『大学祭前々日から前日』
大学祭二日前の深夜。
私とアーヤはノートを開いてテーブルに向かっていた。
一段落した私は立ち上がり、思いっきり背筋と腕を伸ばす。
「どう。できた?」
マグカップをを片手に座椅子に軽くもたれかかるアーヤ。
「とりあえず大まかにはね。あとは現場でアレンジを加えるでいいんじゃないかな。私の頭だけでは限界がある」
悶々としてきた頭を軽く押さえる。
「その方がいいかも。実際装飾してみないとわからないし」
バルーンのフリーマーケット。自称バルーンマーケットの準備が明日に迫っている。
「わかった。それでいくとして。このアーチキットを明日耕ちゃんが運ぶの手伝ってくれるんだっけ?」
昨日届いて玄関前に鎮座している物に指差す。
「そうそう。丁度私たちと授業タイミング一緒だから。昨日頼んだ」
「それはよかった」
フリーマーケットの宣伝用に購入したバルーンアーチキット。これは遊園地でやっているのをたまたま目撃して、使えると思って購入した。けど想像以上に部品の数が多かった。
昨日届いたから、明日ぶっつけ本番で組み立てることになったのである。
純粋に不安である。
私はうまく指示できるか、みんなに伝わるか、隣の部活に迷惑をかけないか、色々な不安が押し寄せる。
「また余計なこと考えている」
「え?」
気がつくと目の前にアーヤが迫っていた。
「カスミン。また表情が暗い」
アーヤは私の変化に敏感である。諦めて素直に言葉をこぼす。
「少し不安」
「カスミン……」
バシッっと背中を叩かれた。少しだけ悶々とした頭が少しだけ軽くなった気がした。
でも落ち着く暇もなく、アーヤはガシッと私の両肩を掴んだ。
「カスミンがみんなのために考えているのはわかるけど、考え込むのはカスミンらしくない。猪突猛進だった頃のカスミンはどこにいった?」
「ちょ、猪突猛進って」
ぼっと私の顔に火がついた。
「部活立ち上げの時はそれくらい真っ直ぐな勢いだし。見た目ごっつい耕ちゃんに、躊躇なく頼みに行くし、てるやんにもそう。エリには余りの勢いで……」
私はほぼ勢いでアーヤの口を押さえた。モゴモゴと動く感触を気にせず、甦る記憶を必死に消していく。
「アーヤ。私の黒歴史を掘り起こさないでよ」
私はアーヤの口が止まるのを待ってから、静かに手を下ろす。
「別にそれが悪いとは思ってない。でももうちょっとノビノビやってもいいんだから」
「でもそれだとまたアーヤに」
「何回も言うけど、私は大丈夫。というかカスミンがくよくよしている方が心配になる。それにカスミンは時間が限られているんでしょ」
グッと突き刺さる言葉。
そうだ。私は時間が限られているんだ。だから本気でやると決めていた。けどちょっとしたことで躓いてしまって時間を無駄にした。この夏休みの前半が特にそうだった。
アーヤには全て話した。その上で受け入れてくれた。そこまで私を信頼してくれる人が居て、必要以上に不安になることなんてないのかな。
また少し心が軽くなった。
「わかった。思い切ってやる」
ムクッと顔をあげると、あまりに早く決心したので、アーヤは珍しくキョトンとしている。
「言った私もあれだけど。カスミン? 本当に大丈夫?」
「大丈夫かというと、不安もあるけど、やっぱり後悔はしたくない」
「……。そうだね」
スッキリした顔を私が見せると、アーヤはやれやれと手を振りながら笑った。
「でもやっぱりアーヤって言われるのがちょっと」
「え。ここで言うの?」
うちの相方はまだ慣れないようであった。
大学祭前日の朝。
ピンポーンとインターホンが鳴る。
私がドアを開けると耕ちゃんが目元を赤くしたまま立っていた。
「おっ。おはよう」
「ん。おはよう」
「ど、どしたの? その目?」
「すまん。昨日見たアニメがあまりにも切なくて、泣きすぎた」
「そ、そうなの」
