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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『約束と練習』

「この人と数谷さんとはどういう関係なんだ?」

「ん?」


 柿沢さんの顔は真っ赤になり、目が少しだけ潤んでいるのが見えた。


「えっと。なんでそんなことを?」

「それは……」


 彼女の声がゴニョゴニョと尻すぼみする。

 叫んだりと縮こまったりと、感情が豊かな人だ。でも答えた方がいいよな。


「えっと。小百合さんとはですね。同じ学部の友達です」


 チラッと小百合さんに視線を移すと、にっこりと微笑みかえされた。

 ど、どういう意味の顔だろう。

 対して柿沢さんは怪訝そうな顔でいる。


「じゃあ、ただの友達がどうして数谷さんの家に用があるんだ?」

「あ、それは」

「それは、私から彼の練習を手伝うつもりで来たの」

「れんしゅう?」


 柿沢さんの鋭い眼光が小百合さんに向く。

 だが全く気にせずに両手で丁寧にお茶を飲む小百合さん。


「何の練習だ?」

「それは大学祭のことで、僕が頼んだからです」

「大学祭……」

「そうです」


 僕の説明と小百合さんの同意により、柿沢さんは少し納得をしたのか、力が抜けるように肩がストンと下に落ちていった。

 そして静かに黙る柿沢さん。

 何か思い違いをしていたのかな。今ので解決をしていたらいいんだけど。


「ちょっといいかな」


 すると小百合さんが突然立ち上がり、対面にいる柿沢さんにアイコンタクトを送る。

 それを挑発と捉えたのか、ぎりっと歯軋りをして立ち上がる柿沢さん。だが目立った抵抗はせず素直に小百合さんの後を歩いていく。


「ちょっと待っててね」


 小百合さんはそう言い残して、二人は玄関に向かった。バタンと扉の音が聞こえ静かになった。

 一体なにがなにやら。

 毎度のことから状況についていけない僕である。

 少しだけ考えたあと、とりあえずバルーンとポンプを棚から引っ張り出す。

 そしてシューシューと音を立てながら風船を膨らます。

 何かしておかないと落ち着かない。それに練習しておかないと本番緊張したくない。いやそれでも緊張しそうだけど。

 とりあえず忘れるため黙々と作り始めた。

 数分後。

 風船の熊が完成した辺りで、再び玄関の扉が開いた。そして満足そうな小百合さんと、少し落ち込んだ様子の柿沢さんであった。

 そして急にペコリと頭を下げた。


「すまん。アタイの思い違いで早とちりした」


 とても素直に謝った姿にギョッとする。一体この数分で何があった。

 またチラッと小百合さんに視線を移すと、腕組みをして満足そうにしている。

 いや待て、本当に何したんだよ。


「だからその……。大学祭フリーマーケット見に行く。それで……」 


 ボソボソと声が萎んでいき、聞き取れなくなる。指がモゾモゾ動いて、ブルブルと震えているのがわかる。


「それで。もし時間が空いていたら、何か奢るからさ。一緒に大学祭回らないか?」

「……ん?」


 思いもしない誘いに、僕はどぎまぎした。

 これは、えっと、どういうこと。えっと、そんなまさか。

 僕は静かに小百合さんの表情を確認する。

 満面な笑み。むしろその笑みに裏の意味が込められてそうで気が気ではない。

 いやたぶん。でもまあ。断る理由があるかというと、特にない。それにこんなに頭下げているし。

 これで断ったら、流石に酷な気がする。なんか流されている気がするけど……。


「あ、はい。シフト以外の時間なら空いていますので、その時間帯なら大丈夫ですよ」

「ほ、ほんとか?」


 パッと面をあげたその表情に、僕はドキッとした。

 いつもしかめっ面の印象だった人が、花が開いたような笑顔に変わると思わなかった。


「は、はい。大丈夫です」

「じゃ。今日は本当にすまなかった。長くお邪魔した。また大学祭でな」

「あ、はい」


 くるっと振り返り、柿沢さんは足早に外へと出ていったのであった。

 ばたんと扉が閉じて流れてきた沈黙。僕は仁王立ちになっている小百合さんに不可解な視線を送る。


「えっと。小百合さん?」

「なにかな?」

「小百合さん。さっき外で二人何の話していたの?」

「そうね。知りたい?」


 得意げに瞳をパチクリする。

 うー。なんか尋ねてはいけない領域な気もする。けどここまで来て退くわけにはいかない。でもたぶんはぐらかされそう。


「聴きたい」

