石
カチン、かちぃん、コツン、こつぅん――いつも聴く音。石を叩く、単純作業。きっと俺の心も、叩けばこんな音がするんじゃないか。街は春風、華やいでるというのに 俺の心は常に冬。ずりずり、がすがす…石を氷雪の形に削る。まるで冬以外の季節を知らないよう。草木にも、人間にも天気にさえも、興味が沸かない。キルキル、スルスル。光沢が出るように、ひたすら磨く。感情なんて生きる上で必要ない。みんな要らないんだ。…ただ、きれいだ。完成したこれは、こんなに美しいものは生物には作れない。愁いを含んだ蒼い石、サファイヤ。…しかし、今日俺は何を―――俺はまたこんな雑石を作って一日を終えるのか。無色の休日。誰か、こんな俺にも春を持ってきてくれないか――あぁ、翠生。
…変な時間だった。翠生、翠生って。自分の名前をこんなに呼ばれたことは無い。暑いくらいの照明にエメラルドを煌めかせ、満員の観客に一礼し舞台裏へ下がる。鳴りやまない大喝采。
影森翠生、希代の大ピアニスト、天使の音色。今私はヨーロッパ各地でリサイタルを行っているが、今日はその初日公演だった。
宿へ戻り、ペリドットの宝石を外しながら考える――演奏中 頭の中で木霊した、青年の声。あれは何だったのか。