表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
101/162

『ババ抜き』

 これは一体どういうことだろうか。

 いや。本当にどういうことだろうか。

 今どこかと問われると家にいるのだけど……。そのなんと言えばいいのだろうか……。

 いつもアホみたいなことばっかり起きているのではないかと言われそうだけど、今回は野球に例えると変化球……。いや魔球だな。

 いつもが豪快なストレートか、高速スライダーがぐいっと来るような感じで、まだ分かりやすいからいいけど、今回は魔球だな。

 状況を理解できていない僕は、廊下に隠れてひたすらカメケンに電話をかける。


「おっ。カゲル。どうした?」


 三回かけ直してようやく出てくれた。


「えっと、えっと、その」


 折角電話に出てくれたのに、口から思うように言葉が出てこない。

 いやいやどう説明したら伝わるのだろうか。


「おーい」

「えっと。今時間ある?」

「あるにはあるけど、今家じゃないからな」

「いつ頃帰ってくる?」

「そうだな。まあ夕方ぐらいかな」


 夕方ぐらいか。頼みの綱がとても細いということは認識した。


「わかった。また家に戻ったら連絡して」

「おう。わかった。じゃあ切るで」

「あ、うん」


 ピッと切れる音が聞こえた。

 通話終了という画面を数秒眺めて、スマホを持ったまま下にぶらんと下げて、壁にもたれる。

 うーん。

 あまり長い時間ここにいると不自然に思われるかもしれない。

 仕方ない戻ろうか。

 トボトボトした足取りで歩いて、ガチャっとドアを開けた。


「大丈夫?」

「ああ。大丈夫です」


 座る小百合さんの気遣いに、僕は何とか笑顔を作って対応する。

 ただ、その対面にいる人物は仏頂面のまま腕を組んで動かない。


「柿沢さん。お茶いりますか?」

 

 彼女の目の前のコップは空っぽであったため、気を利かして訊いてみる。


「んあ!?」

「っ!」


 一回話しかけるたびに、叫ぶのやめてほしい。


「お茶いりますか?」

「ああ」


 すっとコップを僕の目の前に出してくる。それを恐る恐る貰って、お茶を淹れる。そして柿沢さんの目の前にコップを戻す。


「ああ」


 柿沢さんはコップを一瞥し、再び小百合さんを睨みつけた。

 小百合さんは身動き一つせずに、澄ました顔で見つめ返す。この無言の状況がかれこれ30分以上続いているのであった。

 事の発端は……。いや僕にはわからない。

 何故かと言うと、今日の正午過ぎにインターホンが鳴って、開けてみると小百合さんと柿沢さんの二人が真反対の表情で立っていたのである。

 何がどうなってそうなったんだろうか。全く状況がわからない僕であった。


 そして再びの沈黙。

 左側に静かに見つめる小百合さんと、右側に眉間にシワを寄せて睨む柿沢さん。

 そしてそれを正座したまま横から眺める僕。


「……」

「……」

「……」


 何とかしてくれ。

 というか何を言えばいい。何を話せばいい。今ここで「うおりゃっ」と卓袱台返しでもすれば解決するのではないかとすら思っている。そんな度胸などないけど。

 じっと二人の横顔を交互に見比べる。

 柿沢さんはいつも仏頂面している。というか顔疲れないのだろうか。どうしていつも気が立っているのか。

 それに対して小百合さんは何も話さないのも不思議だな。ポーカーフェイスが得意であまり顔に出ないのかもしれない。案外彼女も混乱しているのか、それとも全てを察して何も言わないのか。後者だったらちょっと怖いけど。

 このままだと埒が明かない。

 一度「ふー」と心の中で溜め息を一つ。するともう色々諦めがついてきた。

 何か話してみないことには始まらないか。このままでもどうにかなるかもしれないけど、何もしないのもよくなさそうだし、何かして動きがあればそれだけでもいいのかもしれない。