「そうね。女の秘密!」

「やっぱり答える気ないよね」

「あれ? バレた?」


 ふふっと面白そうに笑う。

 誰かに似ている。というか他の人達の対応に慣れすぎたせいで予想できてしまった。

 この人も気まぐれというかひょうきんというか、底が知れない。


「まあいいよ。慣れているので」

「えー。そうあっさりとした反応で済まされると、それはそれで恥ずかしいんだけど」


 仄かに頬を赤くする小百合さん。

 その姿にまたもやドキッとする。いかんいかん。こんなことで心が動揺するのは良くないと、首を左右に振って一度別の方向を向く。

 好きな人だけど、そこはしっかりしないと……。いや待てよ……。

 脳裏に過った一つの答え。そんなはずはないと思いつつも、僕は今一度視線を戻す。


「あの。もう一つ質問よろしいですか?」

「ん。いいよ」

「柿沢さんってまさか……」

「ん?」


 にっこりとした表情で耳を傾ける。そこから声を発せない僕は、小百合さんにわかる様に僕は自分自身に向かって指さした。

 すると彼女は満面の笑みで答えた。


「それは流石に思い込みが強いよ」

「そうだよね」


 杞憂で終わったことにものすごく安堵する僕。

 安堵するのも変な話であるが、これ以上考える案件を増やしたくないのも事実である。


「じゃあ練習しようか」

「は、はい」


 パッと切り替えて小百合さんはテーブルの向かいに座り、静かに待つ。

 僕も慌てながら、フローリングの床に置いていたバルーンセットを取り出してテーブルの上に置いた。

 彼女の目を確認して深く呼吸する。


「それじゃあ」


 僕はポンプと風船を両手に持ち、そして固まった。

 何を話せばいいんだ。何を語ればいいんだ。そして何を言えばいいんだっけ。

 完全に頭が真っ白になった。


「えっと。これはかなり重症だね」


 小百合さんの苦笑いを見て、僕は壮絶な勢いで現実に戻ってきた。

 そして羞恥全てが僕を襲ってきた。


「すみません。どう話せばいいか全くわからないんです」


 力なくテーブルに崩れていく僕。

 すると小百合さんはふむと考え始める。


「じゃあ。あらかじめ質問することを決めておいて、もうそれしか言わないことにするとか?」

「……?」


 その提案にいまいちピンと、きていない。


「どういうこと?」

「例えば三つほど言うことを考えていて、紙にメモして覚えておくとか」

「なるほど」


 先輩たちはアドリブでやっていたけど、別にそんなことせずに、あらかじめ言うことだけ決めておいて、それしか言わないようにすればいいのか。

 そしたら多少気は楽か。


「でも。それそのあとの言葉はどうしたらいいのか」

「うーん。そこは質問する内容を考えたら、ある程度は返ってくる内容は絞られるはずだから、そこも予め言葉を用意していたらいけるよ。頭で考えるからパニックになると思うよ。こういうのは一回紙に書き起こす! ほら、紙とペンを持って!」


 小百合さんに急かされながら、僕は紙とペンを用意した。そして書き出してみる。


・今日はどこからお越しになったか。

・大学祭はどこを回ったか。

・年はいくつか(子供限定)

・好きなものは何か(子供限定)


「んー。大体は子供が来るからいいと思うけど、絶対に女性に年を訊いたらダメだよ」

「はい。絶対にしません」


 でも緊張してそんなこと口走る可能性があるかもしれないから、年はいくつかは子供相手でも止めておこう。

 僕はその項目の上に横線を引く。


「んー。一番無難なのは、大学祭どこ回ったとかかな? 話を膨らませ易いし、それにオススメも言えたら向こうにもいい情報になると思うよ」


 なるほど、確かにこれなら当たり障りもなく話せると思う。下調べは必要だけど。

 モヤモヤしていた頭が少しだけスッキリした。


「それじゃあ。それを踏まえつつやっていこうか」

「えっ。あ。はい!」


 僕はまた慌てたのか、肘をテーブルにぶつける。


「大丈夫落ち着いて、片言でもいいしカンペを見ながらでもいいから話してみて」

「は、はい」


 こんな姿を見ても冷静にアドバイスをくれる小百合さん。僕も深く呼吸する。一度冷静になって落ち着く。

 小百合さんが真剣に考えてくれている。だから僕も少しでも頑張らないと。

 体に着いた緊張に飲まれないように、自分の心臓を落ち着かせた。

 そして僕は紙を横目に見ながらも、練習を始めたのであった。 

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