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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『大学祭2日目!』その9

 私は今、何をやっているのか。

 宣伝に使った看板を持っています。

 そして旧棟に向かって歩いています。

 そこまでは普通だよ。そこまでは……。


「いやー。何か行進している感じだね」


 まったり渕名さんは、私の肩にぶつけるくらい近寄ってきた。


「そうだね」


 距離感が全くつかめないことに困惑する。

 そしてチラッと後ろを確認すると、ゾロゾロと団体さんが来ている。内訳はちょっと男性が多いかな。


「け、結果オーライで片付けていいのかな」


 アーヤがひきつった笑みを見せ、反対に半人分ほど私から距離を取られる。


「あの。アヤメさん。その距離は?」

「世界感の差」

「え、ええ」


 かなり真面目な表情でぷいっと横に背けられた顔。

 ちょっと、ではない。かなりへこんだ。

 やっぱりやりすぎちゃったかな。


「カスミン。本番はここからだから、元気出す」


 気がつくと渕名さんがさらに距離を詰めていた。

 そして、無警戒だった部分にすっと核心を突かれた。

 落ちつかなかった心が急激にひきしめられた。

 私ははっとして、隣の渕名さんを二度見してから、渕名さんの腕を引っぱりながらアーヤとの距離を思いっきり詰めた。


「アーヤ。渕名さんありがとう! 後半は大丈夫。しっかりやるから」

「え! あっ。うん。わかった」

「わかった」


 パッと、びっくりしたような表情を浮かべるアーヤと、とても落ち着いた顔の渕名さんだった。

 私は、左腕をきつくつねり、自分を叱咤した。

 浮かれ過ぎるな、しっかりしろ。

 本番。

 そう今回の目的はバルーンを配ること。また脱線していた。ジャグリングしたいとか、ボードゲームに遊びに行ってからの、対決したいとか、コロコロ変わりすぎだ。

 宣伝するのは結果的には良かったが、過程はちょっと褒められない。

 目移りしすぎた。

 今気がつくのは遅すぎるし、みっともない。でもここで立て直せ。

 更にきつく腕の皮をつねった。

 じんわりと左腕が赤くなっているのを感じながら、力強く進んだ。



「旧棟にて、販売を行っております! 是非お越しください!」

『お越しください!』


 旧棟入口前では宣伝の賑わいと共に、中に入るお客さんが増えていた。

 殺風景だった昨日とは全く違う。

 それに……。


「こっちではメイン通りや本棟でも見られない珍しいものがあるでござーる!」

『ござーる!』


 エリ節まで浸透しているし、ちゃっかり竹光さんも言ってるし。

 恐るべき影響力。

 でも最初にお願いした時と比べて、ギコチなさが取れている気がする。てるやんとエリのおかげかもしれない。

 私は声をかけようかと思った。でもそれはすぐにやめた。

 そういうのはもうあとにしよう。後ろに団体さんを引き連れているのだ。ここで立ち止まるのは良くない。

 私はアイコンタクトだけエリに送ると、二度瞬きを送り返してくれた。

 竹光さんには軽く会釈だけ返すと、軽く手を振ってくれた。

 私は、賑わう宣伝を横に、中に入った。


 旧棟内はかつてない賑わいを見せていた。

 それぞれ他のブースにはお客さんがおり、ブースの人との会話が聞こえる。時には笑い声も飛び交う。二日目後半にしてようやく大学祭らしきな雰囲気になってきた。

 ボードゲームサークルさんも同様に……。


「あさみー! 変わってえええ!」


 小柄な女性、東雲さんが渕名さんに飛び込んできた。その上、目をウルウルして今にも泣きだしそうである。


「かおるー。ああ。わかったわかった。休憩はいり」

「休憩する」


 渕名さんはサラサラと東雲さんの頭を撫でている。


「んじゃ。また。頑張ってね。結構楽しかったよ」


 その片手間でさらっと手を振る渕名さん。


「いえいえ。ありがとうございます。こちらこそ楽しかったです」

「本当にありがとうございました」


 私とアーヤはぺこりと頭を下げると笑顔でボードゲームブースへ戻って行った。


