『大学祭1日目!』その2
「はいこちら。焼きそばだよ。野球部の焼きそば! なんと値段は一パック250円!」
「ソフトテニス部タピオカやってます!」
「テコンドー部お好み焼き! 最後尾がこちらになっております」
漂う食べ物の匂い。そして店から呼ぶ学生たちの声。そんな光景を見ると本当に今日は大学祭なんだなと実感し始めた。
そして僕は何をしているかと言うと、下調べである。
小百合さんと相談したことの実践である。
ということで旨そうなのを手当たり次第に行ってみることにした。
僕はまずは目の前の野球部の焼きそばから買いに行く。
三人ほど並んでいる後ろに並び順番を待った。しばらくして僕の番になった。
ジューと言う音と共に、独特の煙の匂いが、自分の顔に広がる。
「はいよ! お兄さん!」
タオルを頭に巻いたがっちしした体格の野球部員が、にっこりとほほえむ。その勢いに圧倒されつつも注文する。
「焼きそば一つお願いします」
「はい。焼きそばいっちょ!」
「「焼きそばいっちょ!!」」
料理しているメンバーが後ろから、活気のある声が響いた。
その一人一人活き活きしながら料理をしていた。
鉄板で焼かれた焼きそばをタッパに入れる。そして上から青のりと鰹節、そしてマヨネーズを網目状にかけ、目の前に置いた。
「250円になります!」
その勢いに若干気圧されながらも、僕は小銭を野球部員の手に渡した。
「ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
軽く頭を下げて受けとり、立ち去ろうと背を向ける。
「お兄さん。ジャグリング頑張ってください」
かけられた言葉に思わず振り返る。にっと笑うタオルを巻いた野球部員。僕はさっきより深く頭を下げると、彼は軽く手をあげてくれた。
僕はタッパーに入った焼きそばをぎゅっと掴んで小走りで駆けていった。
胸がほんのり暖かくなった。
近くの空いているベンチに座り、タッパーを開いた。
ソース、マヨネーズ、青のりと焼きそばの独特の匂いが顔一面に広がる。
美味しそうだ。
箸を持って、一口食べる。
んー。普通だ。
応援してくれたのに、こんな感想を言うのも失礼かもしれないが、普通だ。麺もそこそこソースもそこそこ、具材もそこそこ。まあ学生が作る焼きそばだ。こんなものだろう。
でもまあ……。
僕は賑やかな雰囲気を背に、ズルズルと一人で焼きそばを食べた。
ブブー。ブブー。
スマホが二回ほど振動する。僕はポケットから取り出して開く。
「ツバキから、新しいメッセージを受信しました」
早い。と思いつつ、僕はメッセージを確認する。
「13時~14時、時間が空いている。カフェテリア前で集合でいいか?」
13時からか。何とか空いているな。
「了解しました」
と簡潔なメッセージを送った。
「……」
なんだろう。何か胸が変な感じだ……。
いやいや。今は考えるな。とりあえず情報収入だ。
僕は焼きそばを手早く食べて、次の店に行くことにしたのであった。
一時間後……。
「お疲れ様です」
「お疲れー」
控え教室に戻ると、前の席でメグがバルーンウサギを練習していた。そして、完成するとそのウサギをまじまじと眺めていた。
僕は静かに後ろの席に座る。
「どこ行っていたの?」
メグが持っていた風船をテーブルに置いて振り返る。どうしようか。正直に口にするのもなんか恥ずかしいな。でも話すか。
「あー。まあ。下調べ?」
「疑問系?」
「いや。そのバルーンの話す内容を探しにちょっと屋台を回った」
「ええー! だったら私呼んでよー」
メグが椅子から体半分乗り出す。
「でも。メグ。大介と回るんじゃないのか?」
「いや。そうなんだけど、今、大介やってるし」
「ああ」
「でも練習しないと不安だったからやったんだけど、カゲルに言われて話すのも不安になったわけで」
「あー。ごめん。気が回らなくて」
「いや。うん。いいんだけど……」
ハアー。とため息を一つ吐く。
だいぶ気が滅入っているようだ。でもそうか。僕も同じ気持ちだ。
どうしようか。何か緊張がほぐれることで別の話題とかないか。
ああ。一つあったな。でも訊いていいのか正直わからない。
「メグ。一つ訊きたいんだけど」
「んー。何?」
「メグはどうして大介を好きになったの?」
「……。ああね。それね」
一瞬真顔になった。正直キレられるかと思った。でもすぐに穏やかな反応になったことにホッとする。
「やっぱり気になるんだね」
「あ、うん。あんなに毎回熱烈なアピールをしていたら、なんでだろうと思って」
「それもそうか……。いいよ話すよ」
メグは一度座り直し、少しだけ含んだ笑みを浮かべる。
「訊いた僕が言うのも変だけど、そんなにあっさりと話していいのか?」
「何? 知りたくないの?」
「いや。知りたいです。知りたいです」
敬語になった自分に、少しだけ苦笑するメグ。
「あれはね。私が高校の時かな」
もう始まったのか。って高校?
