。改めて迷惑をかけすぎた。
「で、そっちはなんとかなったとして、カゲル。彼女の話をしなさい」
ぶっっと飲んでいたお茶を吹き出した。
「アヤメ先輩?」
「こっちは待ちくたびれていたんだから?」
ちょっと待って、アヤメ先輩。顔が赤くなってない?
「えっ? 待ってなんでアヤメ先輩」
「アーヤ! もしかして酔っている?」
カスミン部長が、グワッとアヤメ先輩を抱きかかえる。
「カスミーン。良かった無事だったあ〜」
そう言ったあと、カクッと頭を垂れてグッタリとした。
「えっ。えっと? 何があったの?」
「いや〜。それがねえ」
顧問がコクコクと話してくれた。
僕達が連れ込まれたあと、どういうことなのか、事情が詳しい人誰かと、アヤメ先輩が問い詰めて、観念したエリ先輩とてるやん先輩が全て話したことにより、元凶の二人が、退場させられた。
あとは、不安でならなかったのも合わせてお酒を飲んだらしく、半端ない迫力だった為に、みんなの神経がピリピリとしていたらしい。
そして、とりあえずアヤメ先輩を寝かしてなんとかなったのであった。
その後のことは、もうみんな疲れたので僕とカメケンの部屋に男女に分かれて、眠ったのであった。
そして数日後、次の部活動日。
カスミン部長がとても不安な表情をしていた。
「えっと、新入部員を紹介します」
そう言って、ゆっくりと歩いて現れたのは、僕の知った人物。
「新木勇一です。これからよろしくおねがいします」
「ええええええええええ!!」




