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実家バトル

宴の席で、維心は憮然と座っていた。

本当なら、維月と並んで楽しく酒を飲んでいるはずだった。しかし、月見の宴だというのに、陰陽二人の月の姿はここにはない。月は冴え冴えと空に昇り、それは美しいが、ここが月の宮で、その王が同席しているほかは、宮での月見と変わらなかった。

炎嘉が、そんな維心に言った。

「相変らず無愛想な顔をしおってからに。主は素直過ぎるのだ。また維月と諍いでも起こしたか。」

からかうように機嫌良く微笑みながら言う炎嘉を、維心は恨めしげに見た。

「…誰のせいだと思うておる。」

炎嘉は、驚いたような顔をした。蒼が、慌てて割り込んだ。

「あの、炎嘉様。先ほどはありがとうございました。」

炎嘉は、急に蒼に礼を言われたので、急いでそちらを見た。

「なに?何のことか。我は何もしておらぬぞ。」

蒼は、首を振った。

「ほら、公青と箔翔のことです。」蒼は、あちら側に居る公青達を、少し気遣いながら見て、声を潜めた。「どうしようかと、困っていたので。」

炎嘉は、箔翔の方を見た。その後ろには、隠れるように結蘭が座っているが、結構離れていて、箔翔自身、そこに自分の妃が居ることに気付いているのかも疑問な様子だった。蒼から見ても、確かに公青が言う通り、結蘭は大変に美しくたしなみのある女神だった。箔翔の隣りには志心が座り、その向こう側に公青が居た。序列があるので、この並びになるのだ。神世の一番序列の高い宮の中では龍の宮、鳥の宮、月の宮、鷹の宮、白虎の宮、という順番なのだが、鳥の宮はもうないので、その元王だった炎嘉が維心の隣りに居る。そしてその隣りに蒼が座り…という形になるのだ。公青はもう一つ下の序列に入れられていたので、本当ならこんな上座には来ないのだが、箔翔が身内になるので近くに座らされるのだ。つまりは、公青の向こうには樹藤が居る。

炎嘉は、ため息をついた。

「あやつらものう、通うつもりもないのなら、娶らねば良いのよ。我は前世21人もの妃に毎日順番に通っておったぞ。それが、娶った礼儀というものだと我は思うておる。物ではないのだ。いくら宮のために嫁いで来たとはいえ、心があるのだからの。」

維心は、それを聞いて横を向いて眉を寄せた。炎嘉は、いつもそうだった。女好きでもない癖に、頼って来る宮を支援することを断ることもせずに、皇女を娶ってその宮を支援して来た。今生、維月以外は全く近寄らせないが、前世の炎嘉は、たくさん居ても自分の妃には全て平等に扱っていた。

蒼が、炎嘉に微笑んだ。

「炎嘉様は、そういうお考えですよね。それは母から聞いて知っています。炎嘉様はとてもお優しいかただから、と言っていました。」

炎嘉は、嬉しそうに蒼を見た。

「おお、そうか。維月は分かってくれておるのだな。ならば良い。前世は女好きだと陰口を叩かれておったからの。嫌いではないが、別に好きなわけでもないのだし。」

維心が、ふんと小さく鼻を鳴らした。

「…己が女の扱いに長けておるからと、偉そうに。」

呟くように言う維心に、炎嘉は眉を寄せて振り返った。

「維心。主は何ぞ、今日は会った端からそうして我に突っかかって来おって。何か我に言いたいことでもあるのか。」

維心は、キッと炎嘉を睨んだ。蒼は覚悟した…ああ、ここでまた炎嘉様にあのことをぶちまけてキレるんだろうか。

すると、維心はじっと炎嘉を睨んでいたが、結局横を向いた。

「…何も。」

炎嘉は、維心の側に寄って顔を覗き込んだ。

「気になるの。」尚も維心をじっと見ていた炎嘉だったが、急に立ち上がった。「北の庭へ。来い、維心。」

維心は、億劫そうに立ち上がった。蒼はホッとした…とにかく今日は、二人とも理性的な感じでよかった。見てない所で言い合いなら、宴もぶち壊れないしいいや。

維心と炎嘉は、二人で北の庭の方へと歩いて行った。宴用に豪華に着付けられたその二人の姿は、侍女達もため息をついて見送ったのだった。

蒼は、とりあえず維心と炎嘉は問題がなくなったので、気が進まなかったが、箔翔の方へと寄って行った。同じ上座とは言って、箔翔の座る場所までは10メートルほど離れていたのだ。

