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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『大学祭2日目!』その3

「あっ。ふうせんをつけてるおにいちゃんがいる!」


 そう指差している女の子がいた。

 付き添いの母親が、女の子の腕を引っ張り、その場を去ろうとしているが、頑なに動こうとせずに、じっとこちらを見ていた。

 僕は一つ心の中で息をつくと、意を決してその女の子に近づいた。

 その子の母親が少し警戒した表情を見せるけど、僕は後ろに退かずに進み、そして目線をその子に合わせるためにしゃがんだ。


「えっと。この風船に興味あるの?」

「うん。ほしい!」


 キラキラした瞳で、僕に向かって手を伸ばす。


「これは、一応僕のだから、渡せられないけど、これを貰える場所なら教えられるよ」

「もらえるの!?」


 キラキラした瞳を更に大きくさせて、首を伸ばし食い入るように花のブレスレッドを見つめた。

 そして後ろに振り返ると母親のほうに顔を向けた。


「ほしい! ついていってもいい!?」

「あー。はいはい。わかったわかった。連れて行ってあげるから少し大人しくして……。すみません。その場所教えていただきますか?」


 その子の母親は少し申し訳ない表情で、尋ねてくれた。

 僕は快く答えた。


「いいですよ!」



 場所は移って、旧棟の私たちのブースの前にて。


「さあ。やりますか」

「本当に。大丈夫なのかな」


 バルーン作品を一杯入れた籠を手に提げ、自信満々なアーヤの横で、私は少々落ち着かない気持ちである。


「大丈夫だよ。別に悪いことはしていないし、それにこの事実は流石に知っていただいた方がいい。それに丁寧に話せば大体は分かってくれるって」

「そ、そうだね」


 アーヤの言っていること、私たち旧棟グループをパンフレットに載せなかったことを、他の団体に公開して協力を得る作戦だ。

 確かに部統会にはしてやられた。過去に私のせいで規則を破ってしまったとはいえ、さすがにやりすぎだとは思う。でもこの作戦は妙に納得がいかない。


「こら!」


 ぺちっと私の両手を思いっきり叩いて挟んだ。

 正面にアーヤの顔が間近に迫っていた。


「またよくないことを考えている。大丈夫! やらなくてこのまま終わる方が嫌でしょ」

「う、うん」

「それに、後ろには強力な仲間いるから心配しない」


 くるっと振り返ると、真剣な眼差しでてるやんと耕ちゃんが腕を組み、大ちゃんがぎこちない笑顔で立っている。


「おう。心配するな。何かあったら盾にはなるから心配するな」

「うむ。大丈夫だ」

「あ、あ、頑張ってください!」


 笑顔だ。でもちょっとだけ無理しているように思える。

 たぶんまだ心の底で引っかかっている部分があるんだ。

 アーヤは合理的な方だと思う。たぶんこの窮地を変えたくて考えた結果だと思う。昨日一日呑気に過ごしていた私と比べて、必死に探してきたに違いない。

 だから本当は口答えする資格なんてないのかもしれない。でも……。


「ほらいくよ」


 アーヤが静かに歩き始めるが私は足を止めた。


「私はやらない」

「へ?」


 久し振りに見たアーヤの驚いた表情。ものすごくわがままなことを言っている自覚はあるし、土壇場になって普通に酷いことを言っている。


「ど、どういうこと?」


 当然。ものすごい剣幕で迫るアーヤ。

 でもここでは退かない。


「私にちょっと任せて?」

「え!? は! ん?」


 アーヤからバルーンの籠を掻っ攫い、私は一人隣のボードゲームサークルに向かった。  


「おはようございます」

「ああ。おはようございます。昨日はどうも」

「いえいえ。こちらこそ」


 竹光洋一さんがぺこりと頭を下げると、私も同じく頭を下げた。その後ろではてるやんファンの女性が白い目線を送っているのと、筋肉質な男性とモデル並みの女性の渕名さんが、バックギャモンで遊んでいた。


