祝いの宴
その夜は、月の宮の臣下達も地位など関係なく末席に座る事を許され、いつもなら主だった王族と臣下でも上位の者しか座れないそこに、皆が集って大変に賑やかな宴になった。
公青の宮からついて来た軍神達も遠慮がちに隅に座っていたが、すぐに月の宮の軍神達と楽しく歓談し始めた。
維心は、維月が言ったようにかなりの量の酒を持って来ていて、これだけの人数に充分に行き渡っていた。
公青が、上機嫌で言う。
「ああ、良い酒よ。」と、隣に遠慮がちに座る輝章を見た。「そら、もっと空けぬか。ついでやろうぞ。」
維心が、向こう側から言った。
「公青、そのように強いるでないわ。ゆっくり飲めば良いのよ、酒は尽きぬ。」
維月が、その斜め後ろから笑った。
「そうですわ、公青様。いくら良いお酒でも、急げば悪酔いしてしまいまする。」
公青は、拗ねたように言った。
「祝いであろうが。こんな酒を浴びるほど飲めるなど滅多に無いのに。もったいない。」
蒼が言った。
「気持ちは分かるが、余ったら少し持ち帰れば良いから。急ぐでない。」
公青は、ぱっと顔を輝かせた。
「おおそうか!ならばあまり飲んではならぬの。土産がなくなるゆえ。」
維心が、苦笑した。
「そんなに気に入ったか。我はいつなり酒は、これしか飲まぬから分からぬがの。」
公青は、恨めしげに維心を見た。
「龍王め。口が肥えておるはずよ。」
するとそこへ、十六夜が入って来て維月の横に座った。維心が、眉を寄せる。
「なんぞ、来たのか。」
十六夜は、小さく舌を出した。
「あいにくだったな。月の宮で維月を独り占めなんか出来るはずないたろうが。」
維心はふんと横を向いた。
「分かっておるわ。」
すると、維月が小さな声で、結蘭に聞こえないように言った。
「十六夜、やっぱり…?」
十六夜は首を振った。
「来るべきじゃないと。確かに親父はこんな宴には滅多に出ねぇし。オレもこれでいいと思うよ。」
維月は、頷いた。維心は、維月から皆聞いて知っていたが、何も言わなかった。
結蘭を見ると、輝章に杯を持っていない方の手でしっかり手を握られて、王族の妃らしく扇を高く上げて目だけでそちらを見ている。その目元は、微笑んでいた。気は暖かく穏やかで、落ち着いているのが分かる。
確かにここに碧黎が来て、場に緊張感が増すのは良くない。
公青が、十六夜に言った。
「珍しいの、主がこのような席に。いつなり酒の席になど出て来ぬと聞いておるし、我が居った間も出て来なんだのに。」
十六夜は、薄っすら笑って答えた。
「気が向けば来る。向かなかったら来ない。それだけだ。今日は気分がいいし、維月が維心に一人にべったりされてるのもシャクだから来たのさ。」
維心がますます眉を寄せて不機嫌そうに横を向いた。公青は苦笑した。
「ほんに主らは複雑よな。ようそれでうまくやれておることよ。」
すると、維心が言った。
「甘んじるよりあるまいが。前世よりこれであるし、我ももう慣れたわ。最初は我慢ならんでよう影で岩などに当り散らしておったもの。」
維月が、仰天したように袖で口を押さえて維心を見上げた。
「まあ維心様?もしやあの頃庭の岩がしょっちゅう入れ替わっておったのは、そのせいでありましたか。」
維心は、頷いた。
「ああバレたの。そうよ。我が片っ端から砕いて回るゆえ、庭師が走り回っておったわ。あの頃、庭師の数が格段に増えてな。洪がこれではたまらぬと海の方でやって来いと直訴に来た事があった。」
維月は、知らなかったとはいえ、まさか臣下達にそんなことで迷惑を掛けていたのは悪かったと今更ながらに思った。十六夜は、横から言った。
「バレたもクソもお前がばらしたんじゃねぇか。子供だったんだよ、あの頃の維心は。1700歳が聞いて呆れるね。今は落ち着いたみたいじゃねぇか。生まれ変わっても記憶を持って来て良かったじゃねぇか。その分大人で。」
維心は、憮然として十六夜を見た。
