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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
129/162

『大学祭2日目!』その10

 15時半頃。


「もし、お一つお伺いしていいでしょうか?」


 サングラスを掛け、パンフレットを片手に持った女性が、チェック柄の服でメガネをかけ、本を売る男性に話しかける。

 突然話しかけられた男性は、自分の作品を買いに来たお客さんかと思ったが、少し趣の違う雰囲気に動揺の色がちらつく。


「は、はい。なんでしょう?」


 女性はサングラスを外すと、目の前の男性は、その動揺を色濃くし緊張して背筋が張り肩に力が入る。

 それもそのはず、部統会会長の真田である。その上校内でも上位に入る美人であるからだ。チェック柄服の男性の部長は知らないはずはない。


「心配しないで、別に取って食わないし、ただの見回りだから」

「は、はあ」


 取って食わないという言葉が下手な含みを帯びすぎて困惑の色が拭えない男性は、正しい反応が分からずに、呆けた感じになる。


「ここ一帯、結構盛り上がっていますね。昨日はあんまりいなかったのに」


 女性は辺りを見回し、旧棟の現状の賑わいを注視する。男性はどう言葉を返そうかと一瞬顔を渋らせたが、何とか次の言葉をつなぐ。


「そうですね。今日はびっくりするぐらい増えました。おかげで本の方もそこそこ売れましたので、よかったです」


 クスッと笑う真田会長。


「何故、増えたんですかね」

「ああ。それはたぶん……。あの人たちですかね」

「あの人たちとは?」

「えっとバルーン作っている人たちですよ。あそこの人たちですよ」


 男性は奥の大きなバルーンアーチが立てられている所を指差した。

 真田会長はピクリとも表情を動かさずその方向を見つめた。静かに男性に向き直ると、コンタクトの奥の瞳を開き、頬骨を少しだけ上げてみせた。


「あの人たちが宣伝しようと誘ってくれまして。そしたら少しずつ人が増えたんです。やってみるものですね」

「それはすごいですね。それで、なんて誘われたんですか?」

「え。ああ。確か『旧棟を盛り上げるために一緒に宣伝しませんか?』と言われました」

「……それだけですか?」


 真田会長は今日初めて困惑な色がちらついた。

 その言葉に目をパチクリとするチェック柄の部長。


「ええ。そうですよ。それ以外は特に」

「そ、そうですか。わかりました。少々時間を取ったみたいですね。頑張ってくださいね。失礼します」

「あ、はい。ありがとうございます」


 チェック柄の部長が頭を下げた。彼は少しホッとしたような安堵したように肩の力が抜けていくのが分かった。だが反対に真田会長の表情は険しくなり、ギュッと手に力が入っていった。


 次に向かった先は、古服を売っている語学研究会だった。丁度客足が途絶え、少し暇になったのか一人は服を並べ直したり、一人は小銭を数え計算し、ある二人はおしゃべりを始める。


