『大学祭1日目!』その13
空は暗くなっていた。
だけど大学のメイン通りの方はまだ街灯や照明で淡く光っており、学生の賑わった声が響いていた。
今僕は一人だ。
明日も早いので、部活メンバーは作戦会議が終わると早々に解散したのだ。
いつもなら長い間目的もなく屯するのだが。
明日が明日だしな。
それで、僕はというと、とある場所で立ち止まっていた。メイン通りから少しだけ離れたところにある大きな建物、そして大きな石畳の広場がある、その場所の名は「ギャラクシーホール」である。
大学祭の最終日、つまりは明日。フィナーレとなるこの場所で数千人のお客さんが見る中で選ばれた団体のみしか出られないと話を聞いた。
今は人はほとんどいない。照明がポツポツとついているだけで、静かに佇んでいる。
だがそれも、明日になれば熱気と歓声が止まない場所と変わる。
一度でいいからその場所に立ってみたいと思った。
柿沢さんのステージみたいな熱気を感じてそう思った。
僕はじっと眺めた。
「いつか必ず」
そう言い放って立ち去った。
家に戻ると、ラインのメッセージ音が鳴った。
『今日は見に来てくれて本当にありがとう。きみのおかげで最高の歌を歌えた。メンバーもめっちゃ褒めてくれた。そして付き合ってくれてありがとう。これからよろしく。明日、カゲルの部活のイベント行くから場所と時間を教えてくれ。それで明日、またシフトが空いていれば一緒に回ってくれないか?』
今日の感謝とデートのお誘いだった。
今日から付き合うことになった柿沢さん。正直僕よりかっこよくて、歌も上手く、美人で僕と本当に付き合って大丈夫なのか不安になる。
それに実感がないのが事実だ。
なんというかどうすればいいのか分からない。
浮かれているわけではない。なんか分からない感じだ。
でも付き合ったばかりだから、明日もデートに行くべきなんだろうけど。
でも、できない。
明日は予定がぎっしり埋まっていた。
それもそう「人海戦術バルーンオタマジャクシズ大作戦!?」のためである。
僕はスマホを持つ指を動かした。
『いえいえ。こちらこそありがとうございます。それで明日の場所なんですけど、旧棟の地下一階でやります。時間は11時から12時と16時から17時です。それでちょっと明日は忙しいので予定が空いていないです。ですので、大学祭が終わった次の日にどこかでご飯を食べるでいいですか?』
ピッと送信する。
すると一分後ぐらいに、またメッセージ音が鳴った。
『そうだよな。忙しいよな。わかった大丈夫だ。デートは大学祭に終わってからにしよう。そのかわり明日そのバルーンだったかな。11時半くらいに貰いに行くからな!』
ほっと一息を吐いてから、僕はベットに仰向けに寝転んだ。
気分が落ち着き、そしてまた緊張し始めた。
気づいたのである。オタマジャクシズの面々に彼女の存在がバレるかもしれないこと。
本来隠す必要ないのだけど、少なからずいじられる可能性は大ありである。特にアヤメ先輩とエリ先輩は、常人以上に勘が鋭い。幸いその時間帯のシフトで二人はいない。耕次先輩と大介だ。可能性は低いと思うが、いじられるのは避けたいところである。
まあ。なるようになるか。
それよりも人海戦術だな。
「……」
スマホを眺めていると、悲しみがこみ上げてきた。
やばい。そういえば、部活のメンバー以外、ほとんど大学の友達いなかった。
そもそも連絡先があるのが……。柿沢さんと部活メンバーと家族を除くと。
小百合さんだけ……。
あんな風に言ってから、誘うのも無神経すぎるよな。いやでも友人だしな。友人ということで済んだし、結局友人だし。
でも、ここで連絡を途切るとそれはそれで気まずくなる気もする。普通に戻すなら時間を空けない方がいい気もする。
バルーンの練習を見てくれた人だ。だからせめて行く末くらいまで見てくれた方がいいのかな。
心苦しいような、胸がぐるぐる回るような不安に苛まれつつも、僕は少し指を震わせながら動かして文章を送った。
