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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『大学祭1日目!』その8

 一人控え教室に戻った私。

 当然、誰もいない。

 私は真っすぐに歩いて、自分の荷物を開き、ビーンバックを取り出した。

 ギュッと手の形が残るほど握りしめる。

 大学祭……。

 みんなと回ったりして、食べたりするのが、楽しいものだと思っていた。

 だけど違った。

 やっぱり人前で演技したい。演技してあんな風にみんなを喜ばせたい。

 バルーン配布もあるのに、そんなことを考えるのは、自己勝手なのかもしれない。でもあのダンス部の演技を見てしまったら、私の演技欲が止まらない。

 三つのボールを右手に抱え、ヒュッとボールを投げ上げて、始める。

 流れていく軌道を眺める。荒ぶりかけていた気持ちが、ほんの少し落ち着いていく。だが同時に別の感情が湧き上がってくる。

 軌道を変える。力が入る、それでも絶対にボールを落とさない。それ以上に難しい技に挑む。

 コロッ……。

 私の手からボールが滑り落ちた。

 コロコロと床を転がっていき、扉の目の前でコツンとぶつかって止まった。

 拾いに行こうとすると、目前で扉がガラガラと音を立てながら開いた。

 そして伸びてきた手が、そっとボールを一つ拾う。


「部長。練習ですか?」

「え。そうそう。ほら、最近、あまり練習できていなかったからね」

「ああ。そうですね」


 眼鏡が特徴の彼は私の手にボールを静かに渡してくれた。


「早いねカゲル」

「そうですね。ちょっと大学祭を回れる気持ちじゃなくなって」

「そうなんだ。私と一緒だね」

「そうなんですね」


 彼はそう言って、サッと歩いていき、椅子に座った。


「……」

「……」


 何となくいつもと違う感じがした。

 どうしたのかな。いつもならあと二言ぐらい言いそうだけど、何か嫌なことでもあったのかな。


「あとカスミン部長!」

「はい!」


 前を向いたまま言うから一瞬ビックリした。

 するとゆっくりと私に振り返った。


「バルーン配布が終わった後、集合って何時ですか?」

「え!? ああ。18時だよ」

「そ、そうですか。わかりました。その頃にここにいればいいですか」

「あ。うん。大丈夫だよ」

「ありがとうございます」


 彼は前に向き直った。

 やっぱり、いつもと違う気がする。でも落ち込んでいる風には見えない。

 ど、どうしようか。

 しばらくの間、彼の後姿をじっと眺める。

 うーん。厚かましい先輩なのもどうなんだろう。

 気になるけど。


「ん。どうかしました?」


 私の視線に気が付いたのか、振り返るカゲル。


「いや。別にゆっくりしてていいよ」

「あ、はい」

「あと私は、ジャ、ジャグリングしてていい?」

「え、いいですよ」

「あ、ありがとう」


 私は壁に向いて、ボールをまた握りしめる。

 今はカゲルに深く問いかけるのはやめておこう。

 練習を再開する。


 ポン、ポン、ポン、ポト。

 ポン、ポン、ポン、ポト。

 ポン、ポン、ポン、ポト。


 集中できない。

 私のメンタル弱すぎ。さっきあんなこと思っていて何でこんなに気になるのだろう。

 いけないいけない。こんなことでメンタルが落ちたから、私はあんな失敗をしたんだ。

 ぺチンと顔を軽く叩く。

 じーんと熱くなっていく頬が、私の迷いを消えさせた。

 よし。

 私はボールを投げ上げた。

 入った。これならいける。これならたぶん。


「うおっしゃー。元気か!?」

「ッ!?」


 部内のお騒がせ人間がバンッと扉を開いて現れた。

 ボールを全部落とし、バラバラに床に転がっていく。

 イラっとした感情とホッとした感情が両立するという気持ち悪い感情のまま、彼を眺める。


「どうした?」

「いや?」

「何もないです」


 てるやんに察知されるのは癪だから、澄ました表情をする。


「というか早くね。まだ30分もあるぞ」

「いやまあ。何となく」

「そうですね」

「ははーん」


 少しだけ生えた髭をじょりじょりと掻きながら、にやにやとしながら、見つめる。


「わかった。バルーンが心配だから落ち着かなくなって来たんだろ。心配するな。俺は全くできんが元気だぞ!」

「プッ」

「クッ」


 自信満々で、全くできないけど元気って、よくもまあ胸を張って堂々と言えるね。

 ムードメーカーには敵わないな。


「まあ。そうね。一番下手のてるやんが言ってるし、私が心配するまでもないか」

「てるやん先輩。ちなみに今から練習するんですか?」

「ん!? しない!」


 カッカッカッと雄叫びを上げるように笑う。

 こんな姿を見てしまうと、色々馬鹿らしく思えてきた。

