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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『大学祭1日目!』その11

「小百合さん。いるんですよね」


 少しの沈黙の後、ザッと砂を擦る音が聞こえた。


「……あれ。バレてた」


 道の角からひょっこりと顔を出してから、変に腰を低くしながら登場した。

 おちゃめに軽く舌を見せる。

 相も変わらず、可愛い。


「で、早速浮気でもするの?」

「しない。そんなこと。柿沢さんに失礼だよ」

「君が真面目でよかった」


 ほっと息をつくその姿は、自然であって自然ではない。今そんな風に見えてしまった。


「単刀直入に問うけど、全部知っていたんだよね」


 小百合さんはいつもと変わらない表情のまま、僕を正面に捉えて立った。


「知ってたんだ」

「そう……だね……。怒ってる?」


 怒って……はない。どっちかというと心に空洞ができたような虚無な感じだ。


「それはない。でも」

「でも?」


 そしてあとからやってくる息が詰まるような、胸が詰まるような苦しい感覚。あなたに聞いたら今までの形が壊れていくかもしれない。


「でも、疑問はある」

「そうだろうね」

「そして」

「そして?」


 今しか問えない。そう……。もう二度と話をしなくなるかもしれないから……。

 僕は今一度、目を閉じた。そして、大きく息を吸うと同時にクワッと目を見開いた。


「そして勝手に決着をつけさせてほしい」

「……」


 小百合さんは眉一つ動かさない。


「僕はあなたのことが好きでした」


 会ったときに一目惚れ。理由なんてない。ただ第一印象だけの一目惚れ。


「うん。知ってた」


 秋に落ち葉が枯れるように自然に答える。 


「でも君は、気づいていて、僕と柿沢さんを引き合わせる手伝いをした」

「半分はそう。でも半分はあなたたちで決めたこと、私は手助けをしただけだよ」


 控えめだ。謙虚の表れか、それとも踏み込まれないようにする表れか。

 だが言っていることは、その通りだ。僕は柿沢さんと自分の意志で付き合うことを決めたんだ。その気持ちに嘘はついていない。でもあの時、後押ししたのは小百合さんじゃないだろうか。

 

「でも、私が気づいたことに、いつ気づいたの?」


 小百合さんに感情の起伏が一つも見えない。

 それでも僕は話を続ける。


「確信を持ったのは今日かな。あなたが露骨にいなくなった時。それ以前にも疑問点はあった。ババ抜きの時の二人で話に行ったあとの柿沢さんの違い。そしてもうひとつ……。僕が好きな人がいることに動揺が少なかったこと。付き合うことになったのはそのおかげでもあるんだけど」

「彼女の本心だよ。それは」

「そうだよね」


 今まで好かれることなんてなかった。だからそう考えてしまった。でもそれは野暮ってものか。


「それで、カゲルが本当に聞きたいことは何?」


 少し首を傾げる小百合さん。

 当然見透かされている。表情も変わらない。たぶん僕とは次元が違う領域なのかもしれない。はぐらかされるかもしれない。でも訊くしかない。


「小百合さんは今どういう気持ちなの?」


 彼女は瞬き一つしなかった。

 そう。そこだ。

 小百合さんの微笑みに助けられた。元気にもなったし励まされた。だから疑いたくはない。でも今の僕の考えだと彼女の考えが読めない。好きだと分かって仲介人を担った。それはどういう心情なのか。僕にはわからない。

