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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『大学祭2日目!』その6

「お、おはよう」

「お、おはよう」


 昼前に朝の挨拶とは奇妙な感じである。

 前はあれほど尖っていたはずなのに、今は角が取れている彼女を何故だか可愛いと思ってしまっている。

 ほんの少しだけボーッと見惚れてしまう。

 いかんいかん。先に進まないと。


「あ、え、えっとどれが欲しいですか」


 メニュー表を柿沢さんに見えるように構える。


「えっと、そうだな。花のブレスレッドでいいか?」

「はい。では花弁は何色がいいですか?」

「では水色で、真ん中も水色で」

「は、はい分かりました」


 真ん中も水色か。一色に染めるのは珍しい気もする。いや特に気にする必要はないか。

 柿沢さんの要望通りに水色の風船を取り出して、膨らます。花びらが同じサイズになるように均等に捻っていく。二つほど同じ大きさの丸を作り、それを引っ付けて一つの花びらになる。それを五組を作っていく。二つ作り、重ねて捻ってつなげていく。

 ふと顔を上げると、じっと見つめる柿沢さんと顔があった。

 というか近い、ものすごく近い。

 心臓がドクンと跳ね上がる。いや、確かに彼氏彼女の関係になったけど、ふいすぎる。


「き、器用に作るんだな」

「そ。そうですね。練習しましたし」


 彼女の吐息が微かに頬にかかり、手元が狂いそうになる。


「今度、教えてくれ」

「いいですよ」


 ほんの少しだけ僕は後ろに下がった。だけど心臓の鼓動は、上がったままだ。

 いかんいかん。早く作らないと。

 そうやって下を向いて作ろうとする。

 だがはっとする。

 いかんいかん。会話をしながら作るないといけないのに、また面を上げると、目の前に柿沢さんのにっこりした笑顔。

 くらっとしかけた気持ちを自分の足で自分の足を踏むことで、何とか耐える。


「歌の調子はどうですか」

「ん。あれから調子がいいよ」

「よかったです」


 にっこりした表情のままの彼女。

 こんな表情をする人だったけ。

 いかんいかん早く作らないと、また風船に目を落とし、手早く作り終えた。そして最後に……。


「完成しました。鞄に着けますか?」

「これ……。手首にもつけてくれるの?」

「え。いいですけど、いいんですか」

「そ、そりゃあ。ね」


 またチラッと僕を見てきた。

 そ、そうだよね。そういうことだよね。でもそうだよね。

 僕の動揺なんて知らずに、彼女はゆっくり僕に向けて左手首を出してきた。

 いかんいかん。動揺しすぎるな。

 あまり時間をかけちゃいけない、後方にもお客さんが待っているんだ。

 青色の花のブレスレッドの紐に当る部分を持ち、僕は彼女の手首の上にブレスレッドを乗せた。紐を下に回しきつくなり過ぎないように縛った。


「あ、ありがとう」

「い、いえ。どういたしまして」


 頬を赤くした柿沢さんと目が合う。

 ぽっと自分の体温が上がった。

 少しほど、無言で固まったあと、柿沢さんが先に一言言った。


「じゃあ。また連絡するね」

「は、はい。ありがとうございました」

「ありがとう」


 そう言って軽く手を振りながら去って行った。

 僕も軽く手を振ったのであった。

 ぽっと熱く火照った体を。僕は太ももを捻って何とかその感覚を散らす。次のお客さんに引き摺ったらいけない。

 ほんの短い時間で何とか浮かれている自分を制した。

 気を戻して、次のお客さんを呼んだ。


「お次の方、どうぞ」


 そう言って、顔を上げた瞬間。今度もまた知った人だった。


「思ったより繁盛しているようで、よかった」


 柔和な笑みを浮かべる女性。

 いつも通りの表情。僕が一目惚れした女性、今は友人の女性。