思わず口に出しかけたが、途切れさすのも悪いので、黙って聞き続ける。
「当時は、たぶん本人は知らないと思うよ。偶然友達に別の高校の文化祭に誘われてね。そこで見たの」
メグは一つ一つ情景を思い浮かべるように、やや上向きで話す。
「ステージがあってね。そこで名前が呼ばれて、箱を三つ持った男性が出てきたの。スッゴくおどおどしていて、見ていてこっちがハラハラする様なそんな人だった。あと半分涙目だったかな」
クスクスと笑うメグに、僕もつられて笑う。
「でも音楽が鳴ったときに、ガラッと人が変わった。あとは君が見たことある通り」
僕は静かに頷き、メグはうっとりと微笑む。
「ギャップ萌えというやつ。でも見たのは一回きり。彼の情報も名前だけだし、どこに進むのか知らなかった。だから半分諦めていた。というか忘れようとしていた。大学試験に無理に集中して忘れようとした」
ぼんやりと外を眺める。
「受験に合格して、大学に入学したらほぼ忘れていたんだ。だけど、この部活のジャグリングという文字を見て、ふと足を運んだの」
ふっと呼吸を止めた。
「そしたら彼がいたの」
メグはパッと花開くように笑ったのだった。
「あとは君の想像通り」
あんなにも幸せに満ちた笑顔。僕は初めて見た。
「これで満足?」
「あ、うん。わかったよ」
「あー。あとね。間違っても彼に言わないで。もし言ったら」
「殺されるのかな」
「わかってるならよろしい!」
満面の笑みの脅迫であった。でもまあこれに関しては仕方ないだろ。そこは何となく分かっている。
「はあ。何か話したら元気になった!」
ふんっと腕を上に伸ばして、ゆっくりと立ち上がる。
「……」
きょとんとした顔で見つめる僕。
愛の力ってすごいな。
ガラガラガラ。
「おつかれ」
低く野太い声と共に、二メートルの巨体が少しだけ頭を下げてくぐるように現れた。
「おつかれさまです」
「おつかれさまです」
「早いな。二人とも」
「まあ。遅刻するのはまずいですから」
「気分的にこっちの方が落ち着くかなと思いまして」
交互に僕とメグを見比べる耕次先輩。
「緊張しているかと思ったが、案外落ち着いているな」
「そうですか?」
「そうでしょうか?」
僕とメグは互いに目を合わせる。
「なんだ? なんかあったのか?」
「いや。何もないです」
「何もないですよ」
同時に答える僕たちに、首をかしげる先輩。
「ま、まあ。何かよくわからんが、とりあえず大丈夫でいいのか」
「そうですね」
「大丈夫です」
正直言うと緊張はかなりあるし不安もある。それに大丈夫なのかと言うと、大丈夫ではないかもしれない。かなり変な気持ちである。
というか、よくわかってない。本当によくわかってない。
だから……。
とりあえず頑張ろう。
要は開き直りであった。
数谷カゲルはモチベーションがあやふやなまま、バルーン配布を迎えることになったのであった。




