『修羅場』
新木さんとツバキさんがいとこという事実に、驚く暇もなく、新木さんはツバキさんの手と僕の手を掴み、引っ張っぱり始めた。
「ちょっと何ですか?」
「俺の部屋に来い!」
「勇一落ち着いて!」
全力で抵抗するけど、全く歯が立たずにズルズルと部屋に連れて行かれる。
「ちょっと待ってください! 私の部員に何するんですか?」
カスミン部長が僕の腕と新木さんの腕を引き剥がそうと割って入ってきた。
「あんたは……。丁度良かった。一緒にきてくれ」
「えっ。え!?」
新木さんは部長も一緒にひっぱっていき、新木さんの部屋に僕とカスミン部長とツバキさんは連れ込まれた。
バタンとドアを閉めて、チェーンをかけられた。
そして半ば強引にリビングにテーブルを囲むように座らされた。
ピリピリとしたモヤモヤとした、いやもう酷い空気だ。
仏頂面の二人に、更に怖い表情のカスミン部長と、いたたまれない気持ちの僕。
本当に胃がキリキリする状況の中、新木さんは重く話し始めた。
「んで、早速だが、ツバキと数谷さんは付き合っているのか」
僕はぼっと熱くなる顔でゆっくり頷くと、ツバキさんはバンとテーブルを叩いて身を乗り出した。
「なんだよ。アタイらの勝手だろ!」
「あーそうだ。お前らの勝手だ! 俺の意図することじゃねえ。けどよ、こんなよそよそしい奴が好みなのか?」
新木さんが声を荒らげ指をさす。
否定はしないけど、否定はしないけど、そろそろ失礼だと思わないのか。
「カゲルはよそよそしくない! よそよそしい人が、人前に立てない!」
「だからって、危険意識が薄いやつに、お前のパートナーを勤められるのか!」
「そんな一つの欠点で、嫌いになるとか、そういうのじゃない」
「これは、お前のために言っている」
「大きなお世話! 親父みたいなこと言って、過保護か!」
「過保護じゃないって」
身を乗り出して言い合ういとこ同士の二人。巻き込まれて痴話喧嘩を聞かされる。
それと、褒めて貶されてを繰り返し、ジェットコースターの様に心が変わらされる僕は、そろそろ疲れてきた。
「俺はお前のことが心配で、昔あっただろ、引っかかっただろ」
「それはだいぶ昔でしょ! 今は違う!」
「俺は見たぞ、数谷とぉ……」
新木さんは、僕とカスミン部長を見つめたあと、言葉を濁した。
何を言おうとしたのかは、僕にはわからないが、カスミン部長がギッと新木さんを睨みつけているのはわかった。
一つのため息をして、カスミン部長は座り直た。
「新木さん。私に何のようがあって連れてきたのですか?」
部長は、目をカッと開いていた。その眼光に萎縮する新木さん。
「いや、まあ、その、なんだ。白峰さんの部員たちだ。そこの数谷に結構ちょ、じゃなくて、関わっているのは知ってる。だがちょっと教育してほしい。下の住人として、数谷さんの部屋が騒がしいのは、少し迷惑している」
言葉を選び、探りながら、後ろ髪をかきながら話す新木さん。
カスミン部長は開いた目を閉じて、そして深く頭を下げた。
「申し訳ありません。私の配慮の至らなさと、部員たちへの指導が足りないこと、迷惑をかけたこと。本当に返す言葉がありません」
「すみません」
僕も一緒に頭を下げた。
「いや、まあ、今後は気をつけてください」
「えっ。もしかして、あんたの上の住人ってカゲルのところ!?」
「あ、そうだよ」
「すみません。そうです」
この流れ的に、新木さんをかなりの頻度でツバキさんの所に避難させてしまっていたみたいだ。
「そうなの? カゲル?」
ツバキさんの怪訝な視線が突き刺さる。
