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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『大学祭1日目!』その1

 大学祭1日目の朝。


 リンリンリンと目覚まし時計が鳴り響く。モゾモゾと腕を動かして、ベシッと時計を叩く。

 部屋はまだ薄暗い。

 僕は半身だけ起こして目を擦る。

 バリバリになった目。気だるい体。


 あんまり眠れなかった。


 一度は眠りについけどすぐに眠りが覚めた。そして寝よう寝ようと繰り返して気がついたら朝になっていた。こんな流れである。

 はっきり言って辛い。今日はコーヒー粉を多めに淹れてカフェインの力で朝を乗りきるか。

 重い体を起こして、とりあえず洗面台に向かい顔を洗って歯を磨く。

 そして、食パンと強めのコーヒー作ってテーブルの上に置き食べ始める。


「にがっ」


 コーヒーの大人の味ってこんなものなのか。舌を出して苦みを逃がす。

 朝から穏やかじゃない。だがまあ、目は覚めた。

 さっさとご飯を食べ終え準備する。

 服装よし。荷物よし。体調は普通。あとは気合かな。

 柄にもないことを考える。でも本番だから気合いはいるだろう。ぺしっと顔を叩いた。

 外に出ると空は明るくもう日は上がっていた。

 少しだけ寒い。だけどすぐは暖かくなると思う。僕は階段をタンタンと音を鳴らして降りていく。


「あ」


 思わず出した声。 

 対して遭遇した相手も驚き目を見開く。

 前髪がオレンジ色に染め、ワックスをかけたのか全体的に髪は少しだけはねが強い。そして黒いTーシャツに首にはチェーン。そしてジーンズも裾を破いている。

 いつもより雰囲気が違いすぎる。少しだけワイルドだ。

 また沈黙しそうなので、とりあえず僕から話をする。 


「柿沢さん。朝早いですね」

「あ!?」


 早々に鋭い眼光で僕を睨んできた。僕は反射的に体を少しだけ仰け反る。

 やっぱり慣れない。何でこんなに声が大きいんだろう。


「わりい」


 一歩下がる柿沢さん。

 今度は萎縮する。本当にわからない人だな。


「アタイのサークル。ライブするから。それの準備で早い」


 ボソッと呟く。

 ライブ。なるほど。いつも服がライブTシャツっぽいから音楽関係かなと思っていたけど、本当にするのか。でもパッと見て楽器を持っていない。いや部室に置いているかもしれない。


「どのパートをしているのですか」

「ピンボーカル」


 さっと顔を伏せる柿沢さん。

 ピンボーカル……。歌う人か……。どんな歌を歌うのか気になる。


「いつ頃なんですか?」

「ああ。その何だ。その前にな」


 柿沢さんはモゾモゾと腕を動かしてポケットに手を入れて、スマホを取り出した。


「連絡先を交換してくれ」

「……あ、はい」


 軽く頭を下げて、スッと目の前にスマホを出した。

 確かに、そうだった。連絡先を交換してないのに、どうやって予定を合わせることができるのか。

 全くうっかりしすぎたな僕は……。

 僕はスマホを取り出した。


「えっとバーコードでいいですか?」

「ああ」


 スッと僕の連絡先のバーコードを表示する。

 柿沢さんがその上にスマホをかざす。

 ピロンと音が鳴り、僕のスマホの画面上部にメッセージが表示される。


 ツバキがあなたのQRコードで登録しました。


 そしてすぐにピロンと鳴りスタンプが届いた。

「よろしくお願いします」という猫キャラが律儀に礼をしているスタンプだった。

 僕は数秒指が止まった。

 そして慌てて、文章を打ち込んだ。


「よ、よろしくお願いします」


 気がつくと自分は声を出していた。

 さっと口に手を押さえて、僕は顔を上げた。

 柿沢さんと目が合うと、彼女はすぐに目をそらしそして、頭を下げた。


「よ、よろしく」


 二人の間に降りた沈黙。

 ピュッと風が吹きぬけ、首がやけに冷えた空気が触れる。


「じゃ、じゃあ。また連絡する。そんで時間が空いていたら聞きにきてくれ。それじゃ」


 柿沢さんは僕に背を向け、駆け足で去っていた。

 ボーッとしていた僕はハッと気がつき、大学に向けて足を進める。胸に残った熱を仄かに感じながら……。

 


