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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『大学祭2日目!』その2

 バルーンコーデを装着し、いざ!


 という感じでキャンパスに飛び出したものの、どうすればいいか分からない現状である。

 むしろ、本当に向こうからやって来るものだろうか。

 賑わいを見せている屋台の通りは、昨日と変わらず様々な声が行き交っており、楽しむ人たちでいっぱいである。

 そんな中一人歩く僕。

 手首とカバンにワンポイントのバルーン花のブレスレットをつけて歩く。

 素直に答えよう。恥ずかしい。

 効果あるのだろうか。

 本当に効果あるのだろうか。

 不安でしかない。

 気づくものなのか。こんな人が大勢いるなかで、みんな自分のことで忙しいはず。「見ていないようで見てる」と聞いたことがあるが、「見ているようで見てない」の言葉が今回は有力ではないか。

 むしろ奇異な視線をされるだけではないだろうか。

 いつものことだが、ひたすら悩み続ける僕であった。


「あ」

「あ」


 気がつくと知り合いとかち合っていた。

 背が低め、少し童顔気質の男性。

 そう。僕の真下の住人であった。


「お、おはようございます」

「お、おはようございます」


 挨拶だけして通りすぎれば良いのだが、そうすることをせずに、何故か立ち止まってしまう僕と男性。 

 その割には会話が始まらない。


「えっと」

「その、風船は君の趣味?」

「いや。これは部活の関係でちょっと……」

「そうなんですね」


 じっと僕の姿を見回すように眺めてから、どこか憐れむような表情になる階下の男性。

 とても恥ずかしい。


「まあ。頑張ってください」

「あ、はい」


 そう言って笑いをこらえるように口元を押えながら立ち去っていった。どうしようもない恥ずかしさと、どうしようもない悲しさが同時にこみ上げてきた。こんなことで勝手に折れたらいけないと思いつつも心は正直だ。

 立ち尽くしてしまう。

 いかんここで止まってはならない。道の邪魔になるからいけない。でもこみ上げてきた悔しさと悲しみを押し込めるので手一杯だった。


「あれ。どないしたん。数谷君やん」


 気がつくとテンちゃんさんがいつもより身軽な格好で、僕の姿を不思議そうに伺っていた。彼を女神のように見えてしまった。

 僕は静かに近寄り、みっともない顔を見せないよう下を向きながら、テンちゃんさんの肩に手を置いた。


「どないしたん」

「ちょっとそこのカフェテリアに寄ってもらってもいいですか」

「お、おう」


 肩に力を込めた手にテンちゃんさんは戸惑った表情をしたであろう。



 例のカフェテリアにて、部活の諸々の事情と自分の状況を事細かに説明した。


「それで立ち尽くしていたのかい」

「そうです」


 さっきのことを言葉にするのが苦しく、少しうつむいてしまう。


「ふーん」


 ジロジロと花のブレスレッド(バルーン製)を見つめる。

 それはそれで恥ずかしいのだが、まあ今は我慢をする。


「なかなか。いい出来をしているやん」

「あ、ありがとうございます」


 少しだけさっきの悲しみが和らいだ。


「でも。そうやな。厳しいな」

「そうですよね」

「自分らの部活の状況もやし、そして数谷君、君もや」


 思わぬ言葉に、面を上げてぎょっとする。

 テンちゃんさんは、コップに残っていたジンジャエールを飲み干すと、真面目な表情で話を進める。


「どういうことですか」

「まあ。状況が状況だから仕方ないし、今もたぶん監視がある状態だから、自由に動きづらいところでもあるから、一部はまあ無理があるかもしれないけど……」


 一旦言葉を切ってから、頭の中で整理をするかのように、少しずつ話し始める。


「知り合いに頼む作戦はまあ悪るうはない。実際お客さんを呼ぶのは知り合いからや。そこはええんやけど、今ちょっと自棄になっているかもしれんって言いよったよな」

「そうですね」

「それだと、たぶん警戒されて来ないんと違うん」


 軽く指さされた。想像していなかった指摘に、僕は考えこんでしまう。


「そういうのって、分かるもんですか?」

「分かる。とは言ってもみんな無意識やで。この人は今怖いから近づかんとこうとかなんて見知らぬ人にはそう明確に思うことはない。だけど無意識に近づこうとはせん。それこそ空気と同じか、無意識に避けるようになる」


