『大学祭2日目!』その11
パンっと固い破裂音が響いた。
一瞬の沈黙が流れた後、二種類の声が飛び込んできた。
「ちょっ、ま、待って」
「うああああああん!」
男の子の大きな大きな泣き声がフロア一帯に響いた。
隣にいる女性は、突然の出来事にあたふたしている。その子どもの親も近くにいたのかぴゅんっと飛んできた。
自然と視線が集まり、立っている女性が更に焦っていく。
「アーヤ! ちょっとここは任せた!」
「えっ!?」
私は自然と体が動いていた。
バルーンセットとポンプを持ち、一目散に現場に駆けつけた。
私が到着するのと、母親が到着するのはほぼ同時だった。
泣いている男の子の風船は、剣の刃の部分が見事に割れてしまっていた。母親はその女性に鋭い視線を送りつつも「すみません」と謝りながら子どもを泣き止まそうとした。
女性も「すみません」と謝ったが、なかなか泣き止まない男の子に二人とも慌てている。私は少し強引に近づいてからしゃがみ、子どもと背丈を合わせて話しかける。
「ど、どうしたの?」
「うあああ、ぼおおくのソォォドがああ。わああれたああのおおお! うああああ!」
「ね。もう一本わたしが作るからちょっと待ってね」
そう言ってみるが、簡単に男の子が泣き止む気配はない。
私は素早く風船を取り出す。すぐにポンプに手をかけようとして、ピタッと手を止めた。
ほんの少し考えると、手を戻して風船の端と端を両手で掴んだ。それを思い切りビヨーンビヨーンと大きく腕を開くように横に伸ばしたたあと、風船の先を口にくわえた。
私は全身全霊を込めて息を吐き出し、空気を送り込んだ。
するとゆっくり、プクーッと風船は膨らんでくれた。その瞬間男の子はピタッと泣くのを止め、じっと膨らんでいくのを眺めた。
「すう、すう、すゅごおおい!」
悲しみの涙から光輝く雫へと変わった男の表情にほっとしつつ、私はソードを作っていった。
はいっと手渡すと、男の子はバルーンソードを両手でぎゅっとつかみキラキラとした瞳で剣を眺めた。
そして私に目を向けると、ペコリと頭を下げた。
「おねえちゃん。ありがとう!」
にっこりとした笑みで元気に手を振った。
そしてとなりにいた母親もペコリと頭を下げて、男の子の手を引くように去っていった。
親子の姿が見えなくなってふと横を見ると私はギョッとした。
その女性はメガネを外しているとはいえ、体に纏うオーラと面影が消えることなどない。部活統轄委員会会長の真田さんがものすごい複雑な表情で立っていた。
「さ、真田さん!?」
声がひっくり返った。
「……」
彼女は無言のまま、私をじっと睨み、ぎゅっと皺ができるほど唇を閉じ締めて、プルプルと震える手はギリギリと音を鳴らしパンフレットをシワシワにさせていった。
やばい。私、やらかした……。
背筋がどんどん寒くなっていく。
「……………………。ふうー」
会長は長い沈黙の後、深く長いため息を吐き、苦い顔から少しだけ疲れたような顔に移り変わる。
「今回は助かったわ」
「えっ? いやっ。別に、そ、そんな、大したことは、ないですよ」
突然の会長の謝意に、私の声は落ち着かない。
「今回は多目に見てあげます。宣伝等、色々指摘したいけど……。大学祭ですからね……。それに……」
「そ、それに……」
「あなたはそんな人ではないみたいですし。ただ、きちんと部員を観察していてください。部長としての責任ですから」
「は、はあ」
やんわりと部員のことを注意された。え、今回誰か何かしでかしたのかな?