「それじゃあ。私たちも行こうか」

「待って」


 ガシッと腕を掴まれた。


「カスミン。一度、その頭につけている花を外そうか」

「……はい」


 私は静かに頷き、頭につけている飾りを外していった。



 私たちのブースも賑わいを見せていた。

 列が1.5往復してから入口のアーチへと至り、そこからも少し列が伸びていた。後ろについて来ていた人たちも旧棟で少しバラけたけど何人かは並んでくれた。

 心の中で感謝しつつも私たちはブースの裏に駆け込む。

 耕ちゃんとリナとメグが忙しそうにバルーンを配っていた。特に耕ちゃんの額には汗が光っていた。

 耕ちゃんの相手のお客さんが、去った瞬間に話しかけた。

 

「お待たせ。ごめん。任せっきりにしてしまって」

「ああ。いや大丈夫だ。宣伝作戦は成功したみたいだな」

「とりあえずはね。で、シフトはだいぶ変えてもらったけど、今はどうなっている?」

「次14時に来るのは大介とてるやんだ。メグリナと交代で来ることになっている」


 耕ちゃんはポケットからシワシワになった紙を取り出して確認する。


「わかった。てるやんは入口の宣伝の方に行ってもらって、大介は耕ちゃんと交代で、私とアーヤはバルーンを配るようにして」

「ちょっと待ってカスミン。申し訳ないけど一人残せない? 誘導を頼みたい」


 アーヤは奥で白い紙にマジックで書いて準備していた。

 私はチラッとメグとリナを確認するが、現在お客さんと応対中の彼女らに話をかけられない。


「わかった。アーヤはとりあえず14時までは誘導入るんだよね」

「そのつもり」

「俺がやろうか」


 耕ちゃんはすぐに名乗り出してくれた。


「耕ちゃんとても助かる。けど、いやごめん。これは私たちの責任で申し訳ないし、私たちが言えることじゃないけど結構シフト入ってたよね」

「気にすることない。せっかく増えてきたことだし、何とかしたい」


 彼の言葉に私は目がウルッとしかけた。


「私、残りますよ」


 すると、お客さんの対応を済ませたメグがひょこっと顔だけ覗かせていた。

 自ら言ってくれたことは素直に嬉しい。そうなるとここは一旦……。瞬時に頭を回して耕ちゃんに視線を戻す

 

「分かった。耕ちゃん一旦休憩入って」

「今からか?」

「そうだね。私たちが入るよ。一旦休んでいいよ。それにちょっと無理させてしまっただろうし」


 耕ちゃんは言葉を詰まらせた。


「……。す、すまない」

「いや耕ちゃんが謝ることはないよ。むしろここまで何とか対応してくれたんだから、めちゃくちゃ感謝しているよ。私たちが急に任せてしまったのだから」

「わかった。じゃあ。次は何時くらいに来ればいい?」


 今は14時前だよね。となると二時間ぐらいは休憩したら丁度いいかな?


「16時かな」

「わかった。すまん。頼む」

「いや。謝らなくていいって。耕ちゃんありがとう」

「本当にありがとう」


 アーヤも私に続けるように軽く頭を下げた。しかももう準備を終えている。

 準備早い。


「あ、おう、いや。ん。助かる。ありがとう」


 耕ちゃんはバルーンエプロンを取り外して、そっと渡してくれた。

 それを受け取り私は腰に巻き付けた。

 また一言「ありがとう」っと言って、耕ちゃんはブースを離れていった。

 耕ちゃんがしっかりシフト管理をしてくれたんだ。私もそれに答えないと。私はギュッと拳を握ったそして、テーブルから身を乗り出した。


「お待たせしました。次の方どうぞ!」




 旧棟前。


 一人の女性が、パンフレットを持って歩いて来ていた。

 旧棟前で宣伝している人たちと、人の出入りが続いている光景に、少しだけ口角を上げて様子を伺っていた。それは決していい意味ではない。

 彼女の視線は宣伝している人たち一人一人に向けられ、そしてある人に視線を止めると、苦虫を嚙み潰したような表情が露わになる。

 だがすぐに表情を元に戻した。

 彼女はパンフレットを一度綺麗に握り直した。そして静かに旧棟に入って行ったのであった。

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