 そう簡単にあの気持ちを捨てることはないけど、もやもやは少し癒えた。


「人生楽しんだもの勝ちだ! 明るい方がいいだろ! 俺ら的にも、客的にもよ!」


 ……それもそうか。

 私の気持ちも、他の人から見たら関係のないことだ。

 気持ちが整理できてないから暗いです、なんてことはあってはならない。


「そうだね」

「そうですね」


 私は微笑んだ。

 カゲルは表情が和らいだ。

 ムードメーカーは、しっかりと役割を果たしてくれた。

 なら私は次に向けて全力を尽くそう。

 そう決めて、私は二回目の配布に挑むのであった。



「おおお!」


 人通りがほとんどない建物で響いた歓声。

 私たち三人は声が聞こえた方に少しだけ歩くスピードを速めた。

 角を曲がってみると、正面に少しだけ人だかりができていた。

 私たちのブース辺りだ。

 ということは、ちょっとは繁盛しているのだろうか。

 淡い期待を抱いてみる。

 だが、その期待は風の前の塵の如くすっ飛んでいった。


 私が朝居たときはまだ隣のブースは空っぽだったはずが、今は青いブルーシートが敷かれ、沢山人が集まっていた。

 そしてそのうちの約半分はうちの部員であった。


「おお!」


 再度沸き上がる歓声。


「勝ったでござる!」


 褐色気味の腕を挙げて喜ぶエリの姿と、負けてへこむ見知らぬ女性の姿があった。


「凄いです。エリ先輩!」


 エリ以上のテンションで拍手を送るメグに、目を開いて驚く大ちゃん。

 そして、シフト組の三人、耕ちゃん、カメケン、リナもテーブルから体ごと身を乗り出して眺めている。

 全く別のことで盛り上がってる状況に、困惑しつつも、私は静かにその中心を眺める。

 人だかりの中心に見えたのは、茶色と白の市松模様が綺麗なボードと、白と黒の駒群。

 チェスだった。


「あー。勝てると思ったのに、最後の詰めを見誤った」


 エリの対面の女性は前髪を持ち上げて、心底悔しそうにチェスの駒を直している。


「そこは、助かったでござる。でもそのミスが無かったら、たぶん負けてたでござる」

「あー。悔しい! もっかいやらせて!」

「いいでござるよ!」


 仲良く話している二人を見て、とても羨ましく思えた。


「おうおう! 何か盛り上がってるな!」


 てるやんが即、中に入っていく。


「おう。来たでござるか。てるやん大先生でござる!」

『大先生!!?』


 エリの放った敬称が、「オタマジャクシズ」の面々7名とボードゲームサークルの面々であろう3名が一斉にてるやんに視線を集めた。


「お、おう!?」


 流石のてるやんもたじろいでしまう。


「そうでござるよ。私にボードゲームを教えてくれた師匠。その上、私はまだ一度も勝ったことがないでござる」


 そうエリが説明すると、エリを除き唯一驚きを示さなかった小柄な女性はむくっと立ち上がり、トコトコと走っててるやんの目の前に近づいた。


「サインください!」

「ん!?」


 小柄の女性は色紙とペンをてるやんに向けてズイッ差し出した。

 てるやんは口を一直線に閉じ、目を丸くさせて固まった。

 初めてのことで慣れてないだろう。


「お、おう。俺でよければ」


 てるやんは恐る恐る受け取り、ぎこちない手つきでペンを動かした。

 そしてクルッと見せるように渡した。


「おお! すごい! 大事にします!」


 小柄な女性は、色紙を大きく上に掲げて、ものすごく目をキラキラさせていた。


「あと、もしよかったら、どれかのボードゲームで勝負してください」


 ぐいぐい来る女性だ。姿からじゃ想像がつかない。

 てるやんはコンマ数秒ほど考えて、すぐに親指を立てた。


「おう。いいぜ。なんなら今からで……もっ!」


 ちょっと脱線しかけたのを聞き逃さず、私は彼の横っ腹に手刀を差し込んだ。

 そして、苦しんでいるてるやんに肩に手を乗せて、その小柄の女性を真っ直ぐに見て答える。


「ごめんなさい。あと一時間だけ待てるかな。シフトが終わったら、すぐにでも勝負させてあげるから、あと彼が作る風船を受け取ってもらえるかな?」


 なるべく真摯に話したつもりだが、相手はどう感じるだろうか。

 小柄の女性はムスッとした表情で、私を睨んでいる。


「わかった。あと一時間なら待つ。風船はもらえるんだよね。てるやん大先生から」

「もらえます。ね。てるやん」

「おう。何個でも渡してやるで」


 痛みに耐えながらも、にっと微笑んで親指を立てるてるやん。

 それに彼女は微笑むが、私にキッときつい視線を送っている。

 ちょっとやり過ぎてしまった。それに明らかにこの子に敵視されたよね。

 心の中で溜息を一つ。


 この癖、そろそろ治したほうがいいような気がした。

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