蒼がそこへ行くと、志心が少しホッとしたような顔をした。

「おお、蒼よ。此度は良い月よな。して」と、回りの何やら緊張感漂う様子に、自分の隣りを空けて言った。「ここが空いておる。」

蒼は、頷いた。恐らく志心は、ずっとこの身内の何某かを抱えて悶々としている中で、皆の機嫌をどうにかしようと一人奮闘していたのだろう。蒼がそこへ座ると、志心は言った。

「維心殿と炎嘉殿は散策か。我も同道しようかと思うて見ておったのだが。」

確かにこんな席に居たら立ちたいと思うだろう。だが、あっちには行かなかったのが正解だと蒼は思っていた。

「何やら母のことでお話があるとかで。」

それを聞いて、志心は目を丸くした。事態を悟ったようだ。

「…ならば、邪魔をしてはならぬの。」

蒼は、何度も頷いた。絶対にこちらの方がましだろうからだ。公青が、口を開いた。

「妃のことではどこも面倒を抱えておるようではないか。」

蒼は、仰天した。舅の樹藤が居る前で、それを言うなんて。

すると、樹藤が言った。

「父親が来るのを知っておって、連れても来ぬ主が何を言うか。主が何やら妹のことを案じておるとは聞いておるが、箔翔殿は連れて参っておるではないか。礼儀を知っておる。」

箔翔のずっと後ろで結蘭が、少し身を硬くしたのが分かった。蒼が、割り込んだ。

「そのような話をこのような場で。酒も入っておるし、やめたほうが良い。」

公青が、結蘭を見た。

「主は下がっておれ。我らは話があるゆえな。」と言ってから、蒼を見た。「蒼、こんな場でなくば話も出来ぬ。こうなってしもうたからには、じっと押し黙っておるより、話してしもうた方が良いのよ。」

結蘭は、兄に言われたが、夫は箔翔なので困って箔翔の方を見た。箔翔は、ちらと振り返ると、軽く頷いた。それを見て、結蘭は侍女達に伴われて、その場を辞して行った。

蒼は、これから始まる舌戦のことを思って、他の王達の様子を確認した。他の席に居る王達は、月の宮の珍しい酒やら肴やらに夢中で、楽しげに笑い合っている。とりあえず、他にはまだ気付かれていない。

「…では、ここで話しても良い代わりに、決して感情的にならぬように。皆に迷惑を掛けるなど、王の品位を問われるかと思うのだが。」

樹藤は、頷いた。

「分かっておるわ。」と、公青を見た。「して己から口を開いたのであるから、主も覚悟があろうの。華子(かこ)に何の不満があって顔も見に行かぬのだ。礼儀は教えておるし、あやつは何も言わぬが付けた侍女から話を聞いておるぞ。しかも、我が来るのを知っていて、なぜに連れてこなんだ。最低限の礼儀だろうが。主は他の宮の王に文句を言える義理ではないわ。」

公青は、樹藤を睨んだ。

「ただ合わぬだけ。王であるなら分かるであろう。宮同士の取り決めで嫁いだのであって、華子自体を望んだのではないぞ。きちんと妃として不自由はさせてはおらぬ。我に多くを望むでないわ。」

樹藤は、眉を寄せた。

「我が愛娘であるぞ?不幸にするために行かせたのではないわ。せめて最低限の扱いはせぬか。」

一応気は遣っているようで、激しい口調ではないものの、静かに圧力を感じる言い方だった。公青は、横を向いた。

「…そのように気に入らぬのなら、引き取れば良いであろう。我は止めぬ。」

樹藤は、さすがに激昂した顔をした。志心が、見かねて言った。

「公青、言い過ぎぞ。主とて己の妹を案じておるのではないのか。同じ気持ちぞ。分からぬか。」

公青は、志心を見た。

「我は志心殿に申したの。結蘭を娶ってくれと。だが断ったのではないのか。箔翔殿は鷹で、同じ序列と聞いて若い上に、承諾したゆえこっちへやったが、このようなことに。」

志心は、ため息をついた。

「我は今のところそのようなつもりはないからの。前に居た二人の妃はもう老いて先に亡うなったが、全く通っておらなんだ。同じ思いをさせることは分かっておったからの。主らとは違う。」

公青は、そう言われてしまって行き場がなく、箔翔を見た。

「それより主よ!志心殿がこうやって辞退したのに、主は受けた。他に気に入りの妃でも居るならまだしも、たった一人しか居らぬのに、なぜに通わぬのだ。本日見ておっても、非の打ち所もないではないか。」