 ただのお節介なのか、それとも僕を弄んでいたのか……。

 この質問は僕のエゴだ。自分が納得するために。そんな身勝手なことをしているのは分かっている。でも教えてくれ。


「カゲルに彼女ができて素直に嬉しいよ」


 いつもと変わらない微笑み。

「それが本心か」と問える度胸があればいいのだが、やはり疑いたくないのか、それ以上問えない。


「ちなみに君のこと男性として好きとかは思わないよ。だってどっちかというと弟っぽい」

「……それは子供っぽいのか」

「そんな感じ」


 心臓の鼓動は落ち着いたが、じんわりとくる痛み。

 悪気はないとは思う。


「でも」


 一度言葉を切った。

 そして、初めて小百合さんは目の色を変えた。


「嫌いなら、今ここで会話なんてしないし、そもそも恋のキューピットの役割なんてしない」


 一瞬だけ見せた。見開いた目に締まった声と、拳を震わせ伸びきった腕が表す彼女の感情。

 僕の中途半端に残ってた疑念が、全部消しとばされた。


「友人。少しお節介な友人。ただそれだけ」


 いつも通りの微笑みに戻った。

 彼女の普段通り、そしてこれからもその姿勢は変わらないという意志の現れに見えた。

 友人……。僕の友人……。そうか。

 それでいいのか。友人が手助けした。ただそれが女性だっただけ。

 それ以上難しく考える必要なんてないのか。 


「わかった」


 僕は一言、そう言った。

 これ以上の詮索はできない。

 そう言いきってくれた。だから信じるのが友人としての務めだ。


「ありがとう」


 僕は告げた。

 彼女はただ笑い、そして一言。


「ありがとう」


 と告げた。





「ではこれから、作戦会議を行います!」


 バンッと教壇を叩き、前のめりで話し始めたアヤメ先輩。

 

 18時過ぎ、控え室で行われているミーティング。

 教壇に立つカスミン部長とアヤメ副部長。そしておまけの顧問。そして各々の席につく部員の面々である。

 全然お客さんが集まらなかったことに、会が暗い雰囲気になると思ったが、全く違っていた。


「何だ? 何だ? 何だ? 何が起きるんだ?」

「もう何が起きても大丈夫でござる。聞きたいでござる」

「ほう。今回はどうする予定だ?」


 二年三人組が端で揃って興味津々に耳を傾けている。

 一年も言葉は発しないものの、じっと前を注目する。


「とりあえず、状況を説明するために資料を渡すからざっと目を通してくれる?」


 部長が言うと、顧問がせっせと僕たちの前に資料を渡してくれた。

 何かの作戦資料かと思ったが、少々毛色が違った。

 カラフルな表紙で装飾されたしおりであった。


「これは、学校のどこにあったのですか?」


 リナが手を挙げて質問すると、アヤメ先輩は少し気が滅入った表情で答えた。


「大学の門の入り口の受付にあったよ」

「……」

 

 一瞬の沈黙が流れ、そして……。


「えっ!? 知らなかった」


 リナの一言を皮切りに、各々「知らなかった」と呟いた。


「そうよね。私たちにも伝わってなかったし。でも考えれば受付にあるという発想には至るよね。こういうのは」

「ええ! そんなものなのか?」


 てるやん先輩だけ驚いている。

 たまにわざとではないかと思うけど、たぶん素なんだろう。

 でも言いたいことは理解できる。僕は諸々の事情でいかなかったんだけと……。

 いや待てよ。それがあればどこに屋台があるのか理解できたんじゃないのか……。

 自分の頭の悪さに、羞恥心が襲ってきた。


「まあ。その点はいいとして、問題は二つある」


 アヤメ先輩の緊張感ある話し方に、場の空気がピリッとする。


「まず一つ目。実はこれ。私たちには本来渡らないようになっていた」


 いきなり言っている意味が理解できない。 

 受付にあるって言っていたのに、渡らないってどういうこと。


「順に説明するね。もう気づいている人もいるけど、私たちは部統会に監視されている」

『えええええ!?』


 てるやん先輩と大介、そしてメグとカメケンが驚いていた。

 なんというか、ほぼ予想通り。

 でもてるやん先輩は話を聞いているはずなのに……。もうわざとだろ。


「仕方ない。部統会に目をつけられるとはそういうことだ」


 冷静さな耕次先輩は腕んだまま、壁にもたれる。


「ということは、私たちが受付の近くを通ると取れないようになっているということですか?」

「ご名答。だから私も直接そこから貰ってないよ。友達に協力して集めてもらったの」


 さらっと言ったが、その人脈の広さに行動力の速さに感服するしかない。

 

「そして、もう一つの問題。この部活紹介のページ」


 アヤメ先輩が僕らに見えるように開いて示してくれた。

 ページを僕は捲る。

 そこにかかれていた部活紹介ページ、どこにどの部活が何のイベントをやっているかが表記されていた。

 当然、自分たちの部活も紹介されているのかと自然と目を動か。だが……。


「え。ない」


 真っ先に悲鳴に近い声を上げたのがメグだった。

 彼女を一瞥し、再度目を落とし隈なく探してみた。全ての欄を指で差すほど丁寧に。

 だが……。


「オタマジャクシズ」の文字はどこにもなかったのだった。

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