『大学祭1日目!』その4
「アフロの人はいますか?」
背の低いふわふわとした空気感を持った女性が、キラキラとした目を僕らに向けていた。
アフロの人……。もうあの人だろう。そこまではわかる。
ただ今はいないからどう言えばいいのだろうか。
「すまんが……。いやすみません。今は席を外していて、いましてな。そうだな……」
耕次先輩が慣れない敬語で何とか対応しようとするが、途中で言葉を詰まらせる。
その姿を見ている女性は徐々に表情が暗くなっていく。
「……。あ、15時位なら僕とシフトが同じですので来ますよ」
咄嗟に思い出したのでフォローに入ると、目の前の女性はパッと花が開くように明るくなった。
「ほんと! ありがとう! じゃあまた来る!」
そう言うとトコトコと走って隣のブースに戻っていった。そして、座るとお菓子の袋を開けて、またモグモグと食べ始めた。
自由な人だな。
「あー。バルーン渡しそびれた!」
「そっち!?」
悔しがるメグ。今の会話を聞いていてその答えに至るのか。
「すまん助かったカゲル」
耕次先輩は額ににじんだ汗を腕で拭う。
「いえいえ。偶然思い出しただけですので」
「意外過ぎて私も全く対応できなかったから、パッと言えたカゲルは良かったんじゃない?」
褒めているんだよな。
とメグを見ると、腕を組んで少し上から目線で見つめてくる。
「まあ。メグの意外過ぎたという点に関しては俺も同意だ」
耕次先輩が静かに頷く。
「そうですよね。いきなり『アフロの人いますか?』って言うとは思わないですよね」
「そこは同意する」
僕も頷く。
てるやん先輩にファンがいることに関しては、僕より全然可能性があるから意外じゃなかったけど、隣のブースの人が突然来るとは予想できなかった。
チラッと隣を見てみる。
「ん?」
すると今度は少し小柄の筋肉質の男性が僕と視線が合ってすぐにプいッと視線を逸らした。
気のせいかと思った。とりあえず一旦前に視線を戻し、そしてもう一度覗き込む。
また目が合い、向こうはさっと視線を逸らした。
今度は何だ。
何を気にしているのだろうか。
「ちょっと、大我何をじろじろと……」
するとつられて隣の女性が振り向いた。
当然視線が合った。
「……」
「……」
無言でじっと見つめられた。
そしてしばらくして女性はゆっくりと視線が横にズらしたあと、隣の男性に問いかける。
「あれって、薫の推しがいる部活じゃなかったっけ」
「知らんぞ」
「えっ! そうなのか!?」
やれやれとこっちを見る背の高めの男性と、驚いてがばっと立ち上がる野生児っぽい男性。
おいおい。さっき視線が合っていたのって、知っていて見ていたわけではないんかい。
「そうだよ。15時くらいに来るって言ってた」
『いつの間に!?』
一斉に三人がお菓子の女性に振り返る。
気づいていないのかそこの三人は……。僕の周りってコント好きな人が集まる傾向でもあるのだろうか。
「おっと。これはチャンスじゃない」
ひょこっと僕の後ろから顔を覗かせて、瞳を大小させるメグ。
ポジティブだな。
「そ、そうか」
難しい表情になる耕次先輩。
こちらはネガティブだな。
僕はというと、なんやかんや上手くいきそうな気がするという、根拠のない自信が芽生えていた。
たぶん。あの四人の雰囲気に親近感が湧いたせいだと思う。
「私はとりあえず行ってくる」
「じゃ、じゃあ俺も」
「ちょ。おい。部活は?」
「あとあと。どうせ後で来るでしょ」
「いってらっしゃーい」
先行する女性と、追っかける背の低い男性、そして諦めたようにやれやれと歩く男性の三人がバルーンアーチをくぐって来たのであった。
そして呑気に手を振るお菓子を食べる女性。
髪の長い女性はメグに、野生児っぽい男性は耕次先輩に、そしてやれやれの男性は僕の前にやってきた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
って無言になるのかよ。
耕次先輩は口をあけてあたふたしている。相手の男性もなんか落ち着いていない。メグは相手が美人なのか見惚れて緊張しているし、向こうの女性も大きい瞳を更に大きくしてじっと見つめたまま話さない。僕の向かいの男性は何というか、とてもダルそうな表情をしている。
だが妙に親近感を覚えた。何となくだけど……。
