『大学祭2日目!』その13
真っ暗だった。
光一つ見えない。目には何かで覆われたような粘着っぽい感触がある。そして微かに香るゴムの匂い。
そして体が思うように動かない……。
「んー。ンンンンンン!」
口まで塞がれている。腕が動かない。足も動かない。えっ。一体ど、どうなっているんだ?
えっと夢だよな。悪夢だよな。
ゴツン。
後頭部に電撃が走り、目が湿気を帯びてきた。じんじんと痛む頭。
痛みは本物だ。となると夢ではない。だとしてもここはどこだ。なんでこんなにぎゅうぎゅうに縛られているんだ。
必死に直前の記憶を掘り起こす。
確かあの男性と一緒に昼食をとっていて、そして何か眠くなって、気がついたらここにいたんだよな。
……どういうことだよ。
さっきから「どういうこと?」しか思えていないんだけど、本当に「どういうこと?」以外に言葉が出てこないよ。
痛いほど縛られて口も塞がれて目の前が真っ暗で見えないって、一体どうなっているんだ。
腕は背中に向かって引っ張られ、手首も縛られているし、足もぎゅうぎゅうでどうしようにもどうなろうにも、どうもできない。
何だってこんなことになってんだ。
僕が何をしたっていうんだ。何をやったっていうんだ。
はあ。
心のなかで重々しい溜め息が出てくる。
シフト、絶対間に合わないだろうな。その上、先輩たちに迷惑をかけているんだろうな。
どうすればいいんだろう。
このまま待つしかないのか。
「……」
助けに来てくれるのだろうか。
このまま、衰弱して終わるのだろうか……。
……それはいやだ!
ふんっと全身の力をこめて引き剥がそうと試みる。アニメのようにバキバキっと服が破れるようなそんなことが僕にはできる!
……………………。
ですよね。
そんなご都合主義によるパワーアップなんて起きるはずなどなかった。
はあ……。
二度目の心の中の溜め息。
誰かが助けに来てくれるのだろうか……。
来てほしい。でも、来てくれるかどうかも不安である。いやいや、先輩を疑ってはいけない。来てくれる。来てくれるはずだ。
だから、待つしかない。
でも自分の不甲斐なさと悲しさが沸いてきて悲しくなる。情けないな。
ガタッ。
どこかで物音が聞こえる。まさかもう助けが来てくれたのか。
音が曇ってはいるものの物音が少しずつ大きく聞こえている。
近くにいるのだろうか。
どうにかして伝えなくては、ギリギリ自由がある肩を動かして、何か触れそうな場所を探す。頭を後ろにぶつけたから多分何か箱の中にいるはず。
フンっと右に傾けるとゴツッという鈍い音からの、ビリビリする痛みを感じた。これで音を鳴らし続ければ、気づいてくれるはず。
ドム。ドムっと鳴らしていく。するとさっきより大きい音が立て続けに響いた。そして急にはっきりとした音と空気の流れを感じ、突如ピリッと顔の表面を剥がされた。
目映い光に目を塞ぐ。徐々に視界が安定し、目の前の人物がはっきりとした。
「えっ。えええ?」
目の前にいた人物はスマホのライトを片手に持っていた。彼は僕の知っている人物だが、予想外の人物。僕の意識が飛ぶ前まで一緒に焼きそばを食べていた、僕の部屋の真下に住む男性だった。
彼は無言のまま、黙々と僕の拘束を解いていった。
「逃げろ」
機械のような無機質なような表情から伝えられた警告は、逼迫した事態なのはわかった。でも……。
「ちょっと待ってどういうこと」
「時間がない。早くしろ。説明は後でいくらでもする」
有無を言わせない程の迫力を足された。もう大人しく従うしかなかった。
「わかった」と一言伝えると、突然彼に腕を掴まれ、強引に引っ張り出された。スマホのライトの灯りに映り、広くなった景色は、どこかの物置のようだ。だが暗くてたぶんそうとしか言えない。
色々疑問が湧いてきたが、今は何も言わず、彼の引っぱる手に従う。
だがすぐに、彼は立ち止まった。
「どこか隠れろ」
「どこに」
「そこの積み上がったパイプ椅子の裏に行け」
