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遭遇

蒼は、それを見てしまった。

というか、帰り道上に、二人が立っていたのだ。

輝章と二人で、思わず気配を消して脇へと入ったが、これは、一番避けたかった事態ではないのか。

母さんは何をしてるんだよ、と蒼は辺りをきょろきょろと見回したが、維月の姿はない。気を探ってみると、どうやら宮の出入り口の所で居るようだ。

《蒼殿。》輝章が念で言った。《どうしたものか。あれは碧黎殿では?》

蒼は、頷いた。

《話した通り、あれは地の化身で。あまり神世のことに明るくないので…我ら月の眷族は、皆少し神世の常識とは違うのだ。》

輝章は、頷いた。

《唯からいくらか聞いておって、知っておるつもりぞ。しかし、相手は…?我は長く神世を離れておったゆえ、誰なのか全く分からぬのだ。》

蒼は、ため息をついた。

《あれは、公青の妹の結蘭。少し心労で、ここで預かって静養することを許しておったのだが、いろいろ困ったことがあって…。》

目の前では、碧黎は厳しい顔つきに変わった。そして、心にさくさくと刺さるようなことを、簡単に言い放つと、さっさと踵を返して戻って行った。

輝章が、目を丸くしている。蒼は、どうしたものかと困っていた。結蘭は、ショックからかそこからなかなか立ち去ろうとしない。だが、蒼も輝章も、そこを通って宮へ戻りたかった。ここで出て行って、全て聞いていたのかとなると、結蘭はもっとショックかもしれない。

蒼が悩んでいると、意外にも輝章がすっと立ち上がった。

《蒼殿、あちらから歩いて来たようにしてくれぬか。さすれば、通りがかっただけに見えよう。》

蒼は、我に返って輝章を見た。輝章は、微笑んで頷いている。蒼は、頷き返した。

《では、オレが先に。》

蒼は、あたかも向こうから歩いて来たかのようか顔をして、そこへ足を踏み出した。

「輝章殿、ではもう少し滞在なされば良いのだ。この向こうには、鶴の宮もあるし、輝重という植物を司る神の宮もある。雰囲気が似ておるし、友になれるのではないか。」

輝章は、突然に蒼がそんなことを言うので驚いたが、何でもないように頷いた。

「それは楽しみなことよ。」

二人に気付いた結蘭が、慌てて立ち上がって背を向け、涙を拭っているのが見える。蒼は、出来るだけ自然に見えるように気遣いながら、それを見て言った。

「誰ぞ?結蘭か?」

すると、結蘭は顔が見えないように扇を高く上げると、深々と頭を下げた。

「蒼様。」

蒼は、微笑んだ。わざとらしくなかったかと、少し心配になったが、大丈夫だろうと思った。

「庭へ出ておったのか。公青が案じておったのに、此度相留と戻らなかったそうだの。別に戻っても、またこちらへ遊びに参れば良いのに。」

結蘭は、目を上げなかった。

「はい…あまりに急なことに、準備が追いつかなかったのですわ。兄がこちらへ参るとのこと。その時には、準備を整えて戻るつもりでおりまする。」

蒼は、頷いた。

「そうか。」と、輝章を振り返った。「ああ、知章殿の弟君、輝章殿ぞ。此度ここへ訪問してくれておってな。」

結蘭は、また輝章の顔も見ずに頭を下げ直した。

「初めてお目に掛かりまする。結蘭と申します。」

輝章は、会釈した。

「結蘭殿。」

沈黙。

蒼は、変な空気になってはいけないと、急いで足を宮へと向けた。

「さあ、もう日が暮れる。我もまだやることがあるのでの。輝章殿、戻ろうぞ。」

輝章は、頷いて蒼に従って宮へと歩いた。

蒼は、ふっと肩で息をついた。それにしても…最悪の事態ではないか。だがしかし、ああして普通の対応をすることが出来た。少しでも余裕がなければ、ああして落ち着いて顔を隠して自分達の対応など出来なかったはずだ。

諦めがついているのか…断られるのを分かっていて、告白したのだとか?