『明日のバルーン来てくれませんか?』
簡潔に伝えた。変に色々言葉を足さない方がいいと思った。
待つ時間が異様に長く感じだ。なんだか変にもやもやする。そんな気持ちのままベットに横たわっていた。
そして数分したら連絡が来た。
『いいよ。旧棟の地下だよね。行くよ』
案外簡潔に答えが返ってきて。再び安堵の息を吐いた。
よかった。
体の力は抜けた。とりあえず「人海戦術パート1」は何とか達成できたようだ。まあ誘う人間が少なすぎるのは悲しいけど、それでもゼロよりはいいか。
少しの達成感を覚えつつ、明日の不安を抱えつつも、僕は明日のために早く寝ることにしたのであった。
時は少し遡り。
「私たち。いつかここに立ちたい」
「そうね」
アーヤと一緒に偶然立ち寄ったこの場所、ギャラクシーホール。
静かに佇むその姿は荘厳という響きがふさわしいのではないだろうか。
ここの会場には観客として一度入ったことがある。
大学とは言えない設備の数々と客席の多さ、そしてステージの大きさ。どれをとってもたぶん人生でそうそうお見えする舞台ではない。そんなステージが頑張れば届くかもしれない位置にある。
「私たちが卒業するまでに、チャンスはあと二回」
「それまでに消えないでよ」
「もうその冗談はやめて。絶対に消えないから」
「そうだね。消えたら許さない」
アーヤの口元は笑っていつつも、目は真剣そのものだった。
私も決して冗談でもなく真剣だった。でもそれ以上にアーヤの目に宿った炎は、畏怖するものがあった。
私はそれを真摯に受け止める。
「消えないよ。絶対。夢が叶うまで私は死ねない」
力強く拳を握る。
「そう」
真剣に受け止めてくれたのか、それ以上は訊いてこなかった。
静かに横に立ち、ギャラクシーホールを一緒に眺めた。
「じゃあ。取り敢えず。明日頑張ろう。バルーンに集中してね」
「そうだね。って?」
私はアーヤを凝視する。
彼女はなぜか遠い目をしている。何。とても怖いんだけど。
「ジャグリングやりたい気持ちが溢れ出しているのが丸わかり。顔前面に書いている」
「ええ!?」
私は頬を両手で押さえる。そしてカーッと顔の温度が上がる。
その様子を見てくすくすと笑うアーヤ。本当に本当にもう。
でも、たぶんアーヤも。
「まあ。今回はわたしも同じ気持ちだよ。早くジャグリングやりたい」
「やっぱりそうなんだ」
今回は何となく分かった。
ギャラクシーホールを眺めているアーヤの表情がそう見えた。
「でも、明日は、なんとしてもお客さんを呼び込まないと。不遇なままで終わりたくない」
「そうだね」
「で、隣の部活とは仲良くなれたの?」
「そうだね。仲良くなれたと思うよ。特に『渕名麻美(ふちなあさみ』さんとは何か気が合いそうだったよ」
「もうフルネーム聞いているし、このコミュニケーション能力の高さは驚かされる」
「でも、あとから作戦を聞いたとはいえ、何か打算的に仲良くなったような感覚になるんだけど」
「でも仲良くなってる感じ的に、そうには見えなかったんだけど……。それにあとから聞いたんだから大丈夫」
「そう?」
「そう」
アーヤにそう言われるとそうじゃないと思うけど、作戦のために協力をあとからいうと何か気が引けるというか、なんだかな。
良心が疼くのがわかる。
「それにもう一人の女性の薫さんは私に敵対心むき出しだったんだけど」
「仕方ないでしょ。あの人はてるやんファンなんだよね。てるやんと絡んでいる姿が気に障るんでしょ。女性的な嫉妬でしょ」
「それ。怖くない!?」
「大丈夫でしょ」
「いやいやいやいや」
軽く手を振る。
その確信はどこから来ているのだろうか。適当に言っているよね。嫉妬ってとても怖いはずだよね。
「心配性なんだから」
「他人事のように言わないで」
ハハっと笑うアーヤにジト目で攻撃を仕掛けるが、すぐに躱された。
「明日頑張ろう!」
「ああ! ちょっと待って!」
笑いながら走り去るアーヤを、必死に追いかけたのだった。
『大学祭2日目!』に続きます!




