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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『大学祭1日目!』その9

 時間は15時50分。

 ほぼ終わり。

 人がほとんどいない。いるのはブースの人だけであった。

 ちなみに唯一盛り上がっているのは、隣のボードゲームサークルである。

 エリを筆頭にメグ、リナ、大ちゃん、カメケンが仲良く楽しんで遊んでいる。耕ちゃんは苦手だからという理由でどこかに行ったようだ。

 向こうの筋肉質な男性は若干凹んでいたようだった。

 私たちのメンバーがお世話になってるということて、そこの責任者に挨拶をしにいった。

竹光洋一(たけみつよういち)」さん。私と同じ二年生だそうだ。話しやすく、落ち着いた感じの男性であった。

 あと何かと苦労体質らしい。ちょっとだけ親近感が湧いた。


 バルーンを貰いに来たのは、隣の部活の小柄な女性一人だけ。

 案の定てるやんからしか貰わなかった。

 ちなみに四種類すべて、貰っていったのである。

 本当は一人一種類のつもりだったんだけど、状況的にそれを許可した。女性の視線を加味した結果である。

 てるやんは想像以上に戸惑っていた。だが会話を始めるとやはりというか、みるみる自分の世界を作り出していった。

 それに食い入るように見つめる女性は、とても満足な表情をしていた。

 暖かい気持ちをもやっとした膜が包む。

 気にしたところで、私にファンが来ることはない。

 今はこの残り10分のシフトを完遂しよう。それだけだ。

 それよりも、今はこの現状に対策を練らないといけない気がした。


 そう。人が少なすぎる。


 いくらなんでもおかしい気がする。

 知名度が低いから、私たちの部活がわからないのも確かだけど、他の団体も来ていない。ここまで来ないものだろうか。

 これが終わったら、手がかりを探してみよう。

 そしてもう一つの不安事、杞憂かもしれないが、不安事。


 ここに来てから、カゲルが一言も話していないこと。


 彼がよく話すかと言われると、違うのだけど、ただ無言になることもなかった。

 いつもならてるやんのちょっかいが入るから、何かしらの反応はあるのだけど、ファンの女性につきっきりの状態だからそれもない。

 気になる。

 ちらっと彼を見てみる。

 静かな横顔と言えばいいのか。暗いわけではない。ボーッとしているようにも思えない。考え事をしているように思うんだけど。


「か、カゲル?」

「……。あ、はい! どうしました?」


 気がついたら声をかけてしまっていた。

 しまった。次の言葉を考えていない。

 何とか頭を巡らせて、言葉を絞り出す。


「きょ、今日はどこか回ったの?」

「……。そうですね。屋台を何件か行きました」

「そ、そうなんだ。どこの?」

「焼きそばとたこ焼きですね」

「そう。美味しかった?」

「それなりには、ですね」

「そう」


 それなりか……。

 学生の作る食べ物だから、特段美味しいというわけではないからかな。


「部長はどこか行きました?」

「わたあめ食べたのと、ちょっとダンス部を見に行ったかな」

「そうなんですね」


 静かになる。

 隣ではてるやんと女性が、その隣のサークルでも賑やかなはずなのに、私とカゲルの間だけ、空間が隔絶された如く沈黙が漂う。

 どうしたものか。

 どうしようものか。


「ああ! どこにいるのかと思ったらこんなところで油売ってた」


 通る声で奥から現れたのは、アーヤだった。


「あ、やば!」


 メグが慌てて隣のブースから飛び出し、大介は後ろから恐る恐る出てきた。

 アーヤは腕を組んでじっと二人を見下ろす。


「学祭を楽しむのはいいけど、一言連絡だけでもしてほしいところね」

「すみません」

「すみません」


 大ちゃんとメグが揃ってペコリと頭を下げる。

 二人の姿をじっと見てから、パッと腕を手解いた。


「まあいいよ。近くにいたから大丈夫だと思ったんだろうから」


 後輩二人はほっと息をついたのだった。

 三人揃ってやって来た瞬間、アーヤはぎょっと目を丸くする。


「てるやん。その人は」


 アーヤの問いに、てるやんは動揺するかと思ったが、もう慣れたのか普通に答えた。


「おう。なんかファンらしい」

「そうです! 私はてるやん大先生のファンです!」


 友達を紹介する感覚で話すてるやんと、跳ねるように言うファンの女性。

 しかも豪華すぎる敬称が異常さを加速させる。

 アーヤは驚きの色を隠せずに目を丸くしたままである。一部始終は見ていたものの、ここまでの適応に私を含め、メグも大ちゃんも驚くしかなかった。

 隣のカゲルだけ静かなままだった。


「わかった。とりあえず交代ね。成果は?」

「まあ。一人だね」


