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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『大学祭2日目!』その14

 無情にも圏外と書かれた二文字に愕然とする。

 このままだといずれ見つかる。

 部統会の一人の黒服、堂島と呼ばれた男性は徐々に近づいてくる。そして純浦と呼ばれた男性は入り口に立ち塞がり退路を断っていた。

 八方塞がりである。

 息を殺して、堂島の動きを観察する。

 初めは僕らがいる椅子の前を通りすぎ、閉じ込められていた物入れの方に向かった。

 扉が空いたままの物置を見て、彼は大きく足を振り上げて扉を蹴り抜いた。

 バギっという鈍い音ともに、いくつかの破片をつくり、丸い凹みを作った。

 血の気が引いていくような感覚に襲われる。


「堂島さん。支出がかさみますよ」

「心配するな。これもあいつらの部費から引けばいい」


 物騒すぎる。同じ人間とは思えない。


「いずれ見つかる。俺が囮になる。だから早く行け」


 鋭くはりつめた息声、それが気づかないほど鈍感ではない。だが彼が殴られる姿を想像すると、ますます逃げれない。


「君は殴られるかもしれないし、君だけがやられるかもしれない。それを無視して僕だけ逃げろって」

「なめるな。俺はそこまで間抜けじゃない。少なくともお前よりは」


 グサッと刺さる言葉。

 でも僕だって間抜けじゃない……。

 だが頭に過る出来事が、僕に追い討ちをかけてくる。


「何度も言わせるな。お前一人が部活の奴ら全員に迷惑をかけることになる。俺は一人だ。自分が受けるだけだ」

「一人は悲しすぎる」

「今はそんなことで言い争ってんじゃない。何のために俺がお前をここまで助けに来て、逃がそうとしたのか、わからないのか」

「……」


 これが僕の甘ちゃんか。

 これ以上口答えすると、許さないというほどの殺気に似た目つき。

 僕はそれでもという思いの言葉を必死に飲み込み、同時に悔しさを噛み締めた。


「ごめん」


 僕はそう伝えた。

 すると彼は僕に耳打ちすると、椅子影から外に飛び出した。


「堂島ァァ!」


 僕は彼の言葉を頼りに、反対の方向へと足を忍ばせる。奥から聞こえる怒号と物音、耳を塞ぎたくなる。唇を噛みしめ、親指を強く握る。

 パイプ椅子の棚の角に向かい、天井ほどある高さほど積み上げられた長テーブル群にたどり着くと、その上にある四角い扉を見つける。

 すぐに飛び移り、なるべく音を鳴らさずに慎重に上っていった。そして、上の取っ手に手を届かせた。


「あれえ? お兄さん、脱走?」


 背後から聞こえた声に、ぞっと背筋に走る寒気。

 僕は逃げるように取っ手を掴んだ。

 だが遅かった。

 左脚に気持ち悪い熱と指の感触に襲われた。振り返った先にいたのは、怪しい笑顔を覗かせたタオルを巻いたお兄さんだった。




 裏道を息を切らしながら走っていく。心臓がギュッと掴まれたように苦しくなる。でも急がないと間に合わない。

 気がつくと日が沈んでおり、西の空にはオレンジ色が淡く残り、紺色の空で覆われている。

 更に人は少なくなっていた。たぶんもう始まっているグランドステージを見に行っているのだろう。この大学祭のビックイベントなのだから。

 私も同じ場所に向かっている。目的は違うけど……。


「カスミン。大丈夫か。その、また……なんだ」

「そうでござる。私二人とは持っている体力は違うのでござるから、そこまで無理をしなくてもいいでござる」


 耕ちゃんとエリが両隣で涼しい顔して走りながら、気遣ってくれる。


「ありがとう。でも私は部長だよ。後輩が危険な目に遭ってるかもしれないのに、こんなのしんどいうちに入らない」

「でもしんどかったら早く言うんだよ。前に君は体調を壊したんだから」


 耕ちゃんの背中からひょこっと顔を出した日暮顧問である。まだ本当のことは話せていない。


「大丈夫です。あれから、ちょっとは鍛えているんですから」

「それなら、いいんだが」


 にっと笑顔を作る。

 三人の不安そうな顔色は拭いきれない。だけどこれ以上は訊いてくることはなかった。

 走るなんて久しぶりだ。あの時以来かもしれない。

 体は正直だ。今もしんどい。でも苦しんでいるカゲルはもっとしんどいはずだ。だから絶対に脚を止めなかった。

 到着して早々立ち止まり、物陰に隠れる。

 ギャラクシーホールの裏口には、受付の管理人や大学祭の役員が何人かが立っている。時より人が行き来している。

 本来、関係者以外は立ち入ることなんてできない。

 でもそこに入らないといけない。


「日暮顧問。間違いなくあの中にいるんですか」

「間違いない! 私の改良スマホの探知機があの中を示しているよ」


 疑問を払拭するために、いびつな形をしたスマホを腕を伸ばして高々と見せつける。


「それ、本当に信用できるでござるか?」

「うむ。確かに半信半疑……。いや一信九疑いちしんきゅうぎか」

「二人とも信じてないよねそれ」

「酷いよー」


 とはいえ、今はその電子関係の頭脳のスペックの高さを信じるしかない。そしてもう一つ……。


「ともかく。顧問。なんとか話を通してくれませんか」

「ここに来て、私頼り?」

「なんのためにここまで連れて来たと思ってたんですか?」

「ええっ? 電子頭脳専門だけじゃないの?」

「本当は私たちが強行突破したいんですけど、前が前なので、できる限り穏便に行きたいんです。ですのでちょっと面倒だと思いますけど、顧問のとても最高で美しい『教授』という称号を存分に使って頂きたいと思うのですよ」