「あのな、主とて同い年だったではないか。己の力の使い方も知らなんだ主に言われとうないわ。」
二人は、ぶすっとしてにらみ合っている。
すると、深い聞き慣れた声が割り込んだ。
「何ぞ、またやっておるのか。」
維月も十六夜も、維心も驚いてそちらを振り返った。すると、碧黎がいつの間にかそこに立って二人を見ていた。
輝章も結蘭も、一気に緊張した面持ちになる。十六夜が、慌てて言った。
「来ないって言ってたんじゃなかったのか。」
碧黎は、ふふんと笑った。
「気が向いた。向かねば来ぬ。」自分と同じことを言う碧黎に、十六夜は黙った。碧黎は続けた。「何やら不穏な雰囲気よな、維心、十六夜。主らはまだ共に居ったらそのように争うか。主らの争いなど、我から見たら戯れでしかないわ。」
維心も、ぐっと黙った。蒼が、急いで席を勧めた。
「碧黎様、どうぞお座りください。」
しかし、碧黎は首を振った。
「いや、良い。祝いの宴であろう?我は、祝いに参っただけぞ。」と、輝章と結蘭を見た。二人は、身を強張らせる。しかし、碧黎は構えもせず言った。「めでたいことよ。我からも祝いを贈ろうぞ。」
二人が、びっくりして目を丸くしていると、碧黎は手を上げた。蒼は、大きな力の波動が宮全体、いや、領地全体の地から湧き上がって来るのを感じて身構えた。維心と十六夜も、慌てて維月を両側から庇って覆う。広間の全ての神がその気を感じて成すすべなくその場に伏せていると、その力は皆を突き抜けて宮の上空まで上がると、すーっと再び地に溶けるように消えて行った。
「い、今のは何ぞ…?」
公青が、呆然と杯を落としたまま周囲を見る。その隣りでは輝章も結蘭を庇って抱きしめていた。
「祝いだと言うておるであろうが。」碧黎は、呆れたように言って手を下ろした。「良い酒を飲めば良い。ではの。」
碧黎は、すっとその場から消えた。維心は、誰にともなく言った。
「…我の気が、洗い流されておる。」と、自分の手を見た。「本日の僅かばかりの疲労が、欠片も残っておらぬ。まるで目覚めた時のようぞ。」
公青も、慌てて自分の気を探った。
「我もぞ。」と、軽くなった身を動かした。「おお、いくらでも飲めそうぞ。もっと酒を持て。」
侍女達は、慌てて酒瓶を取りに走る。蒼は、自分の杯に残っていた酒を飲んだ。
「…うわ、味が変わってる…。」
維心が、それを聞いて自分の杯を持って、口へと運んだ。そして、目を細めた。
「飲んだことのない酒ぞ。我が驚くほど美味だと感じるとは。」
公青も、急いで側の杯を拾って酒を注ぎ、飲み干した。
「おお…!何と、これほどに旨い酒は飲んだことがない!」
我慢がならないらしく、側の酒瓶から片っ端から酒を注いでは飲み干している。維月が、言った。
「お父様は…大地の気を皆に降らせたのだわ…。」
十六夜が、頷いた。
「親父がよく子供の頃に話してくれた、命を育む気ってヤツだな。必要な時に必要なだけしか与えないって言ってたのに。」
維月は、ふふと笑った。
「お父様なりの、祝いの気持ちなのだわ。きっと、輝章様と結蘭殿の婚姻を、心から祝ってくださるお気持ちなのよ。あれでお父様も、気を遣うかただから。」
輝章と結蘭が、ホッとしたように微笑み合っている。
それから宴は、維心と十六夜も口論することもなく、穏やかに賑やかに遅くまで続いたのだった。
それから輝章と結蘭は、知章の宮へと飛び立って行き、公青も無事に西の宮へと帰って行った。
そうして、里帰りも無事に済ませた維月は龍の宮へと帰って行って、月の宮はまた穏やかで静かな日常を送ることが出来ていた。
碧黎も、慌しかったひと月が過ぎて、急に静かになった宮に、今まで感じたことのない物足りなさを感じて、庭に出て浮かび、月を見上げていた。自分は、地として命を育むために生きて来た。誰に何を教えられることもなく、命達が生きて行くのを観察してそれを学び、それを守り、繁栄させることだけを考えて行動し、孤独など感じたことがなかった。