「あのー」

「ん? なに?」

「ああ!?」


 種類が全く違うけど、両方ともきちんと僕に顔を向ける。一言一言胃がピリピリするけど、ちょっと頑張ってみる。


「小百合さんと柿沢さんはどういう関係ですか?」

「……」

「……」


 しばしの沈黙のあと、二人は互いに目を合わせ柿沢さんだけはプイッとそっぽを向く。


「さっき外で出会っただけかな」

「階段で会った」


 僕に向かって答える小百合さんと、僕に顔を背けて答える柿沢さん。


「……そうなんですね」


 乾いた笑顔を見せる僕。いやさっき出会っただけって。


「……」


 再び戻る沈黙。

 何を話せばいい。いや会話能力値ゼロの僕にこれ以上の話題は難しい。となると何かしらのゲームをしたら少しは仲良くなれるのだろうか。

 家にあるゲームといえば、トランプぐらいしかないか。

 僕はそっと立ち上がり、近くのクローゼットを開けて、トランプを取り出す。


「なんかあれなんでトランプで遊びますか?」

「……そ、そうね」

「……あ、ああ」


 ビミョーな二人の反応に、早くも心が折れそうな僕である。でも誘ったなら途中で逃げるわけにはいかない。とりあえず盛り上がりそうなのは……。


「ババ抜きでもしますか」

「そうね」

「ああ」


 一応了承は得たみたいだ。 

 それでもあまり目立った動きをしない二人に本当にやってくれるのだろうかととても不安になったが、とりあえず僕がトランプを配るとすっと手を伸ばして手に取り、手札を確認し始めた。

 何だかんだ応じてくれている。

 ほっとしつつ自分の手札を開く。


「……」


 早くもジョーカーが手元にいるのであった。

 最初からとは、たぶん誰か取ってくれるであろうと軽く考えながらペアを探しつつ出していく。

 そして一通り出し終わり、僕の手札の数は五枚。小百合さんは六枚。柿沢さんは六枚という状態になる。

 数的には有利だけど、あんまり関係はないか。

 ピタッと二人からの視線が合う。


「ジャンケンで決めますか?」


 二人揃って静かに頷いた。

 案外素直だな。まあ。ここで拒絶する方が珍しいか。

 そしてジャンケンをする。

 結果、小百合さんが勝ち、彼女から時計回りに回ることになった。

 小百合さんが柿沢さんの手札から一枚取ろうとすると柿沢さんは更に目を尖らせて睨む。小百合さんが指先でトランプを掴むと、手札がプルプルと震え始める。柿沢さんの手の血管が少し浮き出ているのが見えた。

 だか小百合さんはほんの少し動きが止まっただけで、すっと一枚引き抜く。

 小百合さんは少しだけ頬を上げて、ペアになった二枚を出す。対して柿沢さんがギリっと歯軋りする。そして禍々しい気持ちを持ったまま、僕の手札に手を伸ばす。そして彼女はジョーカーのカードを摘まむと躊躇うことなく引き抜いた。

 カードを確認すると彼女は目をひん剥き、体か一瞬硬直した。

 何事もなかったの装いつつ柿沢さんは手札にカードを戻したが絶対に小百合さんが気づいたであろう。僕はさっと視線を小百合さんに移すと、一度だけ瞳を大きくする。

 やっぱり。

 そして予想通り、小百合さんは柿沢さんのジョーカーを躱して、取って上がった。そして僕も小百合さんのカードを引いたもの全てがペアになったのですぐにあがったのであった。

 柿沢さんが物凄く物騒な顔になっていた。

 トランプ作戦逆効果だった。

 どうしよう。下手に刺激すると、怒りそうだし、何とか気を沈める方法は。


「か、数谷さん」


 あーどうしようか。どうしようか。


「数谷さん!!!」

「は。はい!」


 突然。響いた声にビクッと体を震わせる僕。えっ。誰が呼んだのか。一瞬わからなかったけど、柿沢さんを見ると、ぎっと僕を睨んでいた。


「えっと、どうしました?」


 柿沢さんは腕を上げてビッと小百合さんを指さした。


「この人と数谷さんはどういう関係なんだ!?」

「……ん?」


 柿沢さんの顔は真っ赤になり、目が少しだけ潤んでいるのが見えたのであった。

 

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