「さあて。今日は本番だぞ! みんな元気か!」

「おーーって、何で仕切ってんだよ!」


 教室の壇上で騒ぐ顧問にびしっとてるやん先輩のツッコミが入るいつもの光景。


「いいじゃないか。私顧問だぞ!」

「準備の時ほとんど参加してなかったでござる」

「うむ」

「はいはい。そこ静かに頷かない」


 薄暗く少し埃舞う教室の中で行われるオタマジャクシズの朝礼は、そんな環境をものともしなかった。


「このノリを見ると相も変わらずこの部らしいと思えるね。大ちゃん!」

「そ、そうなのかな」

「この部ってそんな感じなんすっか。お二人さん」

「まあ。そうだね」

「そうなんじゃない」


 カメケンの質問に、もう悟ったように納得する僕とリナである。そしてあのコンビはいつものままである。


「はいはい。余興はここまでで」

「余興って……。それもそうか」

「納得しないでよ!」


 部長副部長が割って入っていく。本当に引き立て役になってるよ顧問。本当にこの人がポテンシャル高いのかな。

 そんな疑問を思いつつも、部長副部長は壇上に立つ。そしてムふんと鼻を鳴らすカスミン部長。


「それじゃあ改めまして、おはようございます!」

『おっ。おはようございます』

『お、おはようご……』


 きちんと言い切る一年組と、言葉を詰まらせる二年組。

 言い切った側の僕たちだけど。何だろう。ものすごい違和感。隣にいるアヤメ先輩と日暮顧問までぎょっとした目をする。


「え? 何か変なこと言った」

「変じゃないんだけど」


 うーんと腕を組んで唸る顧問。


「いや。変じゃないよ。変じゃないんだけど、どっちかというと私たちがなんか言いづらい」


 顔を渋らせるアヤメ先輩。


「おお。いつも『おはよう』ばっか言うから『ございます』に違和感を持った」

「俺もだ」


 てるやん先輩と耕次先輩の意見に、後輩らは何となく理解をする。


「違和感半端ないでござる」

「エリはござるの延長線上で使えるんじゃないの?」

「それは違うでござる」


 違うのか。カスミン部長と同じように僕も思ったんだけど、違うのか。まあいいか。


「違和感もわかるけど、なんかだらっと始めるよりいいと思うから、同期頑張って」

「お、おう」

「努力する」

「仕方ないでござる」

「そうだね」

「それじゃあ。もう一回。おはようございます!」

『おはようございます!』


 そして静まり返る空気。


「む、むず痒いわ!」


 体のあちこちを掻いているてるやん。プルプルと震える耕次先輩とエリ先輩。


「確かに違和感極まりない」

「この部って何かズレているよね」


 呆れる顧問と副部長。


「確かに違和感だね」

「そ、そうなのかな」

「親しみすぎだから、こういった感じは慣れていないんだよね。たぶんだけど」

「リナに同感」

「要するにどういうことっす?」


 おはようございます。この挨拶一つだけでも話が進まないこの部活って確かに変だな。

 しかも大学祭直前。でもまあそれがこの部か。


「もう話進めるよ」


 パンパンと二回手を叩くアヤメ先輩。それにより全員注目する。いつもの流れに安堵する。


「今からシフト表を配るからざっと目を通して」


 アヤメ先輩が言うと、顧問が用紙を配りだした。

 僕は受けとると、ざっと目を通す。

 三人一組で一時間交代だそうだ。

 僕の番は11時から12時と、15時から16時か。

 チームは最初耕次先輩とメグ。二回目はカスミン部長とてるやん先輩。両方とも濃いメンバーだな。


「私の独断と偏見で組んだから、もし都合が悪かったら、後で私に言ってくれたら調整するから」


 全員軽く頷く。


「あとは交代には間に合うこと、ケガをしないことと、笑顔を絶やさないことと、ジャグリングはしないこと、これらは守ってください」


 注意事項は把握した。出来そうだけど、笑顔を絶やさないって難しいよな。


「笑顔を絶やさないってめんどくねえ」


 僕の不安と同じことをてるやん先輩が言った。


「努力してという意味。パフォーマーが暗い顔してたらお客様が怖がるからね」

「俺。不安になってきた」

「てるやんはいつも通りで大丈夫でござる」

「えっ? そうか」


 ちょっと落ち込んだかと思ったら、すぐに立ち直るてるやん先輩、気の変わりが早すぎる。でもそうだな、てるやん先輩はいつも通りでいい気がする。


「他に質問は?」


 アヤメ先輩の問いかけに、何個か質問はあるのかと思ったが、みんな納得したのか、質問をすることはなかった。


「じゃあ。とりあえず業務連絡は終了で、始まりのシメをカスミンよろしく」


 ポンとアヤメ先輩はカスミン先輩の肩を叩いた。

 少しだけ驚くが、すっと目が据わり壇上に立つカスミン部長だった。


「はい! 今日が本番です!」


 カスミン部長のはっきりした声が通ると、ピリッとした空気に包まれた。ようやく僕を含め全員のスイッチが入った。


「みんな。今まで慣れないバルーンを練習してくれてありがとう。今日はその成果を出して! 大丈夫。練習は充分やって来た。あとはノリでなんとかなる。不安だったら自分の練習したことを思い出せばいい。だから今日は頑張ろう!」

「おー!」


 全員拳を上げた。

 なんやかんやこのノリはしっかりとするオタマジャクシズ。いつも通りでよかったと思ったのと同時に今日から始まるのだなと期待と不安が両方とも汲み上げてきたのだった。

 

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