「小百合さん。来てくれてありがとうございます」


 僕は軽く頭を下げた。


「何か、他人行儀みたいだね」


 よ、容赦ない。


「そんなことない。これは協力してくれた感謝ということなんだから」

「大丈夫。知ってるよ」


 ぷっと笑う小百合さん。

 こ、こわい。何か言葉にならない恐怖を感じてしまう。


「それで何を作ってくれるのかな」


 くりっとした瞳を更に大きくさせて、興味を示す小百合さん。何かいつもと違うんだけど。いやまあいいか。


「こちらからになります」


 さっとプレートを見せる。


「じゃあ。私はウサギの風船を貰いましょうか。色は赤で」

「はい。わかりました」


 僕はさっと赤い風船を取り出して作る。


「今日はどこか屋台を回ったの?」

「いや? あんまりかな。どこかおすすめない?」

「おすすめですか。焼きそばが美味しかったですよ」

「焼きそばね。それ本当に言っている?」

「ええ?」


 思わぬ返しに僕はまた風船を落としそうになる。

 練習通りにはいかないのは知っているけど、今の言葉は若干の悪意を含んでいるように聞こえた。そう思って表情を伺うと、にっこりとした表情をしている。

 ああ。やっぱりか。


「本当にだよ。美味しかったよ」

「そ、そう。じゃあ貰ったら食べに行くよ」


 少しだけ腑に落ちない表情をしつつも、笑う小百合さん。

 何だろ。何かすごい疲れる。いかんいかん。さっさと作らないと。

 素早く風船のうさぎを完成させると、「はい」と言って友人に手渡した。


「あ、ありがとう。頑張ってね」

「は、はい」


 小百合さんはそう言って、静かに去って行った。

 何か疲れた。ごっそり精神がつかれた。こんなにもメンタルに来ると思わなかった。でもいけない。まだまだ並んでいる人はいる。だから頑張らないと。

 僕は疲弊した精神を気合で持ち直してから、手を挙げた。


「次の方。どうぞ!」



 それからというもの、人の数は減ることなくむしろ増えてきていた。

 途中、エリ先輩がリナと、カメケンがメグと、交代しつつも、ほとんど休むことなく、バルーンを配り続けた。

 子供たちが出来上がったバルーンを手に取るとはしゃいで歩いている姿や、ここの学生が「器用だね」と言いながら作る姿を見たりとか、なんか、「お祭り感があっていい」と喜んでくれた。あと何故か途中で男性も多く来ていた。なんか僕のところに来て若干凹んでいたようだけど。

 まあ概ね来てくれた人は満足したみたいだ。

 だから思ったより早く午後一時を迎えた。


「何か。かなり人が増えているな」


 僕と交代の耕次先輩がやって来た。


「そうですね。えっと部長たちの頑張りですか?」

「たぶん。そうだな。でもそろそろ。こっちの応援も頼みたいから。一度様子を見に行ってくれるか?」

「あ、はい。わかりました。場所はワタアメ屋ですか?」

「そう、そうだと思う」


 少し自信がなさそうな感じで答える耕次先輩。

 相当緊張しているな。


「先輩。頑張ってください」

「お、おう」


 何とか元気づけたかな。

 それともちょっと行き過ぎた言い方だったかな。

 た、多分大丈夫だ。

 一抹の不安を残しつつも、僕はバルーンエプロンを外して片付けた。

 そして「お願いします」伝えてから、僕はその場を去った。

 途中隣のボードゲームサークルさんを一瞥した。


「うああ。負けた」


 派手に声を出して、頭に手を当てる筋肉質な男性と、なぜか仏頂面の小柄な女性が、遊びに来てる子供や学生の応対をしていた。

 昨日と打って変わって、結構人が集まっていた。

 他のブースも昨日と違い、賑わっていた。

 凄い。一体何をしたんだろうかと、疑問に思いつつ、僕はワタアメ屋を目指したのだった。

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