なぜなら、自分は唯一一人の地で、片割れである陰の地でさえ守るべき存在だと思って生きていたからだ。
唯一の存在が、孤独など感じることはなかった。なぜなら、他に同じ命など居ないからだ。対等に思える命がない以上、自分は一人。そんなことは、この命に刻まれて知っていたからだ。
それなのに、自分の分身のような存在と作った二人の命との生活は、楽しく癒されるものだった。守るべきものという感覚は変わらないのに、対等なのだ。そうして別の意思を持ち、生きて行動する。時に語り合い、学び合う。それが、この上ない喜びとなっていたのだ。
維月が帰って、まとわりつく愛おしいものが居なくなって、碧黎は物足りなかったのだ。十六夜は、同じようにかわいいと思っていたが、自分に似て気ままで思うようにしか動かないので、自分から側で話そうと言うのはシャクだった。だが、少し話しに行ってもいいか、と碧黎が思っていると、そこに声がした。
「親父。」
碧黎は、振り返った。今、考えていたところに。まるで知っているのかのようではないか。
「…何ぞ。気が向いたか?」
碧黎が答えると、十六夜は寄って来て隣に浮いた。
「維月が帰って物足りなくてな。親父はどうしてるかと思ってさ。」
碧黎は、苦笑した。どこまでも我に似ておるヤツよ。
「まあ良い。しかし此度の文句は聞かぬぞ?」
十六夜は、首を振った。
「ああ、あれはもういい。結蘭だって、あれで諦めたんだろうしよ。親父には親父の考えがあるしな。もしもオレだったら、きっと同じようにした。オレだって、誰にだって優しくなんて出来ねぇし。それに、親父は最後にあいつらを祝福してやったじゃねぇか。親父にしか出来ないやり方で。」
碧黎は、月を見上げた。
「あれぐらいしか我には出来ぬ。維心や蒼のように、神世で価値があると言われるものなど何も持たぬからの。力はあるが、我は神世での財力とやらはない。」
十六夜は、また首を振った。
「親父にしか出来ないことをしてやったじゃねぇか。あれで充分さ。親父には、オレ達にはどうしようもないことをどうにかする力がある。それに、知識もある。だから…いつも勝てないと思うんだし。」
十六夜は、最後の方は下を向いた。碧黎は、十六夜の頭をぽんぽんと叩いた。
「ま、我に勝とうなどと考える輩は、今まで一人もおらなんだ。主は貴重な存在ぞ。」
十六夜は、その手を振り払った。
「子供じゃねぇっての!ちょっと褒めたらよ。」
碧黎は、ふふんと笑った。
「今のは褒めたのか?事実を述べておっただけではないか。」と、また月を見上げた。「ま、良いわ。それにしても、維月と過ごしておると落ち着いて心地よい。此度の里帰りは、我も楽しめた。主には感謝せねばの、十六夜。しばらく譲ってくれておったではないか。これからも、少し願うやもな。」
十六夜は、とんでもないと首を振った。
「毎回はダメだぞ!維月が親父に心変わりでもしたらどうしてくれる。」
碧黎は、笑って高く浮き上がった。
「とうにあれは我を慕っておるわ。父としての。」と、方向を変えた。「少し見回って参る。しばらく月の宮を出ておらなんだ。維月も帰ったし、ここに居る必要もないしな。ではの、十六夜よ。」
十六夜は、そんな碧黎を見送った。父親でありながら、友のような。しかし抗えない気を持つ存在。
「…親父は、よくわからねぇ…。」
十六夜も、光に戻って、月へと帰って行った。
西の地も落ち着き、神世は静かだ。
たくさんの神が眠りにつく夜、しかし着実に、何かが起こり始めていた。
ありがとうございました。明日から続・迷ったら月に聞け9~時を越えてhttp://ncode.syosetu.com/n4917cs/が始まります。あまりにだらだらと恋愛ばかりなので、少し事件が起こります。過去の話が出て来ますので、始めから読んでくださっているかたには懐かしいかも。またよろしくお願いします。6・11