がらがら声の耕ちゃん。二メートルという巨体に似合わず涙もろい。
一体どんなアニメを見たのだろうか。
「まあ。気にしないでくれ。んでどれを運べばいい?」
「あー。えっと。これこれ」
私は玄関とリビングを繋ぐ廊下に転がっているアーチキットの箱を指差す。
「わかった」
耕ちゃんが軽々とその箱を持ち上げる。
そこそこ重いはずなのに。
「あとは何かあるか」
「いや。これだけで大丈夫だよ」
「そうか」
「あと、ちょっと待って。もう少しで私たちも行くから」
「おうわかった」
一度部屋に戻って、手早く行く準備をした。
「アーヤメ。耕ちゃんって何のアニメ観てるのか知ってる?」
「急にどうしたの?」
カバンに荷物を入れながらビックリしたように振り返る。
「いや。また泣いていたから」
「あー。またね。でも私知らない。本人に訊いたら」
「訊いたら答えてくれる?」
「たぶん。答えるんじゃない?」
半分くらい適当に対応されているけど、確かに本人に訊いた方が早いか。
「というか。何で私が知ってると思った?」
「な、何となく」
「あー」
いつもの呆れた顔をしていた。
えー。そんなに呆れられてもなんでも知ってそうな雰囲気だったとか言ったら、はり倒されるかな。
「まあいいよ。流石に人のプライベート事情まで詳しくないから」
「は、はーい」
呆れられたことに、若干へこみつつも、少しだけホっとした私であった。
私とアーヤの準備を終え、耕ちゃんと揃って出発した数分後だった。
私たちの目の前に高そうな赤い車が急停止した。そして助手席のドアガラスがゆっくり降りてき、指を二本立て運転席からぬっと首を伸ばして顔を現したのは……。
「よー。ベイベー。乗ってくかね?」
「ひ、日暮顧問!?」
サングラスを半分だけ上げて、いつの時代の気取りか全くわからない姿をしているオタマジャクシズ顧問だった。あまりの変貌にその恰好について訊かずにはいられなかった。
「えっと。どうしたんですかその恰好?」
「え。車乗るときはいつもこんな感じだよ」
「え。マジ」
「はい。そこ笑わない」
顧問の指さす先にいたアーヤが、早くもツボに入ったのか口を押えて吹き出している。
「警察に事情聴取されないためのカムフラージュですか」
耕ちゃんが冷静に分析に対し、少しだけ口を膨らます。
「そ、それもあるけど、純粋なる趣味だよ。なんか大人っぽくて」
「それって自分をムグッ」
アーヤが何を言うのかわかったので私は本日二回目の物理的な口止めを行った。
「なあ。カスミン。アヤメってこんなに話す方だっけ」
「まあ。少し丸くなったかも」
少し眉を顰める耕ちゃん。察しのいい彼なら薄々気づくか。私はフフッと笑いながら、アーヤから手を離す。妨害されたアーヤはむすっとして私を睨みつける。
「カスミン。今日二回目だよ」
「はいはい。大学祭前でテンション上がっているのはいいけど、少し落ち着こうアーヤ」
「ちょっと、人前でそう呼ばないで」
ずんずんと迫ってくるアーヤに対し、左手でそっと手を伸ばして何とか妨害する私。
「おいおい。しゃべってないで乗って」
「折角だしとりあえず乗るぞ」
耕ちゃんがパカッとバックドアを開いて、アーチキットをのせて助手席に座る。その行動を見て慌てて後部座席のドアを開けて座りに行った。
「すみません。お願いします」
耕ちゃんがぺこりと頭を下げる。
「顧問ありがとうございます」
「ありがとうございます」
私とアーヤはニッコリと顧問に微笑みかける。
「全くもう。調子いいんだから」
顧問はまだ少し頬をぷくっとしていながらも、ガチっとシフトレバーを入れ、サイドブレーキを下した。
「まあ。とりあえず学校ね」
『お願いします!』
アクセルが踏まれ車は進んでいった。
明日は大学祭。今日は準備。まだまだ不安はあるけど、絶対に後悔しないように頑張らないと、揺れる車の中で私はそう決心したのだった。




