『発覚』
大学祭が終わってから最初の部活動日。
いつもの体育館で皆がわいわいとしながら練習するいつもの風景ではあった。
だが……。
「「カゲルに彼女ができたあああ!?」」
メグとリナの絶叫により、早速混沌とするのであった。
エリ先輩から聞いた二人は、猛スピードで詰め寄ってきた。
「カゲルゥー。彼女のこと、教えなさいって」
「カゲルさん。抜け駆けは良くないですって」
「というか誰なの?」
「小百合さんなの?」
「いつからなの?」
「誰なの?」
「ちょっと待って待って待って!?」
「これが待てずにいれるかっ!」
「そうでござる。そうでござる!」
「ええええ。彼女!? 彼女?」
「意外と抜け目ないな」
「まさか。そんなわけって、なんだとぉ!?」
「カゲルは仲間だと思ったのにぃぃぃ」
「ははーん。大学祭の最中に、浮かれているなんて、いやまあ、そのツケがあれなのかな」
「……。やっぱり」
「青春だね……」
メグリナの両脇からのプレッシャー、エリ先輩の抗議と、カメケンの血涙の嘆き、てるやん先輩の謎のノリと、大介の謎の慌てっぷりと、耕次先輩とアヤメ先輩の冷静な視線と、カスミン部長の浮かない表情と顧問の生暖かい目、いつの間にか全員の注目を浴びていた。
そして、僕を中心にして練習そっちのけで、僕の恋愛話を聞く会になったのだ。
って待て待てよ。練習はしないのかよ。
「それで誰なの!?」
メグとリナの眼力と圧力が凄い。熱気もやばい。
他のメンバーの視線も地味に痛い。
はあ。恋愛ってこうも面倒くさかったっけ。いやそもそも部員全員が個性的なのは言うまでもない。だからこうなることもある程度予想できただろう。
こうなったら、はっきり話したほうがまだましか。
「小百合さんなの?」
「小百合さんじゃない。小百合さんは仲介人」
「えええええ!? どういうことなの!?」
「じゃあ誰なの!?」
さっきの3倍圧が強くなった。
誰って、名前を言ってわかるのかな。
「この学内のとある部活のバンドのボーカルの女性。柿沢椿さん」
「「「えええええええ!?」」」
リナとカメケンとアヤメ先輩が、僕に体当たりした。
倒れはしなかったけど、もう感情の波が怒涛のように溢れかえってる3人は、もはや恐怖でしかない。
「その人って結構有名な人じゃない!?」
アヤメ先輩が食いついてくることが一番意外である。
「誰ですか?」
一方でわかっていない人たちは、キョトンとしている。
メグと大介とてるやん先輩とカスミン部長と顧問はわかっておらず、耕次先輩は目を見開き、エリ先輩はケロッとしていた。
3人がくるっと振り返り、皆に説明する。
「えっとね。大学のバンドの『ブラックカメレオン』のボーカルで、力強く男勝りのルックスで、ときに荒々しく、時には透き通るような声で歌い、ファンを魅了すると一部ではかなり有名な方だよ!」
「同じ学部の友達も言ってました。私も聞いたことあります。ロック、バラードどっちもとっても上手いですし」
「俺も聞いたっすけど、カッコ良かったっすよ」
(えええ。そうなんだ)
と僕も驚いてしまっていた。ああ、バンド名聞いて無かったな、そういうのを聞いていなかった。小百合さんは有名とは言ってたけど、この部活にも認知される程有名だったのか。
3人の説明に一人でに感心していると、くるっとまた振り返って、ガシッと両肩を掴まれた。
「それで、どうやって知り合ったのかしら?」
「奥手の君がどうやって、小百合さんが好きだったんじゃないの?」
「カゲルー。裏切り者ー」
好奇心、疑念、怨念の三種の視線が襲う。
これ正直に話しても、やられそうなんだけど。
「はいはい。そこまで。アーヤも遊びすぎ」
パンパンと手を叩いて、カスミン部長が間に割って入ってくれた。
「えええ!? 部長も知りたいですよね」
「そうっすよ。羨ましいっすよ」
「だってカスミンっ……」
「それなら、せめて部活外に聞きなさい。今は部活中ですよ」
「ええええー」
リナとカメケンのジトーっとした目の二人。
「練習時間ですよ。ね!」