でもそれだけで、思ったより緊張をしなくなった。
少し自分から話をしてみようと思った。
「あ、どうもいらっしゃいませ」
「ああ。どうも。なんかすみませんね」
「いえいえ。こちらも人があんまり来なかったものなので、むしろ来ていただきありがとうございます」
軽く頭を下げると向こうもつられて頭を下げてくれた。
男性のポケットからはみ出ている緑のキノコのキーホルダーが揺れる。
「で、えっと、ここは何を売っているんですか」
「えっとですね。売っているのではなくて、タダでやっているんですけど、細長い風船で色々作っているんです。例えば犬とかウサギとか」
「細長い風船……。ああ。どこかで見たことあるな。公園とかで作っている人がいたな」
公園か。また大胆な場所だな。
「はい。それを作っているんです。それで今回はこの中の四種類になるんですけど」
四種類の作品「ウサギ、ハート、剣、花のブレスレット」が書かれたプレートを持ち上げて、男性に見せる。
「へえー。結構本格的なんですね」
男性は少し驚いたあと、じっとプレートを見つめる。
「じゃあ。ウサギで」
「な、何色がいいですか?」
「色も決められるのか?」
「は、はい」
想像よりも反応が良いので、自分の方が若干びっくりした。
「じゃあ、緑で」
「はい。わかりました」
相手の注文に大きめの声で何とか応じ、緑色のバルーンをエプロンから引っこ抜く。
そして装着していたポンプを取り出して、風船を膨らましていく。
キノコが緑だから緑が好きなのかなと、キノコのキーホルダーをチラッと見つつ膨らましていく。
全体の八割を膨らますと、風船の口の部分を結ぶ。
そしてまず顔の部分と耳の部分をひねって分けて作り、ねじり合わせて顔と耳を作る。そして首をひねる途中でピタッと一瞬手を止める。
何か話をしないと。
顔を上げると、男性は驚いたように目を見開く。
「えっと失礼ながら、隣で何やらボードゲームみたいなの広げていますけど、何の部活でしょうか?」
「ああ。そのまま。ボードゲームサークルやっている。ほぼ俺ら四人の溜まり場だな」
「そうなんですね。で、今日の出し物もボードゲームを」
「まあ、形状はな。というか、何かしら活動を見せておかないと潰されるからな。創部一年目だけど部統会がうるさくてな」
「ああ。そうなんですね」
やれやれと、俯き加減で薄い目をして笑う。
理由は違うけど、部統会絡みなんですね。
その苦笑いにますます親近感が湧いてしまう。あんまり同調したくないことだけど。
「まあ。良かったら来てくれ、一応オセロとか簡単なボードゲームあるから」
「はい。ぜひ、時間が空けば寄ります」
「助かるわ」
先ほどと同じ乾いた笑いだったけど、ちょっとだけ顔色が明るくなった気がした。
探り探りだったけど、何とか会話はできたかな。
よしと心の中でガッツポーズをしながらも、僕はウサギの首、前足、背中、後ろ足、そして締めのしっぽを作り終えた。
「ハイ。できました」
「へー。結構すぐできるんだな」
男性はウサギを受け取ると、マジマジと見つめる。
「いえいえ。まだまだですよ」
「ありがとうな」
「は、はい! どういたしまして」
ふいの言葉に、僕は反射的にぺこりと頭を下げた。
感謝されるほど大したことをした覚えはない。でもちょっと気恥ずかしいというか、むず痒い。慣れて無いせいもある。でもまあ悪くないか。
「さて両隣のお二人はと」
緑のウサギを持った男性は、お連れの二人を気にすると……。
「どうやったらそんなにかっちりとした筋肉出来るのですか?」
「それはな。まあ。筋トレだな」
「どんな筋トレですか?」
「それはな……」
お連れの友達に質問攻めにあっている耕次先輩。
そしてもう片方は……。
「どの化粧品を使っているんですか?」
「私は、これ使っている」
そう言ってお連れの女友達がバックから小瓶を取り出す。
「これって……。なんですか?」
「し、知らないの?」
向こうは女性同士盛り上がってはいると思う。若干ズレているメグに動揺してはいるみたいだけど。
「何か癖のあるやつですまん。もう少し時間かかりそうだ」
「いやいや。こちらも癖のある人ばかりですので」
「そうか。お互い似てるかもな」
「そうかもしれませんね」
僕と男性は静かに笑ったのであった。




