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オタマジャクシズ!!!  作者: 三箱
第二章 「夏から秋の騒動」
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『思わぬ助け船』

 ガラッと扉を開き帰宅する僕。

 ヘロヘロになった体。だけどすぐに就寝とはいかなかった。

 カスミン先輩の前でやる気を出したにも関わらず、結局練習は上手くいかなかった。

 考えると不安が拭えない。ぐっすり眠れない。どうしたらいい。

 いや、考えても仕方ないか。練習するしかない。

 フローリングの床に座り込み、風船を一つ取り出す。そして目の前にお客さんがいるというイメージでやる。


「……」


 ヤバい全くできる気がしない。

 そもそも初対面の人と話をするってどうしたらいい。

 どこを回ったとか、どこから来たのかとか、いや初対面の人にそんなこと訊くのって失礼ではないのか。

 コミュ症の僕には、もうすべてが不安でしかなかった。


「ふう。一旦外の空気でも吸うか」


 虚しい独り言と共に現実逃避をするのであった。


 少し肌寒くなった夜の空気。半袖ではみ出した腕をブルッと震えて身を少し小さくしながら歩いていく。

 秋が近づいているか。

 とはいえまだ木の葉が色づくにはまだあと一ヶ月は先かな。まだそれっぽいものは見つからない。


「ふー」


 季節のことを考えて誤魔化そうにも、すぐに大学祭のバルーンが過って憂鬱になる。

 首を下に向けて歩いていった。

 しばらくして、少し明るくなったので顔をあげると目の前に青色が特徴的なコンビニがあった。

 丁度いい。何か買って帰るか。

 中に入って適当なものを探す。炭酸とアイスとお菓子を籠に入れてレジに向かった。

 ぽんと籠を置いて顔をあげる。


「あ」

「あ」


 目の前に立っていたのは、僕の下の階の小柄な男性だった。青と白の縦縞の制服を身につけ、手にバーコードリーダーを構えたまま、目を丸くしていた。


「えっとここでバイトしているんですね」

「まあ。そうですね」

「お疲れ様です」

「あー。はい」


 何とも言えない空気が二人の間に流れた。

 だが男性は意に介さず、ピッ、ピッと黙々と僕の買った商品を、一つずつ打っていき、ビニール袋に詰めていく。


「538円になります」

「はい」


 僕はジャラジャラと音をならしながら財布の中を漁り、小銭を出す。


「丁度ですね。レシートは入りますか?」

「いえ。大丈夫です」

「かしこまりました」


 彼は、袋の持ち手をグルッと丸めて掴みやすくして、前に出す。 


「ありがとうございました」

「あ、ありがとうございます」


 向こうがペコリと頭を下げると、僕もつられて頭を下げた。そしてスタスタとコンビニを出ていった。

 帰り道の途中まで小走りで進み、ピタッと足を止める。

 あれが接客なのか、すごい淡白にやっていたな。

 コンビニで何回も通っているはずなのに、今更になって真面目にレジの接待を確認した。

 いやいや。でもあれはバルーンには生かせないよな。ちょっと対応が冷たい。ただ気遣いはいるのかな。

 うーん。

 考えていると色々訳がわからなくなっている。相変わらず頭の整理ができないのであった。


「あれ。カゲル君?」


 今日はよく声をかけられるな……。

 聞き覚えのある声にパッと目が覚めたように振り返る。

 白いバックを片手に、白いワンピースを着た女性が、少し控えめの高さで手を振っていた。


「さ、小百合さん」

「奇遇だね」


 長い黒髪を程よく揺れ、ヒールの音を小さく響かせながらゆっくりと歩いてきた。

 その姿に、少しだけドキッとする。


「どうしたの? 少しだけ浮かない顔をしていたけど」

「……」


 何だろうか。僕の回りの女性陣は察しがいい人が多すぎる。いや単に僕が分かりやすいせいなのかもしれないけど。でも話していいのだろうか。いやいや。女性に相談とか迷惑かな。それに女々しいと思われるかもしれない。

 そう考えつつ小百合さんの顔を伺うと、彼女は「ん?」と少しだけ首を傾げる。


(か、か。くっ)


 出しかけた言葉を何とか喉の奥に押し込む。

 でも……。話したほうがいいかなと思ってしまった。

 エリ先輩の脅迫じみた威圧とは全く違う。スッと僕の心を掴んで離さない。そんな感じであった。


「実はですね……」


 僕は大学祭のバルーン配布についての悩みを話した。

 彼女は僕の話しに真剣に耳を傾けてくれ、時より相槌を打ちながら聞いてくれた。すると彼女は少しだけ考え込んだ。そして。


「じゃあ。私が練習相手になろうか?」

「……へ?」


 一瞬変な声が出てしまった。聞き間違いではないよな。


「あっ。ごめんビックリさせた?」

「ごめんなさい。えっと本当ですか?」

「いやまあ。君が嫌でなければだけど」

「いや全然大丈夫です。むしろ本当にありがたいです」


 というか断れない。思いを寄せている女性が手伝ってくれると言われて断る言葉が出てこない。


「じゃあ。今日は夜遅いから明日朝ぐらいに行くね」

「あ、はい」

「じゃあ。またね」


 そう言って軽く手を振りながらゆっくりと去っていった。

 しばらくの間立ち止まっていた。

 そしてゆっくりと状況を把握していく。

 そして急にカーっと顔が熱くなった。

 好きな人と、一緒に練習って。いや待て待て、まともに練習できるのだろうか。いやいや。でも折角手伝ってくれると言ってくれてたのに、こっちが府抜けていたらいけないよな。

 しばらく混乱しながら、そしてぶつぶつと独り言を呟きながら歩いていた。誰かとすれ違っていたら、間違いなく変な目で見られていただろう。

 そして気がつくと家に帰って、気がつくとベッドでうつ伏せになって横になっていた。

 全く落ち着かなかった。

 たぶんいや。今日は絶対に眠れない。というか眠れる気がしない。

 色々な事が頭の中で回りテンションがおかしなことになっている。

 こう感覚的にはフワフワとして、モヨモヨとして、クルクルとしてこう言葉にしようにも要領を得ない。

 そして手がふらふらと動き全く落ち着かない。

 どうしよう部屋も掃除しないといけないのに……。

 ガバッと起き上がり、壁に立て掛けている掃除機を掴んだ。そして掃除を始めた。

 とりあえず何かやって気持ちを沈めよう。部屋が汚いのはみっともない。そしてどこかで眠らないと、たぶん明日寝不足でげっそりとした顔で迎えるのは格好が悪い。

 僕はただひたすらに掃除をした。たぶん人生で初めて真面目に掃除をしたのかもしれなかった。

 結果。めちゃくちゃ綺麗になっていた。

 そして時計を確認すると、深夜2時を過ぎていた。


「よし。寝よう」


 ベッドに飛び込むと、流石に疲れたのかすぐに眠気が襲ってきた。そして変にホカホカとした気持ちのまま、僕は眠りについたのだった。

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