『大学祭2日目!』その8
僕はメイン通りに向かい足を進めて行く。
歩いていると、行先のほうから、少しずつ人が流れて来ていた。主に家族連れだが、男性グループもちらほら、女性グループもちらほら見受けられる。
結構こちらに人が来ている。
すごい。何をやっているのだろうか。
歩いていくとメイン通りへの入り口付近で何やら一つの屋台に人だかりが出来ていた。そしてその外側で看板を持って旧棟に紹介している人がいる。
アヤメ先輩だった。
「アヤメ先輩!」
「あらカゲル」
前髪の横に花ブレスレッドを何故か付けている。
「えっとどうしたのですか? そのデザインと、この人だかり」
「そうね。どこから説明しようかな」
視線を泳がせているアヤメ先輩。
すると突然雄たけびに近い声が飛んでくる。
「クアルト!」
「おおお!」
人だかりの中心部分から歓声が聞こえる。一体何が行われているんだろう。
聞き覚えのない言葉と聞き慣れた声が両立している。
「えっと、カスミン部長ですよね」
「そ、そうだね」
めちゃくちゃアヤメ先輩の視線が泳いでいる。
しばらく待ってみるが、アヤメ先輩が何故か言葉を渋っているので、ひとまずその姿を確認することにした。
僕は恐る恐るその人だかりに近づき、顔を覗かせた。
まず写った光景は、お花畑……。
頭がおかしくなったと思っただろう。
自分もおかしくなったと思った。
でもバルーンの花のブレスレッドが何故かいっぱいある。
いっぱい頭に咲いている。
ど、どういうこと?
人混みを縫うように奥に向かった。
前には思ったより子供もいる。何故……。
頭に何個もバルーンの花のブレスレッドをつけたカスミン部長と、同じく頭に多くブレスレッドをつけたボードゲームサークルの女性と、そしてもう一人、もっと多くの花のブレスレッドをつけた知らない女性がいた。ここの屋台の人かな?
部長と、ボードゲームサークルの女性は真ん中にあるボートと駒を睨みあっている。
そして一つずつ駒を置いていく。
するとボードゲームサークルの人がピカンと目を光らせて、バシッと駒を置いた。
「クアルト!」
「おお!」
屋台に並んでいる人たちと、それ以外の人がまた同じように歓声を上げた。
そしてとなりのカスミン部長が悔しそうに頭を下げた。
「これで何個目?」
「もう数えていない」
ボードゲームサークルの女性が袋から花のブレスレットを取り出す。そして頭に花のブレスレットがカスミン先輩につけられている。
その光景に、僕は静かにその場を去り速攻でアヤメ先輩の所に戻った。
「な、何がどうなってああなったんですか!?」
「あははは、どうなってああなったのかな。私も久し振りに困っている」
「えええ。アヤメ先輩でも」
アヤメ先輩のいつもの呆れ顔を通り越して、笑顔で固まっている。
いや、別にあの行動が悪いとかそういうのはないはず。ただ遊びでバルーンの花を頭につけているだけ。だから何も悪いことではない。そうなんだけど、そうなんだけど。
なんというか、どう言葉にしたら良いのだろうか、どう伝えたら良いのだろうか、なんというかなんと言えばいいのか。
見てはいけないものを見た気がする。
「天然が集まると、とんでもないことになるのはよくわかった」
「天然という言葉で済む話なのでしょうか。というか……」
一度群衆に視線をやったあと、少しだけアヤメ先輩に近づき、小声で話す。
「この見ている人たちは大丈夫なんですか?」
「ああ。それもね……」
「いや。ほんわかしますね」
「なんか子供の頃を見たいなほのかな感じがする」
「んー。心が洗われる光景だ」
「ワタアメのふわふわ感があっていい」
「あの。お花欲しい!」
「私、あのボードゲームしたい」
子供連れの夫婦は懐かしむように。
とある男性は仏のような安らかな表情をしている。
ワタアメを食べながらフワフワした雰囲気の女性に楽しんでいる子供たち。
う、うまくいっているのかな。でもそうか純粋に楽しんでいるだけなのか。やっていることは別にただ屋台の横でボードゲームをしているだけだし、花をつけているだけだし。
そ、そうだよな。
さっきの感情は一体何だったんだろうか。
「それで、何か用事あったのかな?」
「あ、そうです。耕次先輩からヘルプが来まして」
「ん?」
僕は今のこっちのブースの現状を説明した。
「ああ。ごめん。すぐに引き上げる」
さらっと撤退することを決めたことに戸惑う。
「いいんですか?」
「なんとか人を呼び込むことには成功したし、あまり騒ぎすぎるとね。それに責任者二人が現場を投げているし、シフトも無理言って何人か変えてしまったし。負担掛け過ぎたし」
「ああ。そこまで責めなくていいですって。繁盛してやっと大学祭ぽくなってきましたし」
僕がほぼ反射的にフォローすると、瞳をパチパチとする。
「そう? それならよかった。わかった。とりあえず引き上げてすぐ向かうよ」
「はい。お願いします。ありがとうございます」
「っとカゲルはこれから休憩?」
「はい。そうです」
「じゃあ、しっかり休んでね」
「はい」
アヤメ先輩はクルッと振り返り、屋台の方に駆けていった。
