『大学祭2日目!』その5
その頃一方、とある一室で。
「ふう。どうやら少し動きがあったようですね。例の部活、それに旧棟チーム」
真田が話すとすぐさまその横に立つ堂島。
「さっき金橋から連絡があった。いかがしますか?」
真田は組んだ手の上に顎をのせて考えたあと、答える。
「しばらくは泳がせておきましょう。仮に繁盛し始めることがあったら、私が直接行きます」
「それは……」
堂島は言葉を止めた。いや止めざるおえなかった。
真田が一瞬見せた視線に、彼はそれ以上を続けることなく、「わかりました」と一言だけ言った。
「ふ。心配しなくていいわ。これで、多分少なくともあの部活はダメージを負うことになる」
真田はテーブルの上にあるパンフレットをポンと一度叩き、ニヤッと笑ったのだった。
しばらくして、僕は旧棟にむかって歩いていた。
あれから何人か声をかけられ、その都度丁寧に道案内した。アヤメ先輩の言う通り、案の定子供たちから声をかけられた。
過度にはならないようにしたため、軽く話して教える程度。それだけでもワクワクしながら歩いていっている姿を見ると、良かったのかなと思ったのであった。
そしてそろそろシフトの時間だったので戻っているのであった。
旧棟が見えてきた。
遠目から見ても年季が入っており、中に入るのが憚れるのはわかる。あまり人が来ていないのだろうなと消極的に考えていた。
だが近づいていると入口の前に人だかりが出来ていた。
そして見えてきた光景の感想を一言で言うとこうだった。
ハロウィン?
入口の前にいるのは、どこかの使途のような白い仮面をかぶった人が二人、和服を着ている女性。チェック柄の眼鏡の男性。黄色のTシャツを着た男女4人組。前髪の長いちょっと暗い雰囲気の女性と、アフロにアロハシャツのてるやん先輩が、バルーンを身につけて、宣伝していた。
「バルーン配ってるぜぇ!」
「オカルティクな小物、ありますぅ」
「あるよ!」
「和服の着付けはどないやす?」
「自作小説売ってます」
「ファンキーで」
「レトロで」
「前衛的で」
「唯一無二の古着売ってます」
「あなたの運を占いますよ」
全く統一感のない服装に、バラバラの宣伝内容。でも間違いなく視線は誘導される。しかも屋台回りと違って賑やかでないことがまた興味を引く。ここを通りさえすれば、自然と足を運ぶのは納得がいった。
確かに昨日よりはここを訪れる人が増えているのは目に見えてわかった。
メイン通りへと続く道から、昨日は全く見なかった人影を、今は少しずつ歩いてきている人が見受けられた。
すごい。いつの間にか人が増えていた。
僕はそのまま正面入り口にむかった。
「おっ! カゲルう! どんな感じやった?」
てるやん先輩がずずいっと迫って来た。少し体をのけぞらせながら答えた。
「何人かは紹介はできました」
「おう。それはよかった! こっちもなんでか知らんが、少しずつ人が来ているぞ。忙しくなるぞ」
「はい。わかりました」
いつもと違う。
あー。そうか。先輩、久し振りに楽しめているのかもしれない。
珍しい表情を見れたので、今日はいいことがあるかもしれないと朧気に思ったのであった。
大繁盛とはいかないものの、僕らのブースの前に何人か人が並んでいた。
それをカメケンと耕次先輩とエリ先輩が、対応していた。
ちょうど手の開いた耕次先輩に声をかける。
「お疲れ様です」
「お疲れカゲル。俺と交代だな」
「あれ? 耕次先輩、僕と今から一緒のシフトでしたよね」
「ああ。それが、ちょっと予定が変わってな。そして、すまんカゲルも今から一時間の予定を、二時間でお願いしていいか?」
耕次先輩の額に汗が滲んでいた。
「……いいですよ。予定も入れていないですし」
「すまんな。なにやら二人が、宣伝から手が離せないようでな。ちょっと長めになるから、でも次のシフトは多分同じ16時で大丈夫だったはずだ」
「了解です。二人ってカスミン先輩とアヤメ先輩ですよね」