「あと……。グランドステージが終わった後に、ギャラクシーホール前の広場に人が集まるんですよね。今回花火を打ち上げるんですけど、少し時間がかかるんですよね。その間待っている人が暇だと思うんです。あなた方の得意分野じゃないですか?」
「……。え。それって」
「はい。それだけです。正しい形で行ってください。今後しっかり規則は守ってくださいね。くれぐれも誤解を招く行動は慎むように」
「は、はい」
最後はひん曲がった口の形をし、私に背を向けて静かに去って行った。
私は呆然とした表情で、しばらくの間突っ立っていた。
「か、カスミン! 今の、部統会会長だよね」
アーヤが血相を変えて私に詰め寄る。
「え、う、うん。そうだね」
「な、何を言われたの?」
「えっと、なんというか、感謝された」
「えっ?」
「それで注意されて」
「ええっ?」
「グランドステージのあとに、若干時間あるから、そこで何かしてみたらと言われた」
「えええええっ!?」
目まぐるしい内容の変化に、さすがのアーヤも眩暈でもしたのか、軽くふらついた。
「ちょっと待って、頭が追いつかない」
「私も混乱している。ちょっと深呼吸させて」
「私も呼吸する」
二人揃って、「スゥー。ハァー」と呼吸をする。
「とりあえず確認だけど、グランドステージのあとに演技できるって?」
「いや。厳密には花火を打ち上げるまでの間、外に出た観客が待ち時間暇になるから、私たちの得意分野とかどうかと」
「えっ? まじ? でもその間って部統会が進行しないの?」
「わからない。会長が言うからたぶん暇があるのかも? とりあえずチャンスは貰ったんだよね」
「そ、そうだね」
諸手を挙げて喜ぶには早いが、これはいい方向でいいんだよね。
「カスミン先輩、アヤメ先輩。そろそろ戻って来てくれませんか?」
後ろから看板を持つメグが視線でブースにいる大ちゃんの現状を知らせる。一人でたじたじになっている大ちゃんである。
「あ、ごめん。直ちに戻る」
「細かいことは後で、とりあえず交代が来てからね」
「わかった」
ビュンとブースに向かって駆けていった。
16時頃。
おかしい。
耕ちゃんの情報によると、16時のシフトは耕ちゃんと、カメケンとカゲルがやってくるという話だったが、現在シフトにつけているのは耕ちゃんとカメケンだけだ。
私たちはじっと構えて待つ。
カゲルはすっぽかしていくような人物ではないはず、何かあったのだろうか。それとも何かしでかしたのか。真田さんが言ったよなこと。いや彼にとってそれはないはず。
不安な感情に、悶々とした頭。
「来ないね」
「来ないねえ」
「何故来ない」
「こ、来ないですね」
「来ないでござる」
「来んなあ」
「ですね」
「……。ってなんでほとんど揃ってんの!?」
気がついたら、カゲル以外全員揃っていた。集める予定ではあったけど、まだシフト以外招集をかけていないはずなんだけど。
「いやー。ボードゲームサークルとまた勝負したいなと思って来たござるが、思ったより繁盛してて好き放題はできなさそうでござるから、ちょっと様子見に来たござる」
「私も同じような理由かな?」
「俺も宣伝終わって何か暇になったからなあ」
エリとリナは隣で子どもが結構いて楽しんでいるボードゲームサークルを眺めながら、てるやんは宣伝の看板をしまいながらである。
「僕は、もうこのあとあんまり回るところないし」
「ええ!? 大ちゃん私と回らないの?」
「ええ!? 散々回ったじゃない!!」
相変わらずのカップル。
「で、なんでカゲルが来ないんだろう?」
「まさかでござるが。もしや」
『もしや?』
エリが意味深そうな言葉と表情をしたのに対し、他のみんなの疑問符がハモる。
一体何を言うつもり?
「かっ」
「カスミーン! アヤアヤ!」
エリの声をすっ飛ばして、全力でこちらに走ってくる人影に意識を奪われた。
私たちの前で急停止すると、疲れたのか中腰になり、乱れた金色の髪が縦に揺れ、ゼーハーという荒い呼吸をし、肩を上下させていた。
「マッキー、ど、どうしたの?」
「か、か、か、か」
「おっおっ落ち着いて! し、深呼吸」
「カスミンも落ち着いて」
私まで慌ていたらしく、アーヤがポンと肩を置く。軽く胸を押さえて大きく呼吸する。
対してマッキーも深呼吸した。そして少し落ち着くと、クワッと目を見開いて私の両肩を掴んだ。
「か、か、カゲルが連れていかれた!」
「……へ?」
また声がひっくり返った。
「ど、どういうこと?」
「だから、カゲルがよくわからない人に連れていかれた!」
「……。えっ」
『えええええええええ!?』
本当に、ど、どういうこと?




