2/7 井浦秀という男について
随筆だねこれ 小説じゃない
堀さんと宮村くん、という漫画作品がある。堀宮、と略称を得たこの作品のWeb連載は10年目を突破した、心のどこかに、本当にささやかな陰を持つ、等身大の高校生たちの青春群像劇である。4コマ形式ながらその細やかな心理状態の機微の描写と、どこにでもいるような、どこかにいて欲しいような、友人のような感覚を読者に与えるキャラクター設定が、密かに流行した原因であろう。
さて、この中でキャラクター人気投票で破竹の連覇を続けているキャラクターがいる。井浦秀。緑髪のサブキャラクターである。
この堀宮、読者層が結構表に出てこない印象があるが、筆者の経験則から察するに、女性の読者が多い。また、作者及び、商業化した後のコミカライズ作品の作画は女性である。といわれている。
余談のことながら、堀宮コミカライズの作者の女性の作者近影は、白いハゲである。女性作家が自分を書くとき、種村有菜先生を除く大体の方が白いハゲを描かれる。これを「自己を極端に消し目立たなくすることで、自己防衛の心理が働いている」と分析する意見を以前どこかで見かけた。大変興味深い。本当にtwitterで女性の方が漫画描くと、白いハゲばっかりなのだ。
種村先生以外の例外は、荒川弘先生の牛、中村光先生のおかっぱの人、というのがあるが、中村先生の顔も相当やる気がない。本人は美人なのだが、へのへのもへじ感があると分析できる。荒川先生に関しては、自身の出自にある程度のプライドをお持ちなのではないかと考えられる。そのために、牛、というアイコンを使っているのではないか。
話が逸れた。筆者がこれについて書こうと思ったことは一つである。
「井浦秀がなぜ人気か分析できれば、人気キャラの法則が見出せるのではないか」
ということである。
本編中、シリアスな回で彼の心理を描写するエピソードは非常に少ない。妹、井浦基子の高校受験の回以外は、ほとんどコメディリリーフに徹している。
彼の特徴として、非常に元気いっぱいで、うるさいとヒロインたちに邪険にされる点がある。しかし、家に帰れば騒いでいるわけではなく、内向的で、妹思いな様子を見せる。
凡百の「二面性のあるキャラクター」と異なるのは、「どちらの態度も、本気である」ということである。友人である堀さん宮村くんをはじめとするキャラクターたちを心の底ではバカにしているわけでもないし、妹に気を使ったり、絡みづらいな、と思っていたりする描写はそこには見えない。
自分自身はこの井浦秀というキャラクターに深く共感を覚えた。例えば、自分を受け入れてくれているかどうかに関係なく、この相手には騒いで接したい、この相手は様子を見たい、という感覚は筆者には確かに存在する。が、それを同意を持って受け入れてくれる友人はあまりいなかった。「無理をしている」あるいは「静かな方は生活しづらそう」と言った分析をもらっていたものだ。
共感が人気のヒントなのか。確かにその一面はあるかもしれない。だが、だとすれば主人公たちが共感を得られないのはおかしい。
それでは他の要素。井浦秀というキャラクターだけは他の漫画にはない面(先述の正と正の二面性)を持っている。他のキャラクターは、「いじめられていて心を閉ざしていた」だとか「生徒会長らしい生徒会長」だとか「自分に自信のない女の子」だとか「自分が可愛いとわかってて、でも一途だから実際可愛い女の子」とか「親友に好きだった子を取られたけどそいつのことも大切だからグッと堪えて、でもたまにつらい」とか、熱いんだけど、なんかどこかで聞いたことがあるのである。
普段非常に明るく振る舞うが、メールのテンションは低く、家族といるときは静かにしている、後輩といれば面倒見の良さを見せる。
ギャップといえばギャップだが、この落差を他の作品で見たことがあるだろうか。
何が言いたいか。読もうぜ。読解アヘンで検索だ。
ちなみになんですけど、僕が一番好きなキャラクターは石川くんです。女の子だと桜ちゃんです