『カラオケ』
アパートから二人並んで歩き、ファミレスに到着する。
そこまでの道のり、全く話ができなかった。
そして注文した品が目の前に届いてから食べ始めて、何一つ会話が進まない。
な、なんでだろう。前回と違うはずで、彼氏彼女となっているはずだが、こうも会話ってできないものなのか。
会話の糸口を探そうと視線をあげると、静かにコーヒーを飲むツバキさんが映る。窓の外の日光が差し込み、どこかの絵画を思わせる光景に、箸を止める。
気がついたのか彼女の視線が上がり、ピタッと目が合う。
カーっと顔が熱くなっていき、耐えられなくなって視線を逸らしてしまう。
いかんいかん何か声をかけないと。
「ツバ……」
「カゲ……」
視線と声が重なりあい、互いに声を詰まらせて、また視線を逸らす。
「どうぞ……」
「どうぞ……」
また声が被って無言。
いや。ツバキさんが話そうとしてるんだ。僕か譲るんだ。いやでもここは男気を見せて自分から話す方がいいのだろうか。
「「あの!」」
綺麗にハモって、目が合い、そして沈黙。また頬が熱くなる。
「くっ。ふっ。ふふ。あはははは」
ツバキさんは、思いっきり破顔した。
僕は突然の出来事に、きょとんとしてしまう。
「どうしました?」
「ここまでタイミングが合うって、コントやってるみたい。それにちょっと嬉しい」
「ええ!?」
う、嬉しい?
狼狽える僕を見ながら、さらに笑う。
「前に食べに行ったとき、結構ギクシャクしてたけど、今こうして……。と言ってもさっきまで会話できてなかったけど、あの頃よりは仲良くなれたと思うし、ピリピリじゃなくて、ポカポカになって良かったし……」
尻すぼみしていき、そっと視線を外して外を眺めた。
そっと赤く染まった彼女の頬。そんな表情を見れるようになったのは僥倖であるのは確かだ。
「僕もあなたと仲良くなれてよかった。つばきさんの新しい表情を見れて、僕もポカポカとした……」
ボンっと自分の顔が熱くなった。
心拍数がストップ高である。
何を言っているのやら。
ツバキさんもさらに一層顔を赤くしていた。
盛大にやらかしている気がするが、とりあえず一度冷静になって、話題を変える。
「ごはん冷めないうちに食べようか」
「そ、そうしよう」
彼女はホットケーキをフォークで刺し、パクっと食べ始めた。
口元が弛み、おいしそうに頬張る。
一月前のしかめっ面が嘘のようだ。
彼女の笑顔が見れるだけでも、僕は幸せ者だと思う。
昼食を終えると、また沈黙する。
話したいはずだけど、何を話せばいいか全く出てこない。相変わらずコミュ症の僕は話題提供ができない。
いや。彼氏だろ何とかしろ!