けどここで誤魔化しはいけない。
「す、すみません。部活のメンバーと騒いでいました」
「……」
この前デートに行ってからこれって、めちゃくちゃ恥ずかしい。
ツバキさんは静かに僕を見下ろしていた。
「まあ。今回はカゲルたちが悪いな」
グッと心臓が掴まれたように痛む。
「けど、アタイも昔よくバカやって迷惑かけたのもあったから、そう強くも言えないのも確かだ」
「……」
「だから、そのまあ、今回は素直に謝っているから、特にアタイから言うことはない」
ものすごく安堵した。とはいえまた彼女に甘えてしまった気がする。
「あ、ありがとう」
深く頭をさげようとした瞬間に、ギュッと顎を掴まれた。
彼女が視線を鋭くする。
「アタイの彼氏なんだから、そうヘコヘコするな」
「は、わ、わかった」
そうはっきり言うと、ツバキさんはニコッと笑った。
また顔が熱くなった。
そして気づく、自分のそういうところが治す部分だとわかった。
「あのー。お熱いところ申し訳ないのですが」
「ゴホン」
気がつくとカスミン部長がやや申し訳無さそうに手を上げて、新木さんが腕を組んで不服そうに睨んでいた。
ツバキさんはぱっと手を離して、背中に隠してそっぽ向く。
「あー。はい。なんでしょう?」
「そろそろ私に二人を紹介していただけますか?」
「……あ、はい」
そうだよね。部長が一番巻き込まれ事故だよねこれ。それに最初は紹介だよね。順番がメチャクチャになってたことに気がつくと、慌てて紹介する。
「えっと、この方が僕の彼女の柿沢椿さん」
「どうも」
ムスッとした顔で反応するツバキさん。
「そしてこちらの方は、面識はあると思いますけど、僕の真下に住んでいて、部統会の新木勇一さん」
「どうも」
こちらもムスッとしている。
「それで、二人にはきちんと紹介していなかったですよね。こちらが僕の部活の部長白峰カスミさんです」
「うちの部員がお世話になっています」
「ああ」
「ああ」
二人揃って同じ反応。いとことは聞いたが似たもの同士なのだな。
そして、沈黙……。
空気が重い。
でも冷静に考えるとそうだよな。親しいいとこの彼氏が近所迷惑の人間で、ツバキさんからしたらその彼氏の部長が綺麗な人で、どっちも気が気じゃないだろうし、部長は突然の巻き込まれで、で僕はその元凶で。
あれ? 僕が一番やばい人間?
「なあ。いや、部長さん一つ聞きたいことがあるのだが」
「はい。なんでしょう?」
「あんたたちはいつもあんな感じで仲がいいのか」
新木さんはドアの向こうを指差していた。
部長は目をパチクリとした。
「そうですね。いつもあんな感じです」
「そ、そうか」
意外と淡白な答えが返ってきた。もっと言う言葉があると思ったのだが。
「カゲル。もしかして前に言ってたあの部長さん?」
横からのツバキさんに僕はどの事か一瞬わからなかったが、パッと思い出す。
「そうです。その時の人です」
「そうか」
ツバキさんはカスミン部長をキレた目つきで睨むと、怯まず部長は大きく目を開いて睨み返す。
僕の背中に冷や汗が流れ始める。
耐えかねた僕は二人の間に割って入る。
「僕が介入するのも、何となくタイミングが悪いかもしれないですけど、やっぱりいがみ合ってほしくないので、落ち着いてください」
「ああ」
「そ、そうね」
二人は表情を緩めた。
とはいえ、現状は芳しくない。
静かに二人はまだ睨み合うし、腕を組んでバツの悪そうな新木さんであるし。
どうしてなんだろうか。
いや原因は僕か。
いや、違う違う。
二股はしてない!
事実違うから問題ないけど、これってそういうこと?
