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不名誉

十六夜は、結蘭を取り敢えず奥宮を出てすぐにある待機所に押し込むと、蒼の侍女に堅く口止めをしてそこを見張らせ、蒼の居間へと向かった。その待機所は、蒼に目通りをとやって来た神を、蒼に伝えに行っている間待たせて置く場所で、普段は誰も居ない。今は、客と言っても早朝なので泊まりの客の輝章と唯しか居ないので、一番いいかと思ったのだ。

十六夜だって、こんな早朝に結蘭と二人で奥宮なんかを歩いている所を見られたくはなかった。

十六夜が急いでいると、維月があの、結蘭の薄物の袿を着て前から飛んで来た。

「十六夜!どう?」

十六夜は、維月に駆け寄った。

「ああ、何とか待機所に押し込んで来た。蒼の侍女に見張らせてるよ。あいつらは口が堅いから大丈夫だ。」

維月は、深刻な顔で頷いた。

「そうね。だから蒼の侍女なんだもんね。でも、どうする…?結蘭の侍女は、どうしてるのかしら。きっと探してるわね。まさか誰彼構わず聞いて回ってなんかいないわよね?」

十六夜は、首を振った。

「分からねぇ。あいつらもまさか嗜み深い皇女がそんなことをしに行ったとは思ってないだろうし、連れて行かれたと思う方が自然だ。略奪婚が合法なんだから、もしかしてとか思ってるんじゃねぇか。そうなると誰が相手か気になるだろうし、里の宮へ出戻っても肩身が狭いから、大っぴらに探してもおかしくはねぇ。だけどオレは、あいつらの所へ行って変に勘繰られるのは嫌だぞ。無理に婚姻が成立しただの騒がれたらどうしてくれる。」

維月は、息をついた。

「そうね。私が行くわ。とにかく着替えないと。蒼には十六夜が説明しておいてくれる?」

「何を説明するんだよ。」

いきなり、後ろから蒼の声が言った。驚いた維月と十六夜は、蒼を振り返った。維月は、怒っているような蒼に、罰が悪そうな顔をした。

「それが…ちょっと、面倒なことになっちゃって。」

蒼は、険しい顔で頷いた。

「そんな格好で部屋を出て来てるんだから、そうだろうな。」と、十六夜を見た。「もう手遅れだよ。オレの侍女から今、寝起きに聞いた。結蘭が部屋に居ないってな。」

十六夜と維月は、顔を見合わせた…もう、侍女が知っているのか。

「…その結蘭は、今奥宮前の待機所に居る。」十六夜が言うと、蒼が驚いた顔で口を開きかけた。十六夜はそれを遮った。「説明する。居間へ行こう。」

そうして、まだ不満そうな蒼と一緒に、二人は蒼の居間へと歩いたのだった。


十六夜が話す内容に、蒼はじっと黙って聞いていたが、段々に眉が寄って来た。そうして、最後にはすっかり疲れ切った様子で、椅子へと沈んだ。

「…じゃあ、オレの侍女の中で実情を知ってる者は、今待機所で見張ってるわけか。」

十六夜は、頷いた。

「そうだ。あいつらは口が堅いから、使わせてもらってる。」

蒼は、額を押さえて、顔を隠したまま頷いた。

「仕方がない。オレの侍女達には変な噂を立てないように言っておく。だが、あれらが知ってるってことは、もう皆が知ってるってことだ。侍女が言うには、朝奥へ向かって来る時に、侍女の一人に呼び止められて、王の侍女のかた、蒼様は我が皇女をお呼びになられてはおりませんでしょうか、って聞かれたって言ってたよ。侍女は、王はお部屋でお一人でお休みになっているので、どなたも居られませぬが、と答えたと。真っ先にオレが疑われたわけだな。」

維月が、気の毒そうに言った。

「仕方がないわよ、一番そこに落ち着いて欲しいって、侍女達の願いでしょうから。箔翔様の妃だったんだし、同じ格の王なら面目が立つから。」

蒼は、手を少し上げてちらと維月を見やった。

「で?どうするんだよ。これじゃあ四方丸く収めるなんて、到底無理だ。碧黎様が言うように、自分がしたことなんだから、自分で被ってもらわないと…オレははっきり言って、今は妃なんて要らないからな。華鈴だって年老いたと言ってもまだ生きてるんだし。せっかく穏やかな老後を過ごさせてるのに、ここでそんな心労を与えたくないじゃないか。」

蒼の妃は、今や三人のうち残っているのは一番若かった華鈴だけだった。華鈴には、娶った時に死ぬまで守ると約束していた。安心して過ごさせると決めたのだから、こんな行きがかりで妃になんて出来ない。

維月も十六夜も、顔を見合わせてから力なく頷いた。

「…分かってる。お前にこれ以上嫁を押し付けたりしねぇよ。それでなくても前世は大変だったのを見てたし。」

維月は、同じように言った。

「そうよ。あなたにばかり何のかも押し付けられないから。かわいそうだけど…」と、十六夜を見た。「このまま、噂に尾ひれがついてどこまで行くか分からないまま、放置するしかないわね。」

