ムーサのかけらたち
現代日本語の「音楽」に対応するヨーロッパの主な語はmusic(英)、Musik(独)、Musique(仏)、musica(伊)である。ほぼ同じ綴りをもつこれらの語は、ラテン語の「ムシカ」をへて、ギリシャ語の「ムーシケー」に遡る。その「ムーシケー」は、太陽神アポロンに仕える女神「ムーサ」たちのつかさどる技芸、といったような意味となる。
ムーサの数や名前についてはさまざまな伝承がある。ヘシオドスの『神統記』(紀元前8世紀)には、ムーサたちのくわしい記述が見られる。ムーサたちは「神々と人間の父」ゼウスと、「記憶の女神」ムネーモシュネーとの間に生まれた。彼女たちが産み落とされたのは「災厄を忘れさせ、悲しみを鎮めるため」だったという。---
(田村和紀夫『文化としての西洋音楽の歩み わたし探しの音楽美学の旅』、東京:音楽之友社、2013年 より一部改文および抜粋)
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どこの地域にも伝承というものはあるし、不思議な場所もある。それが今では都市伝説となり、いつの間にかパワースポットとなったりして人々に知れ渡っているなんてことも存在する。この地も例外ではない。
『町の東側の小高い丘の上、そこには音楽の天使が住んでいる』という言い伝えがある。
一説によれば声が澄んだ綺麗な女性がいたとか、夜な夜なタイスの瞑想曲が聴こえる、毎日その丘に向かってお祈りをすれば音痴が治るとか…ただの噂にすぎないことからオカルト、ホラーに至るまで様々な話がある。しかしそれらは真実ではない。
町の東、小高い丘の上―そこには小さな教会がある。豪奢と言うよりはむしろ簡素という言葉の方が似合うような木造建築の建物。観光に来てもきっと忘れ去られ 通り過ぎられてしまうような、そんな教会である。しかし、ここにこそ音楽の天使がいるのだ。この教会の持ち主であった男性の、ふたりの子供。双子として生を受けた彼らは、生まれてくるときに命の他にもうひとつ 贈り物を授けられた。それは代々の教会の牧師‐音守の中でも清らかな魂を持ったもののみに与えられるものであり、稀有な能力に違いなかった。
これは、このふたりの天使と呼ばれる子供たちと音楽のきれいで不思議なお話。