『大学祭1日目!』その5
その頃一方。
テクテクと賑やかなキャンパスを歩いていく私。
「焼き鳥やってるよ。三本で三百円!」
「ワタあめ一個。二百円!」
「ママ。これ買って」
「はいはい。並ぶからちょっと待ってね」
「ここいこうで」
「ああ。何か面白そう」
みんなの賑やかな声が耳に入ってくる。大学祭を楽しんでいる雰囲気も伝わる。
だがそれは右から左に通り過ぎていく。
テクテク。テクテク……。トボトボ……。
溢れかえっている人混みの中、賑やかな雰囲気に反して俯き加減に歩いていく。
「ふう」
やっぱり少しだけ、気が沈んでいる。
お客さんがあまり来なかったのは、一応予想できていた。けど実際来ないのはつらい。こんなところでクヨクヨしていたらいけないのは分かっている。だけどやっぱり凹む。
「ふう」
二回目のため息。いけない。ため息は幸せが逃げていくという。必要な時もあるらしいが、このため息はいけないため息だ。
何か面白いこと見るかおいしいものを食べて、少し心を落ち着かせよう。
そう考えると、ピタッと足を止めた。
甘いものでも食べようか。
私はクルッと振り返り、丁度人のいない、わたあめを売っている女子テニス部の屋台に駆け込んだ。
「わたあめ下さい!」
「はーい。お待ちください」
スポーツ焼けした女性がさっと竹串を回して、わたを絡めていき、くるっと丸めた。
「二百円になります!」
彼女の空いている手に小銭を渡すと、もう片方のあまーい香りのするわたあめを受け取った。
「ありがとうございます!」
「いえいえ」
向こうの女性はちょっとだけ照れたのか、少しだけ顔を赤くしていた。
私は特に気にもせずに、ふわふわのわたあめを持って小走りで去った。
人が少なくなった場所で、歩くスピードにしてから、パクっと一口。
ふわふわのわたが口の中ですっと溶けていき、甘みがそっと喉に通っていく。
「んー。おいしい」
久しぶりにわたあめを食べたけど、こんなにもおいしかったかな。
おいしいわたあめをじっと見つめつつも「細かいことは気にしなくてもいいか」と考えるのはやめた。
そして一口、また一口と食べていく。
「おいしい」
気が付くと、竹串だけになっていた。
うーん。もう一本買おうかな。
ピタッと足を止める。そしてもう一度わたあめを買うために踵を返す。
「あれ。カスミン!?」
目の前にいたのは、金色に染めた髪に、丈の長い黄緑色の服に、黒い長ズボンの女性。
こんな奇抜な格好の人知り合いでいたかな。
五秒ほど硬直したあと、顔の雰囲気から、ピンとくる人物が思いついた。
「ま、マッキー?」
「あたりー。カスミン。一瞬分かんなかったでしょ」
「正直に言うと、雰囲気が変わり過ぎて、戸惑ったよ」
「まあ。それもそうか。俗に言うイメチェンだよ!」
「へえー」
眼鏡も外しているし、微妙に背が高くなっているし、何かキラキラしている……。ように見える。
この約二か月半ぐらいでなにがあったのかな。
「ちなみに何でイメチェンしたか訊いていい?」
「ん。まあ。気分だよ」
「そうなの」
マッキーの顔色は全く変わることはなかった。本当に気分なのかな……。
「カスミン。少し疑っているでしょ」
「そんなことないよ」
少しだけ目を細めるマッキー。
うー。また見抜かれているよ。私ってわかりやすいのかな。
「まあいいよ。それでカスミン。今暇? というか。アヤアヤは?」
「暇と言えば暇かな。アーヤはちょっと用があるってどこか行っていてね」
少し前にアーヤと連絡を取ったのだけど「ちょっと用がある。また終わったら連絡する」と返ってきた。だから今は一人である。
「よかった。私も二時間ほど暇でね。ちょっと一緒に回る人を探していたんだよ」
「いいよ。一緒に回ろう!」
「回ろう回ろう」
ものすごい勢いで、私の手を掴んできたので、少しだけびくっとする。
そしてマッキーはさっとバックから、一つの冊子を取り出す。
大学祭のパンフレットの様だ。
「それで、一緒に行きたいところがあるんだけどいい?」
「え。いいよ」
パサっとページを開いて、一つの写真を指さす。同じ衣装を着て踊っている姿が映っていた。
グリーンシャークス……。
洒落た名前であった。
「屋外ステージでやるダンス部を見に行きたいんだけど、いい?」
「いいよ!」
「ありがとう。何か一人で見に行くのが淋しくて」
「いいよいいよ。私も何か一人で淋しかったし」
よしっと喜ぶマッキー。
私も少し元気になった。
あと、あのままだったら、ひたすらわたあめを食べ続けていたのかもしれない。だからよかった。
「じゃあ。いこう!」
「あ、早いよ!」
そう言って足早に前に進んでいく。
私は置いてかれないように追いかけていった。
そして屋外ステージ前に到着する。
「い、いっぱいだね」
ステージ前にはダンス部を見ようと人でいっぱいだった。
私たちは早めに来たはずなのに、広場の真ん中ぐらいから先は人で埋め尽くされて進めなかった。
ステージの幅の右から左の端までびっしり人でいっぱいだった。
そしてほとんど緑色の服が多い。
「当然。うちの大学での三本の指に入る人気だから」
「へえ」
二百は超える部活とサークルの中で、上位三団体の人気とは相当だ。
「マッキーは、よくダンス部を見に行くの?」
「いや。これで二回目かな?」
「最近ハマったの?」
「そうだね」
まだ始まっていないというのに、マッキーはステージをじっと見つめている。
とても真剣である。
このダンス部はすごいのかな。それとも面白いのかな。わからない。だけど折角だしきちんと見ておこう。
そう心に決めた瞬間、ステージ上にマイクを持った女性が現れた。
「皆さんお待たせしました。我が大学の人気クラブ。ダンス部『グリーンシャークス』の登場です!」
「わあああ!」
広場全体が波のような勢いで沸き上がった。
司会の女性が舞台袖に下がると同時に、ステージの両脇に設置された大きいスピーカーから、ボンッという音と共に、ステージの脇から緑の衣装を来た人達が一斉に現れた。
そして踊り始めた。
「わあああ!」
隣にいたマッキーも、両手を上げて歓声を上げた。
私はその勢いに困惑しつつも、ステージ上に注目する。
「す、ごい」
なんと言えばいいのか。いやそういう言葉しか出てこない。
ダンスの一人一人の動きがキレっキレである。人ってあんなにもビシッとした動きをできるのだろうか。
あっ。飛んで回った。
凄い。ダンスってこんなにも激しいものだっけ。
目が離せない。
一つ一つの動きがしっかりしている。
あ、凄い。ピッタリ揃って踊っている。こんなにも動きが揃う……。
「……」
圧倒された。
想像の遥か上だった。
全員動きが一体になったときの、迫力が何倍もあった。
「はやとくーん!」
観客の何人かが、誰かの名前を呼んで手を振っていた。
中には団扇を持っている人もいた。
私はすぐにわかった。その人がどの人か。
全体の中で一際動きの切れ味が違う人物。センターに立つ金髪の男性。
たぶんそうだろ。
「松林隼人君」
隣にいるマッキーがじっと見つめながら、名前を溢した。
マッキーは頬をポッと紅潮させていた。
あのハイテンションのマッキーとは思えなかった。
おっと。あんまり見つめない方がいいか。
私はすぐにステージに注目し、じっと彼らのステージを見続けた。
そして、自分達との差を、ヒシヒシと感じたのであった。