蒼は思いながらも、十六夜の所へと足を速めていた。


その少し前、維月はハラハラと遠くなる人影を見つめていた。すると、十六夜が慌てたような顔で、維月の目の前にパッと現れた。

「維月?!何やってる、親父と結蘭を二人にしたら駄目だろうが!」

維月は、十六夜を困ったように見た。

「だって…直談判に来たの。それで、お父様がきりが無いからって…それを止められると思う?」

十六夜は、空を見上げた。月から二人の様子を見ているらしい。

「確かに止められねぇな。親父も、確かに苛々してたみてぇだし。だがこれで、ここ三日間の努力も水の泡なんじゃねぇのか。」

維月は、じっと空を見上げながら、言った。

「でも…案外に大丈夫なような気がするの。」

十六夜は、維月を鋭い目で見た。

「は?どういうことでぇ。考え方でも変わって、女ならなんでも来いとかなってるんじゃねぇだろうな。それはそれで困ったもんだが。」

維月は、呆れたように十六夜を見て、首を振った。

「違うの。お父様の考え方を聞いたのよ。私も、そうかも知れないと思ったわ。お父様は別に、相手を傷つけようと思ってはっきりおっしゃるんじゃないのよ。その気もないのに、変な同情で嘘をついて断っても、相手にありもしない希望を与えることになって、余計にこじれるって。その希望が本当はなかったって知った時の絶望の方が大きいって。だから、もしも自分なら偽りのない気持ちを話すのだそうよ。私も、その通りだと思う…いろいろ考え方はあるかと思うけど、結蘭にへんな希望を残すよりも、きっぱり斬り捨てた方がいいじゃないかしら。だって、凄く積極的じゃない?あれって、お父様が何度も庭で会う度に希望を持って、それが大きく育ってしまったからでは?女神があれはおかしいでしょう。結蘭はとても嗜み深い女神だったのに。ここではっきりさせなければ、もっと希望が育ってしまうわ。期待が大きいほど、ショックも大きいのではない?私とお父様がべったりと見ていたし、少し不安もあって、もしかして断られるかもと思っているから、良い機なのではないかしら。」

十六夜は、じっと空をにらみつけて、うーんと唸った。

「…だったらいいが…」と、ぐっと眉を寄せた。「維月、見てみろ。」

維月は、空を見た。月の力を使うと、話し声まではっきり聴こえる…。

『ならば、主に言わねばならぬ。我は、主に限らず他のどの女神もそんな対象には見ておらぬ。なので顔も名すら覚えようとも思わぬ。我から見たら主は池に泳ぐ複数の鯉の一匹のようなもの。複数生きておるのを眺めることはするが、ただ一匹と目に留めてめでることもないし、まして鯉相手に婚姻を考えるような感情など湧くはずもない。我と対等なのは月の眷族のみ。よって我の興味は、維月にある。主と我は、対等ではない。己の分を弁えよ。』

維月は、それを聞いて口を押さえて十六夜を見た。十六夜も、厳しい表情で維月を見返す。

「ちょっと…言い過ぎではない?」

維月が言うと、十六夜は答えた。

「ちょっとか?言い過ぎだよ。いくらなんでも、はっきり言い過ぎだろう。親父はああいう考えなんだろうが、他に言い方無かったのか。」

維月は、またおろおろと遠く庭を、二人が居るはずの方角を見た。

「どうしよう。結蘭、大丈夫かしら。でも私が行ったらここの所諦めさせようとお父様にベッタリだったし、逆効果よね。十六夜、行く?」

十六夜は、とんでもないという風に、首を振った。

「オレ?駄目駄目、絶対そういうのに向かねぇから!」と、何かに気付いたように空を見た。「あ、蒼と輝章だ。あいつら、あの現場に出くわしたのか。」

すると、上から声がした。

「何を見ておる?」

維月と十六夜は、慌てて見上げた。すると、碧黎が浮いて二人を見下ろしていた。

「親父…結蘭と二人きりで居たから、見てたんだよ。」

碧黎は、呆れたように眉を寄せると、降りて来た。

「すぐに戻ると申したであろう、維月。大事ない。」

そう言うと、碧黎は維月の肩を抱いた。十六夜が、首を振った。

「何を言ってるんでぇ、あんなにはっきり、それもきつい言い方して。立ち直れなかったらどうする。」

碧黎は、首を振った。

「立ち直るであろうよ。そもそも我とあれでは全く命が違う。維心と維月とは、訳が違うのだぞ?維心は我が作った完璧な命であるし、まあ神でも有りかもしれぬがの、あれはただの神ぞ。何ら特別な所などない。人が月に想いを寄せるようなもの。始めから叶うはずなどないのだ。我はあれにそれを説明したつもりであったがの。言葉が足りぬか。」

維月は、慌てて首を振った。

「充分ですわ。これ以上は何も言わずで良いかと。」と、十六夜を見た。「とにかく、お父様はお断りになったのだから。結蘭の様子は、また見ておきましょう。」

碧黎がこれ以上何かしたらややこしいと、話を終わらせようと思っているようだ。十六夜は仕方なく頷いた。

「分かったよ。気を付けておく。」

碧黎は、顔をしかめた。

「何を気を付けておくのだ?十六夜、神同士の恋愛とは違って、あまりに遠い存在であったなら、かえって人や神は諦めもつくものなのだ。維心を見よ、あやつは神世の女にどれ程望まれておるのだ。しかしあまりに高い地位に居るゆえ、断られても皆平気でおるではないか。同じ事よ。」

碧黎は、あくまで自分は間違っていないと言いたいらしい。維月は、必死に宮の中へと碧黎を押しながら、頷いた。

「はい、分かっておりますわ。お父様は間違っておられませんから。お部屋へ戻りましょうほどに。」

碧黎は、まだ納得してなさそうな十六夜に何か言いたそうだったが、維月に引っ張られて渋々宮の中へと入って行った。十六夜はそれを見送ってホッとしていたが、すぐに背後から声がした。

「十六夜。」蒼だった。「アレの説明はしてくれるんだろうな。」

十六夜がため息をついて振り返ると、蒼が恨めしげにこちらを見ていて、その横に困ったように微笑する輝章が立っていた。

「オレが悪いんじゃねぇぞ。とにかく説明はする。だが断じてオレが悪いんじゃねぇ。」

そうして、三人は宮の中へと入って行った。

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