「う。いや。うむ。わかった。そこまで言うなら、行ってあげようじゃないか」


 スルっと耕ちゃんの背中から滑り降りて、トコトコと裏口の受付まで歩いて行く。


「カスミン。たまに怖いな」

「拙者もそう思うでござる」

「ええ!? 二人揃って酷いよー」

 

 二人の容赦ない言葉に少しムッとしつつも、物陰から顧問の様子を伺う。

 顧問は裏口の受付の人に話しかけると、暖かい目線を向けられ、そして受付から出てきて、手を引っぱられた。顧問が泣き顔で私たちのほうを見つめながら、どこかに連れていかれた。


「えええ? そうなるの?」

「カスミン。まさか」

「悪魔でござるね。カスミン」


 二人から白い目を向けられて、慌てて弁明する。


「流石に予想できないって。どこに連れていかれたかは予想できるけど」


 多分、大学祭の総合受付か迷子センターであろう。本当にごめんなさい。


「でもどうする。結局強行突破になるぞ」

「拙者は準備できているでござる」


 エリが力こぶを見せるように二の腕を見せつける。でもそれはあまり使いたくない。これでまた部活が停止される。でもカゲルが危ない。

 背に腹は代えられない。


「エリ。耕ちゃん。私が交渉に出るから、スタンバイよろしく。隙あらば中に侵入して」

「御意!」

「仕方ないな。最悪の場合は任せろ」

「ありがとう」


 私はしっかりと力を込めて前に進んでいく。

 何とかするしかないと決意を決め、近くの男性役員に話しかける。


「お忙しいところ、すみません。今よろしいですか?」

「あ、はい。何でしょう?」

「実はここの倉庫に用事がありまして、ちょっと入りたいんですけどよろしいでしょうか?」


 役員は少しだけ眉をひそめる。


「すみません。現在、ここの中は関係者以外立ち入り禁止でして、通行証をお持ちない方を通すわけには行かないのです」


 やはりそうだよね。それは分かっていた。でもそう簡単に引き下がれない。


「実はその倉庫に、大事なものを忘れてしまいまして、本当に取りに行かないといけないんです」

「いやそれでも今は公演中です。それが終わるまでは通せないんですよ」


 私は深く頭を下げて、必死に訴えかける。


「わかっています。無理を承知で言っているのは分かっています。でも今取りに行かないと大事なものが壊れてしまうかもしれないのです。ですから」

「ですから、たとえそうであっても、通せないんですよ」

「通しなさい!」


 私と役員のやり取りに割って入るように令する声に降りて来た沈黙。

 カツンと、床を鳴らす一つの足音が近づいた。

 私はその人物を見るや目を見開いた。




「ちょっと待ってや、お兄さん。今逃げられたら困るから」


 左脚を掴む指に力が加わり、僕の皮膚に少しずつ食い込んでいく。ジンジンと掴まれた部分が痛くなる。


「なんで、なんで、あなたが!」


 気前がよく僕の演技を知って応援までしてくれた。そんな人が何で。


「なんでって言われても、堂島さんの命令だからさ。君には恨みもないし、興味もない。どうだっていい。だけど堂島さんが捕えろって言うから、捕えるだけ」


 末尾と同時に急に足を引っ張られる。僕は必死にテーブルにしがみつく。このまま落ちたら怪我どころじゃ済まない。でも僕の力じゃ剥がせない。


「扉を蹴り飛ばす人だ。そんな人を信じるの?」

「君がそれを言う? 教員と乱闘したんだよね? だったらこっちも危害を加えたって文句を言わないで」

「やってないよ。そんなこと!」

「あれ。そうなの。じゃあ、まあいいよ。とりあえず下りてきてもらうから」


 すると軽く上って来た奴は、必死にしがみついていた僕の腕を剥がされた。

 ふわっと後ろに浮いた僕の体を、腕一本で支えたあと、僕を抱えるように一緒に着地した。

 何が起きたか全くわからなかった。ただ圧倒的な力の差を前にして、僕の体は抵抗する力を失わされた。

 ガシッと掴まれた両腕を一気に引っ張られ、広い空間に連れ出された。


「っ!」


 目の前に広がる光景に、言葉を失った。

 さっきまで僕を助けようとしてくれた男性が、黒服の横でぐったりと倒れ込んでいたのだった。

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