部長の「ね」という言葉に、有無を言わせぬ迫力が込められていたのか、リナとカメケンは静かに引き下がった。
「アーヤも皆も練習しなさい。自由にするのがいいところだけど、一応借りているし貴重な時間だから、なるべくやる!」
「は、はーい」
これ以上は無理と判断してくれたのか、諦めて各々散っていった。
残ったのは僕と部長。
「カスミン部長。ありがとうございます」
「カゲル」
「はい」
僕の名前を呼ぶカスミン部長は、ジッと見つめていた。少しだけ、いや……気のせいか。
「君に彼女ができたことは部長として嬉しい。だからといって練習に支障をきたすようにはないようにね。部長としての忠告だよ」
部長の表情は真剣そのものだった。
その忠告に僕は戸惑うことなく応えた。
「はい! わかりました!」
「……うん。問題なさそうだね。期待してるよ!」
部長はポンと背中を叩き、僕の横を通り過ぎた。
その一瞬の表情は、気のせいだと思った。
でも不思議と頭に残って離れなかった。
不安定な笑顔、こぼれてしまいそうな、そんな笑顔だった気がした。
「カーゲール!? 教えなさい! 今日はタダで返さない」
「そうですよ。洗いざらい話してもらいますから」
「ひとつだけ教えて? どうしてそんなに気になるのかな?」
どうしてここまで他人の恋愛に興味を示すのかが気になる。
「恋バナを聞くのに理由なんてない。恋バナは全部聞く!」
「ええええー」
メグが渾身のドヤ顔を見せてきた。
「もう観念して全て話したら?」
「そうだぞ。そうだぞ」
「まあ。気になるな」
「皆、あんまりカゲルを困らせない」
「というカスミンも気になるんでしょう」
「本当、女性って恋バナに目がないね」
「カゲル。今度アドバイスして」
「そうだぞカゲルー」
「それはわかったっすけど、なんで僕の家なんですか?」
みんなゾロゾロつられる様に僕が住んでいるアパート前にやってきた。
「ちょっと待って下さい。許可をとるので」
「許可?」
そう言うと、何人かは気難しい表情を見せ、何人かはキョトンとした。
僕はスマホを取り出して、連絡する。
「おう。どうした」
「新木さん。今日、家に人が来るんだけど、大丈夫?」
「ああー。なんとなくそんな気がした。んで何人?」
「僕合わせて11人」
「じゅういちにんっ!!?」
スマホが飛び上がるかと思うほどの大声が僕の耳を貫き、ドタバタと物音が聞こえたあと、103号室の扉がバンっと大きな音を立てて開いた。
新木さんのキッとした眼光に、全員息を呑む。
こっちは11人、あっちは1人なのに、こっちが気圧されてしまってる。
「お前ら、本当に仲がいいんだな」
ハーと深いため息をつくと、首を捻りながら僕達を横目に歩き始める。
そして2つ隣の部屋に歩いていき、ピンポーンとインターホンを鳴らした。
(あれ? ちょっと待って、その部屋って!?)
ガラッと開いた扉から出てきたのは、ラフな恰好なあの人。
「って勇一。またぁ?」
「しゃあないだろ! まあ、今回は話し通してくれてんだし」
「あんた、口悪いくせに、なんやかんや気遣うのね」
「って、おい声がでかいって!」
「えっ!? あっ?」
ピタッと目があってしまった。
「か、カゲル?」
「ツバキさん?」
「え、あの人が、カゲルの彼女!?」
「……。はあっ!????」
驚愕の表情をしたのは、新木さんである。
大きく口を開き、僕とツバキさんを交互に見て、口をパクパクとさせていた。
その状況を見て、リナとメグとエリ先輩は目をキラキラさせ、アヤメ先輩は乾いた笑いを見せ、カスミン部長は表情に陰を落とし、耕次先輩はカッと目を見開き、てるやん先輩は笑いをこらえ、大介とカメケンは、キョトンとし、顧問はニヤニヤと笑っていた。
「えっと、二人はどういう関係ですか?」
カラカラに乾いた喉から絞り出すように、二人に問いかけると、ツバキさんが顔を赤くしながら答えた。
「い…こ…」
「え?」
「いとこなんだよ!!!」
「ええええええええ!?」
いやもうこの驚きが日常になってるよ。