「もし、お伺いしてもいいですか」

「あ、はい。あれ。会長?」


 服を並べていた女学生が面を上げると、意外な人物の登場に目を見開いた。


「ちょっと見回りです。お店の調子は如何でしょうか?」

「そうですね。昨日は全くでしたけど、今日は結構お客さんがやって来てくれました」


 女学生の爽やかに変わった表情に真田会長は眉をピクッとさせる。


「そうなんですね。今日は盛況ですか……。昨日と今日で何故そんなに変わったんですか?」

「そうですね。たぶんあの人たちですかね」

「あの人たちとは?」


 するとおしゃべりをしていた二人組が会話に割り込んできた。


「そうそう初々しかったね。特に部長さんだっけ。フワフワとした感じだったよ」

「あー。わかる。なんか真面目そうというより、天然記念物的な神聖的な何か」

「それそれ。相方は、その人の手綱を握る人、参謀的な人と、それと」

「もう一人、優しそうな男性がいたね。毛色の違う、いやあれは色々慣れてるッという感じの人だったね。別の部活だったとか」


 二人の話を聞いてから、女学生は要約する。


「風船を作っているサークルと、ボードゲームサークルの人が一緒に宣伝しようと誘ってくれまして、そしたら思ったより効果があったのか。増えましたね」

「なんだかんだ楽しめましたね。アフロの人面白かったし、語尾がござるの人謎の人の何か変だけど中毒性あったね」

「まだ宣伝しているのかな。ちょっと行こう」

「行こう行こう!」


 二人組は、ブースをほっぽりだして入口の方へ駆け出していった。

 正反対の表情で後ろ姿をじっと眺める会長と女学生。


「すみません。お騒がせして」

「いえいえ構いません。それで彼女たちからどう誘われたのですか?」

「えっと。そうですね。『一緒に宣伝しましょう!』でしたかね」

「……それだけですか?」

「……そうですね。それ以外は特には、フツーに誘われただけですよ」

「そうですか。すみません。時間を取りましたね。頑張ってくださいね」

「あ、はい」


 きょとんとした女学生を背にして真田会長は歩いていく。手に持ったパンフレットを強く握り締めて、そしてぎりっと奥歯を噛みしめる。

 次のブースを訪ねても、また次のブースを訪ねても、会長は納得できずに去っていく繰り返しである。

 そしてパンフレットはシワシワになり、傍から見ても恐ろしい表情になっていることに本人は気づかなかった。


 

ーーーーーーーーーーーーー



 こうしてみるとそれらしい姿になったのかな。

 バルーンアーチで『最後尾』という紙を持って誘導するメグは、持ち前の笑顔で来るお客さんの流れをうまくコントロールしていた。


「バルーンアート如何ですか。無料で配布しています!」

 

 爽やかな声で、人を惹きつけているのか、ちょくちょくお客さんがやって来ている。

 隣で配るアーヤと大ちゃん。アーヤはもうベテランなんじゃないかというスマートな対応をしている。大して大ちゃんはようやく慣れて来たのか、ひとつひとつ丁寧に作りながら、二言三言と言葉数は少ないけど、話せてきている。

 まだ手元はプルプルと震えているけど、それでも進歩だ。

 私はというと。


「これをくれませんか?」


 男性がビミョーにカタコトで、少し恥ずかしそうに視線を逸らしながら、プレートにある花のブレスレットを指差す。

 あがり症の人なのかな。

 それとも、人と話すの苦手なのかな。

 そう想像しながら、私は指定された作品、花のブレスレットを作り始めた。何か話しかけようと思いつつも、向こうが視線を合わせないから、声をかけるべきか戸惑ってしまう。

 仕方なく作るのに集中すると、何か視線を感じて、またひょこっと顔を上げると、視線をそらされた。

 何か拗ねた猫みたい。

 敢えて話しかけない方がいいのかなと考え、じっと見つめると一瞬目が合って、ビュンと視線を逸らされた。

 なんだか面白い人だな。

 おっと、バルーンの手が止まっていた。早く作らないと。

 サクサクっと作っていき、そして完成する。


「これを鞄につけますか?」

「あ、はい。それで」


 ナップサックの紐を前に出して、私は花のブレスレットをつけた。

 男性は満足したような表情で、ペコリと「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げて、小走りで去っていった。

 なんだか面白い人。

 おっと次の人を呼ばないと。


「次の方どうぞ!」


 やって来た人はの骨っぽい首輪をつけた黒髪で前髪が長く目が隠れている人物であった。そして全体黒の服を着て、謎のオーラを纏っていた。私の前に来ると無言でちょんちょんとプレートを指差した。

 それはハートだった。


「何色にしますか?」


 すると静かにゆっくりとほんの少しだけ顔を上げて、またちょんちょんと、プレートに書かれている同じハートを指差した。


「この色ですか?」


 無言のままこくんと頷いた。


「わかりました」


 私は快く頷き、バルーンを取り出した。ポンプで膨らますが、じっと顔を動かさず見つめていると思う。目が隠れているからはっきり分からない。


「これ見るの初めてですか?」


 彼女は小さく二度首を縦に振った。

 何か動きが可愛い。

 私は少し力を込めながら、ハートを作っていった。輪っかを作ってから真ん中の凹みの部分を作ると、彼女の口が小さく開いた。

 私は、その女性の手にハートのバルーンを渡す。女性は口元を綻ばせて喜び、ぺこりと頭を下げて去って行った。

 見た目のオーラとは全く別で可愛い子だなと思った。


 さて、次の人は、っと、列の方に目を向けた時だった。


 パンッ!


 固い破裂音が響いたのだった。

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