 私が視線を小柄な女性に移すと、アーヤは全てを察したように頷いた。


「てるやん大先生。ボードゲームで勝負してください」

「おう。どれでだ?」

「まずはオセロで!」

「おう! おうおう?」


 ファンの女性に引っ張られるように連れていかれるてるやんだった。

 彼が振り回される姿は新鮮であった。


「お疲れさまでした。18時には戻ってきます」


 カゲルは淡々と告げて、小走りで去っていった。


「珍しいことが起きてる」


 アーヤは走り去るカゲルと連行されるてるやんを交互に見ながら、私の後ろで準備を始める。


「いやでも、てるやんなら予想はできたかな」

「そっちはね。でも、カゲルはなんかあったの?」


 察知力に定評があるアーヤは、彼の違和感をすぐに見抜いていた。


「なんかあったのかな。落ち込んでいるには思えないけど、でも何か考え事をしているような」

「そう。まあ。悪い感じはしないけど」

「そうなの? なんで?」

「勘」


 スパっと言い切るアーヤ。あなたの勘はもはや確信なのではと思いたくなるんだけど。


「あー。退屈な店番か」

「メグ。それは言っちゃだめ」

「う。わかったよ」


 隣でぼやいているメグに対して大ちゃんが叱咤している。


「珍しい光景その三!」

「明日は荒れるかな?」


 アーヤの少し感情がこもったそのぼやきを私は聞き逃さなかった。


「それでアーヤ? 私の再三の連絡に反応示さなかったことを棚にあげて、後輩への連絡忘れの注意に関して、弁明ある?」

「ギクッ」


 露骨に体の動きが止まって、ロボットのようにぎこちなく首を動かして、腕を組んでいる私を見る。

 本当に感情表現が豊かになったことで。


「まあ。どうせあとで話をする予定だったし。それで勘弁してくれる?」

「……仕方ない。それでいいよ」

「ありがとう」


 アーヤが混じりけのない笑顔に、胸がドキッとしかけた。

 いけないいけない。軽く首を振って変な感情を払い落とす。


「カスミンはこの後どうする?」

「んー。予定なくなったから、暇になったんだけど」


 アーヤは何か掴んだのであれば、私が探す必要はあまりないのかな、と思った。もっとやるべきなんだけど、下手に動いて目をつけられすぎるの危険もあるし、部統会の連中だから。

 弱気すぎるかもしれないけど。


「そしたら、隣のサークルで遊んで来たら? ボードゲームやりたいんでしょ?」

「え?」

 

 面食らってしまう。そんな顔していたっけ。いやしていないはず。


「言っていたじゃない。面白そうって」

「ああ」


 昨日の言葉ね。それでね。

 本当油断ならない。まあ気になっていたのは確かだし。


「そうだね。そうしようか」


 私は素直に頷いたのだった。




 場所は変わって。


 何とか間に合った。

 それにしてもものすごい人がいっぱいいる。有名なんだろうか。

 空に茜色がさし始めた屋外ステージのある広場は、人で埋め尽くされていた。できることなら前方で見るのがいいんだけど、この人混みを抜けることはできるのか。

 いや。約束した以上、出来ることなら柿沢さんが視認できる位置にはいないと。

 僕はぎゅっと力を込めて、人混みに突っ込んでいった。


「すみません。通ります」


 手を前に上げて、声を駆使してかき分けるように少しずつ前に進んでいく。

 次第にステージが大きくなってきた。もう少しもう少し前に……。


「おおお!」

「わあああ!」


 急に会場が沸き立ち、みんな腕を大きく上げて手を振る。それによりもうこれ以上前には進めない。

 人と人の隙間を探して、ステージを確認できる場所を探す。


「わああああ!」


 また会場が湧き上がり、前の人達がせり上がる。

 何としても見える場所を見つける。


「あっ! カゲル!」


 どこからかともなく、僕の名前が聞こえる。どこから……。


「さ、小百合さん?」


 少し前で手を振っていた。なんでここにいるんだ。いや今はそんなことを考えている暇はない。

 僕は強引に人の隙間に体をねじ込んで進んでいく。すると小百合さんがぎゅっと僕の腕を引っ張ってくれた。

 バランスを崩しかけながらもたどり着くと、ステージがはっきりと見えた。


「小百合さん。なんでここに?」

「私も、聞きに来たの。柿沢さんとはまあ一緒にいた仲だし。ね」

「は、はい」


 彼女のウインクに見惚れかける。いやいや、今は違う。いやか、か、か、いんだけど。今は違う。

 ギュッと自分の腕を掴んで気持ちを落ち着かせる。そして顔を上げる。

 直後、ある一点に視線が吸い込まれた。

 ジャラジャラとしたチェーンと、派手にセットした髪型、いつもよりワイルドになった柿沢さんが、ぎこちない足取りでステージ下手から現れたのだった。

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