箔翔は、重い口を開いた。

「…確かに、行くべき所へ行けば、あれは大変に大切にされるであろうの。しかし、我とは合わぬ。これは主が今樹藤殿に言うたのと同じ。我が父が存命の折、宮に女神は一人も居なかった。ゆえ、初めて女という生き物を見て接したのは、人世に修行に出されておる時であった。人は何でもはっきりと申す。神世の嗜み深いと言われておる女では、我には合わぬのよ。それを、結蘭が宮へ入って初めて知った。何を考えておるのか皆目分からぬ。我が聞いても、何でも我の良いようにと申す。己の考えのない女には、興味が湧かぬ。」

志心は、それを聞いて同情したような顔をした。おそらく、志心が惹かれているのは維月なので、その気持ちが分かるのだろう。そして間違いなく、そんな女は神世にはそう居なかった。

公青は、ぎりぎりと歯を食いしばった。

「何を…あやつが悪いと申すか。」

箔翔は、冷静に首を振った。

「いいや。ただ我には合わぬ。そう申しただけぞ。引き取りたいのなら、連れて参るが良い。我は止めぬ。」

おそらくわざとだろうが、公青と同じことを言った。公青は真っ赤になって何か言いたげだったが、同じことを樹藤に言ったのは自分なので、何も言えずに湯気が出そうなほどだったが、口を開かなかった。樹藤が、今の箔翔の言葉によう言ったというように、公青を見た。

「そら、我と同じ立場よな。」と、居住まいを正した。そして、真面目な顔になると、続けた。「さて、ならばここで取り決めを。我は華子を宮へ引き取る。そんな扱いを受けておるのを本人の口から聞いて知った以上、不幸な婚姻を続けさせるわけには行かぬ。別に我は主の宮から支援を受けておるわけでもないし、困っておらん。早々に迎えを差し向けようぞ。そして、箔翔殿の方は、主の決断だろうが。わだかまりはこの際ここで綺麗さっぱり消してしまうが良い。別に我らの身分では、婚姻の繋がりが無うても宮同士問題はあるまい。」

公青は、箔翔を睨んだ。箔翔は、相変らず落ち着いた様子で公青を見ている。しばらくじっと見ていたが、食い縛った歯の間から、搾り出すように言った。

「結蘭は、連れて帰る。今夜から我の客間に移すようにせよ。これ以上、物思いはさせぬ。」

それを聞いた、蒼が割り込んだ。

「ならば、これで取り決めを。もうこれまでのように、他は問題ない宮の間が、妃のことでいざこざするのは真っ平だ。会合などでも、そんな空気が伝わるゆえ、維心様が大変にご機嫌を悪くなさるから。本日だとて、おそらくそんな空気が面倒で腹を立てていらして席を立たれたのやもしれない。」

それを聞いて、樹藤がびくっとした。いくら序列が上の王とは言っても、維心は怖い。機嫌を損ねると、些細なことでもどんな沙汰が下されるか分からないからだ。公青も、居心地悪げに座りなおした。維心を厄介だと思っているのは、同じらしい。蒼はそれを知っていたので、わざとそう言ったのだ。

箔翔は、息をついた。

「では、我は少し庭で風にでも当たって参る。長くこんな場に座っておったので、肩が凝ったわ。」

そう言うと、立ち上がって南の方へ歩いて言った。樹藤がそれを見て、自分も立ち上がった。

「では、我はそろそろ部屋へ引き上げる。いろいろ命を出さねばならぬことが出来たゆえな。」

蒼は、頷いた。

「これで少しは、案じることも少なくなれば良いが。」

樹藤は、蒼に微笑んだ。

「ああ。すっきりしたものよ。ずっと案じておったからの。やはり宮の何某より、想いがある男へ嫁がせた方が娘も幸福であったろうにな。維心殿が己の軍神へ瑠維殿を降嫁させたのは、思えば正解であるよ。己の手元に置くに限るわ。」

そう言うと、そこを離れて行った。残された公青は、ため息をついて、蒼を見た。

「では我も。蒼殿、すまぬ、このように宴の席で諍いを。だが、我もこれで案じておったことが無くなった。妃はまだ一人残っておるが、それでもあれは実家がうるさいこともないし、本人も我が来ぬ方が良いようで、伸び伸びとやっておる。結蘭も、宮へ戻せる。あの箔翔の言いようには腹が立ったが、我も同じ。なので、すっきりした。」

志心は、横から言った。

「箔翔のことは分かってやるが良い。我には、あれの心持ちがよう分かる。恐らくはどうしようもないのだ。妹君が悪いのではないぞ。」

公青は、頷いた。

「分かっておるよ。男女のことは、ままならぬもの。我とて、それぐらいはの。」

そうして、公青もそこを立って出て行った。

蒼は、そろそろ知章との約束の時間が近付いていると、月の傾きを見て、思っていた。


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