『大学祭2日目!』その6
「お、おはよう」
「お、おはよう」
昼前に朝の挨拶とは奇妙な感じである。
前はあれほど尖っていたはずなのに、今は角が取れている彼女を何故だか可愛いと思ってしまっている。
ほんの少しだけボーッと見惚れてしまう。
いかんいかん。先に進まないと。
「あ、え、えっとどれが欲しいですか」
メニュー表を柿沢さんに見えるように構える。
「えっと、そうだな。花のブレスレッドでいいか?」
「はい。では花弁は何色がいいですか?」
「では水色で、真ん中も水色で」
「は、はい分かりました」
真ん中も水色か。一色に染めるのは珍しい気もする。いや特に気にする必要はないか。
柿沢さんの要望通りに水色の風船を取り出して、膨らます。花びらが同じサイズになるように均等に捻っていく。二つほど同じ大きさの丸を作り、それを引っ付けて一つの花びらになる。それを五組を作っていく。二つ作り、重ねて捻ってつなげていく。
ふと顔を上げると、じっと見つめる柿沢さんと顔があった。
というか近い、ものすごく近い。
心臓がドクンと跳ね上がる。いや、確かに彼氏彼女の関係になったけど、ふいすぎる。
「き、器用に作るんだな」
「そ。そうですね。練習しましたし」
彼女の吐息が微かに頬にかかり、手元が狂いそうになる。
「今度、教えてくれ」
「いいですよ」
ほんの少しだけ僕は後ろに下がった。だけど心臓の鼓動は、上がったままだ。
いかんいかん。早く作らないと。
そうやって下を向いて作ろうとする。
だがはっとする。
いかんいかん。会話をしながら作るないといけないのに、また面を上げると、目の前に柿沢さんのにっこりした笑顔。
くらっとしかけた気持ちを自分の足で自分の足を踏むことで、何とか耐える。
「歌の調子はどうですか」
「ん。あれから調子がいいよ」
「よかったです」
にっこりした表情のままの彼女。
こんな表情をする人だったけ。
いかんいかん早く作らないと、また風船に目を落とし、手早く作り終えた。そして最後に……。
「完成しました。鞄に着けますか?」
「これ……。手首にもつけてくれるの?」
「え。いいですけど、いいんですか」
「そ、そりゃあ。ね」
またチラッと僕を見てきた。
そ、そうだよね。そういうことだよね。でもそうだよね。
僕の動揺なんて知らずに、彼女はゆっくり僕に向けて左手首を出してきた。
いかんいかん。動揺しすぎるな。
あまり時間をかけちゃいけない、後方にもお客さんが待っているんだ。
青色の花のブレスレッドの紐に当る部分を持ち、僕は彼女の手首の上にブレスレッドを乗せた。紐を下に回しきつくなり過ぎないように縛った。
「あ、ありがとう」
「い、いえ。どういたしまして」
頬を赤くした柿沢さんと目が合う。
ぽっと自分の体温が上がった。
少しほど、無言で固まったあと、柿沢さんが先に一言言った。
「じゃあ。また連絡するね」
「は、はい。ありがとうございました」
「ありがとう」
そう言って軽く手を振りながら去って行った。
僕も軽く手を振ったのであった。
ぽっと熱く火照った体を。僕は太ももを捻って何とかその感覚を散らす。次のお客さんに引き摺ったらいけない。
ほんの短い時間で何とか浮かれている自分を制した。
気を戻して、次のお客さんを呼んだ。
「お次の方、どうぞ」
そう言って、顔を上げた瞬間。今度もまた知った人だった。
「思ったより繁盛しているようで、よかった」
柔和な笑みを浮かべる女性。
いつも通りの表情。僕が一目惚れした女性、今は友人の女性。
「小百合さん。来てくれてありがとうございます」
僕は軽く頭を下げた。
「何か、他人行儀みたいだね」
よ、容赦ない。
「そんなことない。これは協力してくれた感謝ということなんだから」
「大丈夫。知ってるよ」
ぷっと笑う小百合さん。
こ、こわい。何か言葉にならない恐怖を感じてしまう。
「それで何を作ってくれるのかな」
くりっとした瞳を更に大きくさせて、興味を示す小百合さん。何かいつもと違うんだけど。いやまあいいか。
「こちらからになります」
さっとプレートを見せる。
「じゃあ。私はウサギの風船を貰いましょうか。色は赤で」
「はい。わかりました」
僕はさっと赤い風船を取り出して作る。
「今日はどこか屋台を回ったの?」
「いや? あんまりかな。どこかおすすめない?」
「おすすめですか。焼きそばが美味しかったですよ」
「焼きそばね。それ本当に言っている?」
「ええ?」
思わぬ返しに僕はまた風船を落としそうになる。
練習通りにはいかないのは知っているけど、今の言葉は若干の悪意を含んでいるように聞こえた。そう思って表情を伺うと、にっこりとした表情をしている。
ああ。やっぱりか。
「本当にだよ。美味しかったよ」
「そ、そう。じゃあ貰ったら食べに行くよ」
少しだけ腑に落ちない表情をしつつも、笑う小百合さん。
何だろ。何かすごい疲れる。いかんいかん。さっさと作らないと。
素早く風船のうさぎを完成させると、「はい」と言って友人に手渡した。
「あ、ありがとう。頑張ってね」
「は、はい」
小百合さんはそう言って、静かに去って行った。
何か疲れた。ごっそり精神がつかれた。こんなにもメンタルに来ると思わなかった。でもいけない。まだまだ並んでいる人はいる。だから頑張らないと。
僕は疲弊した精神を気合で持ち直してから、手を挙げた。
「次の方。どうぞ!」
それからというもの、人の数は減ることなくむしろ増えてきていた。
途中、エリ先輩がリナと、カメケンがメグと、交代しつつも、ほとんど休むことなく、バルーンを配り続けた。
子供たちが出来上がったバルーンを手に取るとはしゃいで歩いている姿や、ここの学生が「器用だね」と言いながら作る姿を見たりとか、なんか、「お祭り感があっていい」と喜んでくれた。あと何故か途中で男性も多く来ていた。なんか僕のところに来て若干凹んでいたようだけど。
まあ概ね来てくれた人は満足したみたいだ。
だから思ったより早く午後一時を迎えた。
「何か。かなり人が増えているな」
僕と交代の耕次先輩がやって来た。
「そうですね。えっと部長たちの頑張りですか?」
「たぶん。そうだな。でもそろそろ。こっちの応援も頼みたいから。一度様子を見に行ってくれるか?」
「あ、はい。わかりました。場所はワタアメ屋ですか?」
「そう、そうだと思う」
少し自信がなさそうな感じで答える耕次先輩。
相当緊張しているな。
「先輩。頑張ってください」
「お、おう」
何とか元気づけたかな。
それともちょっと行き過ぎた言い方だったかな。
た、多分大丈夫だ。
一抹の不安を残しつつも、僕はバルーンエプロンを外して片付けた。
そして「お願いします」伝えてから、僕はその場を去った。
途中隣のボードゲームサークルさんを一瞥した。
「うああ。負けた」
派手に声を出して、頭に手を当てる筋肉質な男性と、なぜか仏頂面の小柄な女性が、遊びに来てる子供や学生の応対をしていた。
昨日と打って変わって、結構人が集まっていた。
他のブースも昨日と違い、賑わっていた。
凄い。一体何をしたんだろうかと、疑問に思いつつ、僕はワタアメ屋を目指したのだった。




