第1話
俺は本を読むことが好きだ。
幼い頃に両親が事故死し、親戚中をたらい回しにされていた俺には、本を読むことが一番の楽しみだった。
友達も普通に出来てはいたが、転校を繰り返す俺には、長く付き合う友達などいない。
親戚達は両親が残した財産が目当てで、俺になど興味はなく、財産を奪い取ってからは、多少の罪悪感からか俺の面倒は見るが、厄介者として俺の事を扱う。
成長するに従い、俺は人が嫌いになっていった。
俺が本を好きになったのは、人が嫌いな事も一つの理由だが、それは小さな理由だ。
他にも小さな理由は色々とはあるが、本が好きな一番の理由は、純粋に知らない事を知る事が楽しいからだ。
俺は時間があれば、種類やジャンルに関係なく、様々な本を読み漁った。
本を読んでいる時間は、今の俺にとって、何よりも幸福な時間になっている。
しかし、そんな俺の幸福な時間を邪魔する奴が最近現れた。
天野楓
クラスメイトの一人なのだが、最近やたらと話しかけて来るようになった。
しかも厄介な事に、天野は世間で言うところの美少女であり、そんな美少女が熱心に俺に話しかけるものだから、周囲は面白くない。
特に、普段から一緒にいる四人は俺の事を良く思っていない思う。
久遠光、近藤武、藤野詩織、川原千佳の四人だ。
近藤と藤野は特に何も言ってこないが、態度からうかがえるし、久遠と川原はなにかと俺に文句を言ってくる。
天野も合わせて五人とも迷惑で、俺に関わって欲しくないのだが、天野に邪魔だと言っても、しつこく話しかけて来るので、改善されていない。
「天城君、ちょっと待って!」
また来た。
今は学校が終わり、帰り道の途中なのだが、後ろから天野の声が聞こえてくる。
無視したいが、久遠達が一緒にいれば、後で余計に面倒な事に成りそうなので後ろを見れば、天野が俺の方に走って来る。
天野の後ろには、久遠達の姿があるので、俺の判断は正しかったようだ。
俺は交差点を渡った所で立ち止まり、天野を待つことにした。
俺と天野の間には交差点があり、現在は赤信号で天野は止まっている。
信号が青に代わり、天野がこちらに渡って来ようとする。
俺はこの後の面倒事を考えて頭を振ったとき、視界の隅にトラックが映った。
何となくそのままトラックに視線を向ける。
そろそろ減速しなければ、交差点に突っ込んでしまうのに、減速する気配がない。
信号無視か。
俺はそう思って視線を元に戻したとき、愕然とした。
天野がそのまま、交差点を渡ろうとしているのだ。
このままでは、天野にトラックが衝突するだろう。
俺は声を上げる。
「天野、左からトラックが突っ込んで来るぞ!」
「えっ」
天野は俺の声を聞いて、左を向いたが動こうとしない。
いや、驚いて動けないだけだ。
それを確認した俺は、いつの間にか天野に向かって走り出していた。
普段の俺からは考えられないが、両親の事があったからかもしれない。
周囲の景色が遅くなっている。
俺の手が天野に届く頃には、トラックが直ぐそこまで来ていた。
俺は走ってきた勢いをそのままに、天野を突き飛ばす。
天野は驚いた様子で俺の事を見ている。
少し離れた場所から、久遠や近藤の叫び声、藤野と川原の悲鳴が聞こえてくる。
「天城君」
天野のが俺の名前を呼んだのを聞いた所で、凄まじい衝撃と共に俺の意識はなくなった。
天城空
享年18才、交通事故により死亡