いや、なんと言えばいい。違うそうじゃなくて、そうじゃない。
相変わらず混乱、いや勘違い。とりあえず落ち着こう。
でもそう見られてしまうのかな。
どういえばこの現状は収まるのか。ここで何を言えばいいのか。
いや、僕がはっきりとしなかったから、だからこうなったのか、僕がはっきりと彼女のことを言わなかったから、こうなったのじゃないか。
部活のみんなに最初からはっきりと全て話しておけば良かったのか。
勝手に責任を感じているのは、僕の思い込みか。いや、でも原因は僕だろうな。
「あの!!」
急に立ち上がった僕は、皆びっくりして固まる。
「みんな仲良くして欲しいです! いや僕が言えることでもないかもしれませんし、僕の我儘なのは分かっています。けど、新木さんは、めちゃくちゃ面倒見良いですし、カスミン部長は優しいですし、めちゃくちゃ後輩想いでいい人ですし、ツバキさんは、歌上手で、頑張り屋で、優しいですし僕の彼女だし、だからその仲良くして欲しいです! これは僕の我儘で、僕のエゴで、もしかしたら、三人の意にそぐわないかもしれません。けど仲良くして欲しいです。あとは、僕がもっと男らしくなります! はっきりとします! だからその仲良くして欲しいです!」
「……」
毎度のことで、わけわからないこと言っている。男らしくなるって、はっきりするって。えっと、急に褒めちぎるし、気持ち悪いって。
でも本音だ。みんな仲良くして欲しい。彼女と尊敬する人がいがみあって欲しくない。
エゴだけど、それしかない。
三人は面を喰らった表情をし、次第に口を膨らませたあと、ぷっと吹き出した。
「ふっ。ふっ」
「ふっ。ふっ」
「ふはははははははははは」
一斉にひっくり返った。そして床に倒れて、笑い悶えている。ツバキさんとカスミン部長はまだ想像つくけど、新木さんまで。
「ふはははっははははははっははははははっはははははっはははははは」
「笑い過ぎです!!」
「いや。ごめんごめん。ここまで、臭い台詞だとは思わなかった」
椿さんは転げ回った。
「私の後輩は、やっぱりいい後輩だよ」
お腹を押さえて、震えているカスミン部長。
「本当に前から思ってたけど、相変わらずの甘ちゃんだ。世間知らずもいいところだ。バカだ。アホだ」
新木さんは顔を伏せているが、ぷるぷる震えている。
恥ずかしい。熱く火照ってしまう。本当に逃げたい。でも、いけない。ここで逃げるのは自分の言った言葉に自信がないアラワレだ。
盛大に数分くらい。笑い続けられた。
「そうだよね。そうだよね。ごめんね。それこそ私の彼氏だよ」
ゆっくり起き上がって満面の笑みで見つめるツバキさん。
「ふふふ。本当に私も見習わないと」
指で目じりを撫でながら、起き上がるカスミン部長。
「はあ。バカすぎて、アホすぎて、まあ少なくとも騙すことはないだろうな」
顔が真っ赤になっている新木さんは、感情が迷走していた……。だますことはないって、そんなに疑っていたな……。
「え?」
真っ先に声をあげたのが、ツバキさんだった。そして、僕も嘘か真かわからないけど、ギョッとした表情をした。
しれっとそっぽを向いた新木さん。
「ちょっと待ってそれって」
「あんだよ。もう何か言うのも疲れた。あれだ。監視しとくからな!」
耳まで真っ赤になっていた。
これは、その。
「はははは! ちょっとマジで勇一。真っ赤になっている!」
ツバキさんが指さしてゲラゲラと笑う。
「はあ。赤くなってねえし、お前も大概だろ。真っ赤にしてただろ!」
「げっ! 勇一はしたねえ!」
「はあ!?」
ツバキさんと勇一さんとの言い合いが止まらない。
本当に親戚なんだなと思ったのと、ちょっとだけモヤッとした。
「本当に君の周りには賑やかな人が集まるね」
瞼を拭きながら部長は微笑んでいた。
「なんででしょうね?」
「君がそういう人柄なのかもね」
「そうですか?」
「そうよ」
カスミン部長の言葉に納得はできなかった。
でも悪い気もしなかったのだった。