十六夜は、維月に頷いてその肩を抱いた。

「オレとか蒼に忍んで駄目だったって感じなる可能性もあるな。もうなるようにしかならねぇな。」

蒼は、それを聞いて深く沈んだ。結蘭は気の毒だが、仕方がない。そこまでしてやる筋でもないし、公青だってもっと急いで迎え取ってくれたら良かったのに…。

すると、侍女の声が控えめに言った。

「王。お目通りのお願いが。」

蒼は、ちらとそちらを見た。

「誰か?」

この早朝に。

蒼は思ったが、そう答えた。すると、侍女は答えた。

「はい。輝章様でございます。」

蒼は、頷いた。

「これへ。」そして、維月を見た。「母さん、その格好じゃまずい。十六夜と一緒に着替えて来た方がいいよ。部屋へ帰って。」

維月は、慌てて立ち上がった。十六夜も、それと一緒に立ち上がる。

「じゃあ、またな、蒼。ほとぼりが冷めたら、侍女に結蘭を部屋へ帰すように言ってくれ。」

蒼は、気だるげに頷いた。

「分かった。あんな所に荷物を抱えてると思うと落ち着かないし、早めに帰すよ。」

そして、二人はそこを慌てて出て行った。


輝章は、相変わらずどこか微笑んだような穏やかな様子で入って来た。蒼を見て、一瞬驚いたような顔をしたが、それでも蒼の前に腰掛けた。

「どうなさったのか、蒼殿。朝から宮が何やら騒がしいので、気になってこちらへ参ったのであるが。何やら、待機所の侍女達も、中は改装中だとかで外で待てと言うておったし。」

そういうことにしているのか。

蒼は、自分の侍女の優秀さに感謝した。また褒美を出さねば。

「すまないな。いろいろと込み合っておって。何か聞いておるか?」

輝章は、少しためらったが、答えた。

「侍女の言うことなどと我も気にせぬでおりたかったが…その、何やら結蘭殿が居らぬようになったとかで。昨夜から褥も休んだ様子がないことから、昨夜のうちにどこかに行ったのではないかと、結蘭殿の侍女達が探し回っておるそうな。我は侍女達がそんな話をするのを、ただ聞いておっただけであるが、気になっての。あのような場を見てしもうたばかりであったし、もしや命でも…と。」

そっちを心配してたのか。

蒼は少しホッとした。輝章は、結蘭がショックのあまり自殺したのではないかと案じているのだ。

蒼は、首を振った。

「この宮は、そういった邪念は全て洗い流してしまう浄化の光が常に降っている場。ここ月の宮に関しては、よほどの決意が無い限り、そのようなことをする輩は出ぬ。もちろん、月の力にも消せない闇もあるから、そんなものを抱えておったら無理であるがな。」

輝章は、意外にもそれを聞いて眉を寄せた。蒼は、驚いた。安心するんじゃないのか。

「…ならば、違う方か。」輝章は、蒼をじっと見た。「実は、こんな噂も耳にした。これは唯が聞いて来たことであるが、結蘭殿が、碧黎様に忍ばれて、それなのに維月殿が居ったゆえ、それを成すことが出来なかったのではないか、と言うておる侍女が居るらしいのだが。」

蒼は、仰天した。

「なぜに碧黎様の名が侍女に知れておるのだ?」

輝章は、息をついた。

「やはりの。蒼殿、女達はかしましいもの。碧黎様と結蘭殿は、よう庭を歩いておったと聞いておる。何でも碧黎様が出ておられるのを待って、結蘭殿は庭へ飛び出すように出ておられたとか。これでは、噂になっておってもおかしくはない。」

確かにそうだった。

この二年近く、ずっとそうしていたのなら、侍女達だって見ていただろう。そしてどう見ても、碧黎ではなく結蘭から懸想していたのは、二人の性質を見ていても分かる。

碧黎は、普通の神には全く関心を示さないからだ。

ここの侍女達は、碧黎や陽蘭、十六夜、維月の性質をよく理解している。なので、そう言われていてもおかしはなかった。

蒼は、息をついた。

「仕方がない。あの場を一緒に見ていたんだし、そこまで知ってるんなら、嘘はつけないな。実は輝章殿、侍女達の言うておることは本当なのだ。結蘭殿は、昨夜碧黎様の部屋へ忍んだ。そこで一夜を過ごしたが、そこには維月も居た。結蘭殿は気付かずに朝まで寝台の脇に潜んでいて、明け方出て来て維月が居たことを知り、婚姻は成らなかった。」

輝章は、目に見えて同情したような顔をした。

「…では…結蘭殿は、このまま真実が知れ渡ったら、大変な不名誉に。」

蒼は、頷いた。

「そうなのだ。そうならぬようにと、十六夜と維月が何とかあれを繕わせて部屋から連れ出し、今奥宮横の待機所に篭めている。だが、このままではどうにもならぬな。あれの侍女がそんな風に主人が居らぬと吹聴して回ってしまったゆえ。収まる場も見つからぬ。」

蒼は、またそれを思い出して頭を抱えた。あれほどに嗜み深い皇女だったのに。恋慕う気持ちというのは、そんな風に狂わせてしまうのか。

輝章は、立ち上がった。

「…結蘭殿に、会えぬか。」

蒼は、驚いた顔をした。

「え?」

輝章は、真剣な表情で蒼を見た。

「そのような気の毒なこと。想う気持ちの重さに負けて、つい忍んでしもうただけであろうに。このままでは、西へ帰っても後ろ指を差されたまま、苦しい生活になろうぞ。」

蒼は、確かにそうだが、と同じように立ち上がりながら言った。

「だが、主が話を聞いてどうなるのだ。どう言うても状況は変わらぬ。」

輝章は、首を振った。

「策はあるはず。我だって、主らが助けてくれようと考えてくれておったではないか。そうして、今ここに居る。我には見捨てることは出来ぬ。」

そうして、輝章の熱意に負けて、蒼は待機所へと急かされたのだった。

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