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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『大学祭1日目!』その12

「オタマジャクシズ」その文字が見つからないことに、戦慄が走った。


「マジか」

「これは穏やかじゃないね」

「うむ。由々しき事態だ」

「これはちょっと」

「なんでないんすっか」

「あわあわ」

「……」


 僕は言葉が出てこなかった。こういうことをされるとは夢にも思わなかった。


「日暮顧問。どうにかならなかったのですか?」


 発言したのは、カスミン部長でもアヤメ副部長でもない。比較的温厚な女性のリナだった。日暮顧問は眉毛をハの字に曲げた。


「すまない。大学祭はほぼ部統会が運営している。教授は声を出さないという暗黙の了解がある」

「何ですかそれ!」


 リナ……。

 がらがらと乱暴に椅子を蹴り出して、立ち上がり、獣のように睨みつけるリナ。ピクッと震える顧問。ぎゅっと唇を曲げて、きつく縛るリナの必死の形相に一同言葉を失う。

 

「リナ落ち着いて」


 カスミン部長がリナに近寄り、肩に手をかける。

 リナはぎゅっと閉じていた口を少し開くと、瞳の力を抜きながら「すみません」と一言謝り、静かに座り直した。部長はリナ何かを耳打ちすると、リナは少し表情が落ち着いた。

 アヤメ先輩は、じっとリナに目を合わせて話を続けた。


「その気持ちがわからないこともない。でもここで指を咥えたままいるわけではない。そのために今から作戦を言います」


 アヤメ先輩はこの空気を振り払うように、ホワイトボードに大きく書いていった。


「題して、『人海戦術バルーン練り歩き作戦!』」

『人海戦術バルーン練り歩き作戦!?』


 見事なハモりであった。

 それはさておき、人海戦術ということは人を使うこと。且つ、自分達はバルーンをキャンパス内で作って歩き回るのだろうか。でもそれだと監視している人に気づかれるような。

 色々疑問がつきない。


「どういう作戦なんすっか?」


 カメケンが目を輝かせ、テーブルから身を乗り出す。


「まず私たちのやることはシンプル。私たちはバルーン作品を身につけて歩くだけ」

「ん?」


 思ったより内容が簡単だった。

 でも効果はあるのだろうか。


「それだけでいいのか?」


 案の定、耕次先輩が僕と同じ疑問点を突いた。

 

「みんな同じ疑問を持ったと思うけど、これは、言えばその中の1つというやつ」

「ほう。ということはその他にもあるのだな」

「そう。それはあとで説明するから、とりあえずカスミン。準備できた?」

「はいはい」


 いつの間にか後ろにいたカスミン部長が走って壇上に現れた。


「はい。バルーンコーデです」


 カスミン部長が堂々と立ったその姿。

 と言っても、バックと手首にバルーンで作られた赤い花びらに中心が黄色の花のブレスレットがあるだけであった。


「おおお……」

「おお!? 何か地味だな」


 てるやん先輩の素直な一言。


「と言っていますが、アヤメ?」

「でもこれ以上コーデすると監視の人から悪目立ちする。本当は首からハートのバルーンをぶらさげようかと思ったんだけど」

「やりすぎかもな。人によっては違和感があり過ぎる。特に俺とてるやんは気持ち悪いだろ」

「おいおい。俺はいけるだろ」

「アフロにアロハシャツにクロックスにバルーンを足したら、それこそ情報量がキャパオーバーでござる。一周回らずともドン引きでござる」

「ぬお!?」

「プッ」


 メグが口を押えて必死に笑いをこらえている。

 確かにあの二人がハートのバルーンをつけて歩いたら、知ってる僕でもちょっと距離を置くかな。


「それで! バルーンを装着した上でどうするんすっか!?」


 もう半立ちの状態で食いつくように見るカメケン。

 こっちはこっちでテンション上がりまくりか。


「キャンパス内を歩いてもらい、興味があった人を誘導する」

「おおー。ん?」


 カメケンの頭にはてなマークが出現する。

 何となくアヤメ先輩の考えが読めた気がするが、そううまくいくのだろうか。


「バルーンは確かに珍しいですけど、興味を持って話しかけてくれる人なんているんですか?」


 僕はぬっと手を上げて、疑問を投げかけてみた。

 アヤメ先輩とカスミン部長は腕を組み、ムフフと妙な笑顔を見せる。


「います。子供です!」

「なるほど」


 メグがフムフムと頷く。


「少なくとも、小学生ぐらいの子供なら、バルーンの装飾を見れば注目するとは思うよ。そこはあとは話術でここまでつれてくるようにする戦法」


 アヤメ先輩は軽く人差し指を立てる。

 作戦は何となく理解した。

 でもこの方法は口では簡単だが、やるのはかなり難しいのではないか。監視されている状態で、あくまで自然な会話をしてから誘導する。僕らにとってはなかなかハードルが高い気がする。