「君は?」
「近くにいる」
焦る彼の声に従い、畳まれたパイプ椅子が積み上げられた場所と壁との隙間に隠れる。彼は隣の隙間に隠れた。そしてライトを切った。暗闇に包まれ、静まり返った。
だが静寂は長くは続かなかった。
どこか、たぶん、入口だと思う。そこから足音のような床を叩く音が鳴った。続いてパチンというスイッチ音と共に上から光が降り注いだ。
「いるんだろう! 新木勇ー!!!」
全く知らない名前の怒号が響いた。ピリッと全身に鳥肌が走り、バクバクと心臓が怯え始める。
そしてもう一つ……。あらきゆういち? 誰のことを言っているんだ? 僕ら以外に誰かいるのか……。え……。まさか……。
ゆるりと、名前をまだ知らない階下の男性に視線を向けると、彼は目を逸らした。
「堂島さん。落ち着いて下さい。まだ作戦は使えますから」
「黙れ純浦! 俺の計算していたプランを邪魔されたんだ。監視カメラも塞ぎやがって、この代償は高くつくぞ」
全く理解は追いついていないけど、とてもまずい状況なのはわかった。
「チッ。お前らも、俺ごと眠らせてきたくせに」
隣で歯ぎしりする「新木?」さん。
眠らされた。え。誰に? 話が全く理解できない。
「仕方ない。二人とも捕縛して、多少傷でもつければ、あとはどうにでも話を捻じ曲げられる」
「最高ですね。あなたのその狡猾かつ獰猛なところ」
「純浦……。全く……。君だけは読めん」
「心配しなくても、僕はあなたの味方です」
物騒を通り越して、もはや狂気に近い。何を食べたらあんなこと言えるんだ。
いやいやツッコんでいる暇はない。とにかくやばい。暴力沙汰とか、下手したら死ぬ可能性も出てくる。
やばい。
「君だけでも逃げろ」
依然こちらを見ることはない彼。
「でも。それじゃ」
「俺には、失う者なんてない。でも君には部活がある」
淡々とだが、しっかりとした小声である。
無愛想だが、僕を助けようとしてくれているのはわかる。会って間もないのに、わざわざこんなところまで助けに来て、身代わりになるようなことまでしてくれる。優しすぎないだろうか。最初の僕に対する印象は悪すぎたはずなのに、なんで……。
失う者なんてない……か。
「ごめん。その提案にはのれない」
「なに?」
ようやく僕に視線が向いた。
「君も一緒に逃げよう」
「甘ちゃんだな」
ぶった斬られた。
「甘ちゃん……。かもしれない。でも理由は何であれ、僕を助けてくれた君を置いて逃げるなんて、後味が悪すぎる」
自然と出てくる言葉。自分で自分が気持ち悪くすら思えてきた。
「お前バカだな」
ついにバカ呼ばわりか。少し前に鼻で笑われたりと、散々だな。
「だから簡単に捕まったんじゃないのか」
ぐうの音も出ない。
確かに捕まったよって……。すると彼は親指で外を指していた。
そしてパイプ椅子の隙間から見えた二人組、一人目は、目付きの鋭そうな黒い服の男、そしてもう一人……。
見間違いかと思って、瞬きをした。でも見間違いではなかった。
やきそば屋で気前のよかったタオルを巻いたお兄さんがいたのである。
さーっと血の気が引いていき、落ちてきた光景がズキンと頭を痛くさせる。
「じゃあ、あの焼きそばに睡眠薬が」
「今更気がついたか。でもよくできてるよ。そこで手を打つなんて思わなかった」
「誰なんだよ。何が目的なんだ」
「部統会の副会長と会計だよ。それで大方、君を餌にして、お前らの本隊が助けに来てからの激写して事実を捻じ曲げてSNSとかに流す作戦なんだろう」
「何でわかるの?」
「……」
黙り込んだ彼は、僕の腕を強引に引っぱっり、彼のいるパイプ椅子の棚に引き寄せられた。
「気づかれずに逃げるのはたぶん無理だ。ドアの音でバレる」
「助けを呼べば、ほらスマホとか」
「ここは生憎圏外なんだ。ギャラクシーホールの地下の物置だ」
「そんな、まさか」
スマホを取り出して電波を確認する。彼の言った通り、圏外という二文字が無情にもあったのだった。