 言っていることが精神論っぽく、大袈裟にいうとオカルトチックに聞こえてくる。


「それに、きつく言うことになるけど、数谷君ももうちょい強うならんと」


 グサッと刺された言葉に、深い痛みが走る。

 

「やはりそうですか」

「気づいていたんや」

「なんとなくです」


 さっきの事ですぐ折れてしまいそうな自分にまだまだ弱いと思っていた。それに周りの明るい人たちに対しての劣等感が少なからずあった。


「パフォーマンスする人たちは、人前に出たり立ったりする機会が多いよな。それはみんなが喜ぶいい面もあれば、笑われたり罵られたりすることだって普通の人よりある。だから、普通の人より強くならなあかん」

「……」


 ぐうの音もでない。


「でも大抵のパフォーマーは好きでやってるから、そこら辺の精神は持っていると思うけど、君はたぶん元々そっちの人間ではないんと違うん」


 真剣に話してくれるテンちゃんの考察。

 その通りであった。

 高校まで部活をやらずに来た人間だ。

 部活入部するまで、楽しさというのを探していた人間だ。

 

「とりあえず、これからするにしても、もっと堂々としないとあかん」


 違いない。あれだけで落ち込むのはパフォーマー云々よりも男性として弱すぎる。このままだと彼女に置いていかれるかもしれない。

 瞬間、胸が重くなるような恐怖が襲う。折角好きになってくれた彼女が去ってしまうようなこと。


「堂々とするのってどうすればいいのですか?」


 バカな質問かもしれない。でも悔しいままなのは嫌だ。


「完全にできるようになるのは、場数を踏むしかない。要は慣れだ。今回は特殊だけど、せめて堂々と歩き回るくらいしたらいい。そして必死になり過ぎずにや」

「堂々と歩き回る」

「イメージはできるやろ」


 できる。イメージくらいなら。

 堂々と歩き回る。猫背にならず、適度に背筋を伸ばして、肩肘伸ばし過ぎずに少しだけリラックスした形だと思う。


「たぶんできていると思います」

「じゃあ。それで大丈夫やろ」


 いつものテンちゃんさんの柔和な表情になった。

 ってわりとあっさりとオッケーを出すんだな。


「軽いですね」

「そうかいな。ワイは適当には言ってないで」

「……」


 その言葉の意味を僕は正確には理解できない。ただ悪い意味ではないと……思う。


「それじゃあ。ワイは行くで。あっ。そうそう君のシフトはいつ?」


 ガラッと椅子を鳴らして立ち上がる。


「え。あっ。11時から12時と16時から17時です」

「じゃあ。11時頃ならたぶん顔を出せると思うで」

「あ、ありがとうございます」


 僕は深く頭を下げると、軽く手を振って歩き去って行った。

 いつものテンちゃんさんじゃなかったな。

 しばらく彼の去った方向をおぼろげに見ていた。

 いかんいかん。ここでボケーっとしていたら、今までと同じのままだ。

 僕は立ち上がると、すぐにカフェテリアを出ていった。さっきほどの不安は消え、一歩一歩脚はしっかりと進んでいる。人目を気にし過ぎず、かつ必死にならず堂々と歩き回る。効果がなくても構わない。元々厳しいんだ。でも何とかやるしかない。そう思って面を上げて歩き始めた。

 そして数分後……。


「あっ。ふうせんをつけてるおにいちゃんがいる!」


 家族連れの女の子が、僕を指差してこっちを見ていたのであった。

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