 すると耕次先輩が壁からムクッと背中を離す。


「理屈はわかる。ただ。大人間近の人間が、子供を誘導して連れていく方法を堂々と言うのってどうなんだ?」

「ああ。そこね。言い方が悪く聞こえた?」

「いや。まあその……。なんだ……」


 耕次先輩は次の言葉を濁した。

 一瞬、論点がズレているようにも聞こえた。

 でも少し頭を回すと、そう捉えることもできなくもない。監視の目がある以上、歪んで解釈される可能性もある。危険性を考えての問いだろうか。


「心配しないでいいでこざる。ここに大きい子供がいるでござる」

「確かに俺は大人と言うには……、って酷くね?」

「プッ」

「それに見た目は子供、頭脳はアレの人もいるし」

「な!?」

「プップッー」


 容赦のないエリ先輩は二人を指差し、てるやん先輩はぎょっと身の毛を立たせ、顧問はあんぐりと口を開いた。

 メグがはまた吹き出すって、案外一番酷いのはメグじゃないだろうか。

 そんな茶番の最中、アヤメ先輩が言葉を詰まらせ眉をひそませていると、カスミン部長が一歩前に出る。


「耕ちゃんの言い分はわからなくもない。じゃあ家族連れの子供にすればいいんじゃない?」


 カスミン部長の提案に、耕次先輩は唸る。  


「……うーむ。なるほど」


 確かに家族連れなら、その危惧は回避できるか。

 ただ……。

 さらなる不安と疑問を覚えたが、何とかその言葉を閉じ込めた。

 これはもうそれを気にしていても仕方ないのかなと思ってしまった。状況的にも時間的にも。

 変な悟りというのか。

 バルーンを身に着けて引き付ける作戦。確かに色々不安な点はある。だけど前向きにするのがいいのではないかと、ふと思った。

 柿沢さん。もといツバ……。いやまだ名前では呼べないな。

 ひとりでに顔赤くなりかけつつも、何とか自然体に戻す。

 柿沢さんのお陰かも。


「とりあえず。色々不安はありますけど、その格好になって歩き回るでいいんですか?」


 僕は徐に手を上げてそう言った。

 するとみんな目を丸くしていた。


「どうしたんですか?」


 僕がみんなを注視すると、各々反応があがる。


「なんか妙に積極的だな……。いやでも、あん時もそうか」

「そうでござるね」

「うぬ」

「カゲルって時よりキャラ変わるよね」

「本当。絶妙な時にやる気を出すよね……」

「カゲル! どうやるのかわかったんすか?」

「はあ。やるしかないの……かな」

「君ってそんなキャラなの?」


 皆さん僕のことをどういう風に思っているのやら、特に顧問まで。

 アヤメ先輩とカスミン部長は二人揃って、自立した弟の成長を喜ぶような遠い目線を向けてきた。

 こそばゆい。


「そうだよカゲル。注意してほしいのは、なるべく話しかけられてから行うように。受動的にね」

「例えばキャッチャーみたいに積極的に来られるのも嫌でしょ。それに監視の目もあるし」


 カスミン部長からのアヤメ先輩の補足。

 確かに過去にビラ配ったとき結果は散々だった。その上状況が状況だ。


「難しいな。効果がないかもしれない。でもそれしかないか」


 耕次先輩も完全に心の引っ掛かりはあるが、組んでいた腕を解放して、これ以上の問いを止めるのを表した。


「耕ちゃん。心配しなくてもいいよ。言ったよね。これだけじゃないって。あともう1つあるから」


 そう言うとアヤメ先輩は先程のパンフレットを指差してこう言った。


「今回パンフレットに書かれなかったのは私たちだけではない」


 その言葉の意味を僕はおぼろげに理解した。 

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