僕はその後の展開が気になったが、またさっきみたいな変な感情が現れて、見られるのも嫌だったので静かにその場を離れたのであった。
そしてとりあえず昼飯を食べにどこかの屋台を探す。
折角だから新しいのを探そうかなと思い、ざっと屋台を見渡す。
タピオカ、たこ焼き、ハンバーガー、フランクフルト、ベビーカステラ、お好み焼き、やきとり……。まだ行っていないところがたくさんある。
というか情報収集をきちんとやれてないよな。あと一回シフトがある。今度はお客さんも多いはずだ。だから、しっかりと情報を仕入れないと。
トン。
よそ見をしていたせいか、ふいに進行方向から軽い衝撃を感じた。
バッと振り向くと、割り箸を口にくわえ、右手を上向きにしたまま構える見知った小柄な男性。そして、足元にはタッパごとひっくり返り、石畳に散らばった焼きそば。
一瞬にして自分の血の気が引いていくのがわかった。
「す、すみません。よそ見をしてて」
「え、いや。僕の方こそ、よそ見をしてたから」
「片付けます。すぐに新しいのを僕が買ってきます」
「え。ちょ、それは!」
「お願いします。買います。買わせてください」
僕は階下の住人の男性に迫るように懇願してしまった。
でもやらかしたことに関して、何かしないと落ち着かない。
「あ、うん。わかりました。そこの開いている椅子にて待ってますので」
「あ。はい。すみません。すぐに買いに行きます」
若干引きつっている男性は、パラソルが刺さっているテーブルと椅子を指差した。
僕は素早く動いた。さっと落ちた焼きそばを拾い、そしてすぐにゴミ箱に捨て、焼きそば屋に並んだ。
昨日並んだ焼きそば屋、結局ここに来てしまったことを後悔し、自分の不注意で招いてしまったから仕方ないとあきらめた。
「はいよ。ご注文は。おっ。またご購入ですか?」
昨日話したタオルを巻いた野球部員のお兄さんだった。僕は笑顔で答える。
「あ、はい。焼きそば二つで」
「はいよ! 焼きそば二つう!」
「「焼きそば二つう!」」
昨日と同じく後ろで元気よく料理をしている野球部員たちであった。
さっと焼きそばは焼き上がり、華麗にタッパに詰め込んだ。そして青のりと鰹節、塩に、紅しょうが、そしてマヨネーズを網目状にかけ、目の前に置いた。
「500円になります!」
その爽やかな表情に、僕も微笑みながら五百円玉を出した。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
軽く頭を下げた。少しだけ元気をもらえたのであった。
タッパを二つ構えるとダッシュで、人にぶつからないように小走りでむかった。
階下の小柄な男性は指定した椅子に座っていた。
そしてテーブルの上には飲み物が二つあった。
「お待たせしました」
「いえ」
男性は軽く頭を下げると、僕も軽く頭下げながら座った。
僕はすかさず、焼きそばを男性に渡した。
すると男性はさっと飲み物を渡してくれた。
「え。これは」
「焼きそばだけだと喉が渇くから」
「あ、えっ。どれくらいしたんですか?」
「いや大丈夫だから。それに僕だってよそ見をしていましたし」
「え、あ、で」
「大丈夫ですから」
「は、はい」
少し強めに言われたことにより僕はそれ以上は言うことが出来なかった。
静かに引いて、僕は焼きそばのタッパを開いた。
ほくほく湧き上がる湯気、向こうも静かに焼きそばを見つめる。
「なんか。すみません。結構迷惑をかけてしまって」
「あー。いや。まあ。はい」
目線を外しながら答えた。
ひ、否定をされなかった。
ズーンと胸が重くなっていった。
はあ。とりあえず焼きそばを食べて、せっかく買ってきてくれた飲み物を飲もうか、僕は箸をパキッと割って焼きそばをパクっと食べた。そしてドリンクを飲む。
サイダーだった。
美味しかった。
よかった。まだ今日は味を感じることが出来ている。
向こうも焼きそばをズルズルと食べていた。
ズルズルと焼きそばを見ながら紺色の服を着ている階下の男性を見つめる。この人とは最近妙な縁でよく会う。でも会うたびに僕はあまりいい印象を与えてない。今この対面もかなり気まずい。
この人も多分気まずいとも思っている。
とそういえば、この人の名前を知らない気がする。
この気まずい空気を何とかしたい……かな。
僕はズルズルと焼きそばを食いながら、じっと男性を見つめていた。すると気がついた男性は、自然と箸を止めた。
「な、なんですか」
「いや。実はあなたの名前を聞いていないと思いまして」
「あ、そ、そうですね」
「……」
「……」
じっと見つめて言葉を止める男性。
い、言わないのかな。いや違うか。ここは確か自分の名前を先に言うべきなのだよな。
「僕は、数谷カゲルです」
「あ、はい。わかりました。そっちから名乗ったのなら、僕も名乗らないわけにはいかないですね。僕は……」
男性は名前を言いかけていた。だけど僕はその先の名前を聞きとることが出来なかった。
なんでか分からない。ただゆっくりと視界がぼやけていった。
そして体の力が抜けて、意識が遠くなっていったのであった。