と心の中で叱咤して、頭をフル回転させる。
「か、カラオケでも行きます?」
ふと思い付いた話題である。安直すぎる……。
唐突な話題にきょとんとする彼女。
「アタイの歌聞きたい?」
「き、聞きたいです」
……。言ったけど恥ずかしい。聞きたくない訳じゃなくて聞きたいけど、こうストレートに言ったら言ったで恥ずかしい。
必死に悶えるのを堪えていると、彼女は嬉しさと八割に、気難しさ二割を混ぜたような表情をしていた。
ひゅっと自分の血の気がひいていく。
「えっと、何かまずかったですか?」
「ちがうちがう。別にカゲルに聞いてもらうことはいいし、めちゃくちゃ聞いてもらいたい……。ただ、カラオケだと、カゲルを満足させる歌が歌えるか不安で」
「だ、大丈夫です! つばきさんの歌はせ、世界一です!」
ボンッと真っ赤になるツバキさんと、自ら羞恥で赤くなる僕。
本当にポカポ……。いやそうじゃない。そうじゃなくて。なんかもう色々と恥ずかしいし、赤くなるつばきさんはこう、か、か。そうじゃなくて、えっと……。
要するにキャパオーバーになっていた。
お互い熱が冷めないまま、フワフワした感覚の状態で、近くのカラオケに行った。
部屋に入ると早々に彼女はタッチパネルの機器を手に取り、曲を入力しようとササッとペンを動かした。
だが急にピタッとペンを止めて、僕と目が合った。
「歌ってほしい曲ある?」
「……ちょ、ちょっと待って」
曲なんて普段聞かないから、パッと思い付かない。いやいや頼んだのは自分だから何とか絞りださないと。
スマホを見て探しながら何とか見つけ出す。
「じゃあ。この曲で」
「これは、たぶんいける……。カゲルって普段はあんまり曲聞かないの?」
「えっと。あ、うん。そうです。昔は音楽というか、全般的に趣味がなかったから」
肩をすくめる僕。
大道芸を始めるまで本当に無趣味だった。
カラオケに誘ったはずなのに、知らないって結構格好悪いよな。
「ああ。いや、大丈夫。過去に何もやっていなかったって卑下したくなっても、過去は過去。今から知ればいいし、今から増やせばいい」
ほんの少し彼女を慌てさせてしまったが、それ以上に怪訝な表情もしない。僕の欠点を批判することなく話す彼女。
「今から知ってくればいい。音楽のことも、アタイのことも」
彼女はタッチペンを素早く動かした。
ポンと力強く叩くと、テレビ画面の音が止まり、題名が表示され、そして前奏が流れ出した。
彼女は立ち上がり、スタンドからマイクを引っこ抜いた。
そして……。
「今日は盛大に聞いて、覚えてもらうから」
本気の目をした彼女に僕の視線を釘付けにさせたのだった。
上手かった。
そして凄かった。
語彙力が消えて、それしか出てこなかった。
カラオケでは全力が出ないとか言っていたのに、そんなの微塵も感じなかった。
彼女の息づかい。熱量、そして真っ直ぐさ。
こんなに凄い歌を歌える人が彼女って、冷静に考えても、やっぱり夢みたいだ。
それゆえに、光の様な彼女の眩しさが、僕の背中に影を落とす。
本当に自分が彼氏でよかったのかと……。
ライブも聞いて、今日は二人っきりになってまで歌ってくれて、いるのに、自分はとてもじゃないけど返せていない。
僕はここまで人を感動させられていない。
彼女は僕の心の強さを褒めてくれたが、あれは単なる偶然だ。
……いやそれは失礼だ。
それを卑下をするのは、折角の彼女の想いを受け入れずに捨てる行為だ。
だったら、どうするか。
彼女と同じような立ち位置になれるにはどうするか。
少なくとも感動させてくれたんだ。もう二回も、だから僕も大道芸で応えないと。
いや、他にあるのかもしれない。もしかしたらそういうことではないのかもしれない。
でも今思い付いたのはそれくらいだ。
このカラオケの感動を返して上げないと、そしてもっと上手くなって胸を張ってツバキさんの彼氏と言えるために頑張らないと。
一曲目が終わった。
すると彼女は目を丸くしてずいっと近づいてきた。
「どうしたカゲル?」
「えっ。あ、あれ?」
気がついたら目元が熱くなり、頬をツーっと暖かい涙が流れていた。
「えっと。酷かった?」
ツバキさんが顔を青くしているのを見て、慌てて弁明する。
「ちがうちがう。逆だよ。めちゃくちゃ凄かった。感動した! 感動して涙が出た」
「ほ、ほんと?」
「ほんとだよ。ほんと。だからその……。ありがとう」
自然と口にできた。その言葉。
「え。いや、別に、これくらい。カゲルの為ならいくらでもやってやる」
腕を組んで顔を横にそらすツバキさんだった。