「そうだな。たぶんこの流れもあの二人が作っているんだと思う。だから俺らも頑張らないとな」
「はい」
「すまん。頼んだ」
耕次先輩はポンと僕の肩を叩くと少しフラフラした足取りで歩いていく。
なんだかこっちもいつもと雰囲気が違う。
「耕次は忙しかったのでたぶん疲れているでござる。まさかあんなに人と話すのが苦手だとは思わなかったでござる」
手の開いたエリ先輩がニヤニヤしながら、耕次先輩の背中を眺めている。
そういうことか。
「でも後半慣れていたっすね」
カメケンも手が開いたのか、同じ方向を一緒に見送る。
「そうでござるね」
表情は変わらず少し硬めの声を発してから、エリ先輩が前に向き直った。
僕は一瞬だけエリ先輩の横顔を確認し、一瞬薄笑みを見せてから、準備を始めたのだった。
「こんにちは。どれが欲しいですか?」
「このソードをつくってください!」
男の子がメニュー表にあるソード(剣)を指差して、きらきらした瞳で見つめる。
「わかりました。何色ですか?」
「あおいろがいいです!」
「わかりました。お作りしますね」
バルーンエプロンから左手で青色のペンシルバルーンを一本引き抜き、右手でポンプを掴み取る。ポンプの口にバルーンを装着して九割ほど膨らまして、バルーンの口を結ぶ。
「今日は、どこか屋台を回ったの?」
「うん。わたあめ食べたよ」
「そうなんだ。おいしかった?」
「うん!」
屈託のない笑顔で頷いた。僕は笑顔を返した。
わたあめか。終わったら食べに行くか。
「そこでね。おねえちゃんたちがソードを振り回していた」
「え、あ、そうなんだ。それで欲しくなったんだ」
「うん」
何をやっているんだろうか……。
頭の中で混乱しつつも、風船を捻って剣の鍔の部分を作った。そして最後に刃となる部分を鍔から通すと完成する。
「はい。できました」
「ありがとう」
出来上がったバルーンの剣を渡すと、「わー」と叫びながら走っていく。
「こら待ちなさい」
付き添いの親御さんは、慌てて追っていった。
純粋に大変だなと思った。
それにしても剣を振り回しているって、あまり目立たないようにって言ったはずなのに、加えて何故にワタアメ屋なんだろうか。
考えても仕方ないか、何か策があると考えておこう。
僕は準備を整えて、次のお客さんを呼んだ。
「お次の方どうぞ!」
前を向くと、見知った人と目があった。
「てんちゃんさん」
「よ。景気はどない?」
さっき話した時よりは柔和な表情で、身軽な格好で現れた。
「少しは増えてきました。ちょっと理由は分からないですけど」
「ええやん。増えていることはいいことや。理由はあとで考えりゃいい。ほなワイは、この花のブレスレッドにしようかと思ったんやけど、あえてのこのハート柄にしようか」
トントンとプレートを叩くように軽く指差した。
「はい。では色は何色ですか?」
「ほな。白で」
「分かりました」
さっきと同じくバルーンを引き抜き、ポンプでこれも九割ほど膨らましていく。口を結んでからバルーンの尻の部分の膨らまさなかった部分を手に取り、口の結び目に括り付けるようにし、輪っかを作ったそしてハートの上部の凹みになるところギュッと両手で押さえて擦る。
「ほう。そうやって形を作るのか」
「僕も最初見た時はびっくりしました」
キュッキュッとゴムが擦れる音を聞きつつ、形を整えてハートの形が完成したのであった。
「はい。完成です」
「早いな。その感じだと大丈夫そうやな」
「はい。おかげさまで」
「じゃあ。頑張ってな!」
てんちゃんさんは白のハートのバルーンを受け取ると首にかけて去って行った。
そこに装着するのかと、ちょっと驚きつつ見送ったのであった。
「では次の方どうぞ」
「はい」
次、目が合った瞬間にドキッとした。
僕の顔を見つめるようにゆっくりと近づいてきた。
「お、おはよう」
「お、おはよう」
もうあとちょっとで正午になる時間帯に、朝の挨拶をした彼女。
そう。柿沢さんであった。