「で、今日は何かゲームやりますか?」

「今日はちょっとお願いがあります。実はちょっと協力していただきたいのです!」

「協力?」


 竹光さんは僅かに耳を傾けた。


「今、この旧棟は文化祭とはほぼ無縁の状態です。だから、今日一日だけでも、少しでも来てくれるお客さんを増やしたいのです」

「確かに、ちょっと人が来ないのは寂しいのは否定できない。でも方法が……」


 方法……。アーヤが言っていた方法は部統会のやり口を説明しての反旗を翻すとは言っていたけど、結局具体的な方法を聞いていない。

 でもそのやりくちはなんか嫌だ。楽しい方法にしないと。


「オタマジャクシズ対ボードゲームサークルによる部活対抗三本勝負とかで宣伝するとかどうでしょう!」

「ええええ!」


 驚いた声を上げたのは竹光さんではなくアーヤと、てるやん達だった。

 竹光さんは、一度考え込む。

 すると、後ろで試合をしていた渕名さんがひょこっと顔を上げた。


「え。何、部活対抗勝負!? カスミンなんかするの? 面白そう。やろうよ洋一」


 渕名さんはそのまま竹光さんの首に腕をかけて、彼の肩から顔を出し、半分背中に抱き着くような感じになった。


「待て待て待て。焦るな。確かに面白い。オタマジャクシズさんと交流できるし、場合によっちゃここにいる他の部活にも頼めるかもしれん。この人たちは昨日の感じだと確かに楽しかった。だけど、それは俺たちが楽しいだけであって、他の人が楽しめるかというと話が違う」

「んー。言われてみるとそうですね」


 なに普通に納得してんの私。

 でも、確かに無理があるよね。急だし。じゃあ他に案は……。宣伝とかいやでも監視の目があるし派手なこととか……。

 あれ?

 部統会会長の言葉をふと思い出した。


「普通に合同で宣伝しますか?」

「んー。ああ。それくらいならいいですよ」

「ちょっと、カスミン」


 アーヤがガシッと私の肩を掴み、今すぐにでも私の首を絞めそうな目付きで睨んでいる。


「何?」

「監視の目があると言ったじゃない」

「でも真田さんが言ったのって『鳴り物と、飛ぶものと危険なものは禁止です。例えばジャグリングも危ないのでダメです』宣伝してはいけないって言ってないじゃん」

「……。た、確かに。でも下手に騒いだら」

「そこは屋台とかやってるじゃん。というか、前と違って大学祭なのに騒いだらいけないってことはないんじゃない。確かに過度は良くないけど。他部活と協力して、ここを宣伝することはどこが悪いの?」

「……」


 アーヤは腕を組んで黙り込んだ。

 確かにあの堂島さんの時から、監視されているのはわかる。あれからは酷いことはないけど、今回もどこかで見ているはず。でも必要以上に警戒する必要もないと思うし、ある意味他の団体も巻き込めばそう簡単に止められないと思う。たぶん。

 あの威圧でそう思い込んでいた節があった。

 だから勝手にそう思い込んでいたかもしれない。いやそう仕向けていたのかもしれない。


「えっと。そちらさんは大丈夫ですか?」

「うんうん」


 竹光さんと渕名さんは隣のアーヤの表情を注意深く伺っている。

 対するアーヤは、ものすごく渋い表情から、苦いものを食べたあとのような眉間に皴を寄せてから一言。


「わかった」

「ありがとう」


 調子よくアーヤに抱き着こうとすると、腕で制された。


「でも、でも、もうちょっと早く私に相談してから言って! 行き当たりばったりの思いつきに、振り回される身にもなって」

「ごめんごめん」

「久し振りにカスミンらしい雰囲気が見れたから少しはホッとしたけど」

「え? なに?」

「何もない」


 プイっと視線を逸らすアーヤ。

 やっぱりちょっと怒っている。それもそうか。それはわかっている。でも


「でも、あの手は使いたくなかったし」


 私の素直な気持ちを伝えた。


「はあ。それね……。それに越したことはないか」 


 アーヤは深いため息をついた。それにて抵抗を止めたか、それとも納得したのかまでは分からないけど、渋かった表情からいつもどおりの表情に戻った。


「すみません。お転婆な部長ですが。一緒に協力をお願いできませんか?」

「いいですよ」

「やろやろ!」

「お。なんだ? 何やるんだ」

「えーー」


 筋肉質な男性はノリノリだけど、後ろの女性はとてもジトーとした粘着質な目で見ている。


「かおるー。折角の大学祭なのに、楽しまないとソンソン!」

「えー。私はのんびりとしたい」


 渕名さんの呼び名にゴロンと床に寝転ぶ女性。


「てるやんを呼びましょうか?」

「んー。それならやる!」

「変わり身はや!」


 シャキッと立ち上がり、てるやんをガン見する女性に、びっくりする筋肉質の男性。

 チョ……。いや、言わないでおこう。それが礼儀だ。たぶん。


「じゃあ。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願い致します」


 竹光さんの礼に、私は感謝を込めて礼を返したのであった。




 旧棟隅にて。

 一人の影。


「ほー。なるほどね。面白いね。報告しないと……」 

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