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癒し

次の日、蒼は輝章の訪問を受けていた。

娘が世話になった礼に参りたいということだったが、その実は一人残った唯が、なかなかに知章の宮に慣れないため、気晴らしに連れて来たのは、事前に聞いて知っていた。

その、輝章と唯は、謁見の間で並んで立って、玉座に座っている蒼に向かい合った。

「蒼殿。いろいろとお世話になった上、我に事にまで最後までお気遣い頂いておったと娘より聞いておる。月の十六夜殿には、人世で一人残っておる間、いろいろと話し相手になってもろうておった。一度きちんと礼をと思うて、こうして参ったのだ。」

蒼は、頷いた。

「わざわざにお運び頂いて逆に恐縮しておる。凜は、無事にあちらでうまくやっておるようぞ。公青からも聞いている。」

輝章は、微笑んだ。

「凜のこと、どこなりと気丈にやっておるのだろう。あれのお陰で、我もこうして本来の姿に戻ることが出来、唯も皇女に戻すことが出来た。これよりのことはないと思うておる。」

蒼は、唯を見た。唯は、少し痩せたようではあったが、それでも顔色は悪くなかった。蒼に向かって、頭を下げている。

「蒼様。こちらへ来ると、清々しく癒される心地が致します。」

唯は、しばらくの間に、話し方まで皇女らしくなっていた。蒼は、努力しているのだろうと唯を気遣った。

「それは良かったことよ。ここに来ておる間は、ゆっくりすると良い。」

唯は、それは嬉しそうに微笑んだ。

「はい。ありがとうございます。」

蒼は、立ち上がった。

「では、唯は勝手知ったる宮であるし、好きにしておれば良い。輝章殿には、月の宮を案内しよう。」

輝章は、頷いた。

「お頼みする。ここはほんに美しい宮ぞ。」

そうして、蒼と輝章は歩いて行った。唯は久しぶりに放って置かれる開放感を味わい、侍女と共に、月の宮の中を歩いて行ったのだった。


維月は、碧黎に伴われて月の宮へと戻って来た。

碧黎が、十六夜も待っておるだろうと言うので部屋へと帰って来たが、落ち着かない。もしも、こうしている間に庭へでも出て、結蘭が待ち構えていたらどうしよう。

十六夜は、部屋へ戻って維月が居るのに驚いた顔をした。

「維月!親父をほっといたらダメだろうが!」

維月は、困ったように言った。

「だって、お父様が十六夜が拗ねるって言って、戻れと言うんだもの!あまり側にって頑固に言っても、疑われるでしょう?」

十六夜は、確かに急に維月がまとわりついて来たら、子供の頃ならいざ知らず、今はおかしい。維月が自分を求めてるとか思って、娶るとか言い出すかもしれない。

「困ったな…今は大人しく部屋に居るみたいだが、親父がじっとしてることが少ないしな。」維月は、それを聞いて苦笑した。確かに十六夜がそうだから、親子でそういうところがとても似ている。十六夜は続けた。「どうせなら別の宮へ行ってくれたらいいんだけど。庭だろうなあ。維月が居るもんな。いつでも会えるようって思うだろうし。」

維月は、首をかしげた。

「でも…じゃあどうしようか。やっぱり、お父様にくっついてた方がいい?」

十六夜は、頷いた。

「あと三日。公青が迎えをこっちへ送って来るから、それまでは親父から離れないでくれ。公青からの連絡が結蘭にも届いてるだろうから、きっと結蘭は焦ってる。こんな時に、親父を一人にしちゃいけないんだよ。」

維月は、頷いた。

「分かったわ…少々無理そうでも、こじつけてお父様にくっついているわ。それでいい?」

十六夜は、頷いた。

「そうしてくれ。」と、空を見た。「あ、ヤバい!維月、走れ!親父の部屋だ!裏から入れ!」

維月は、訳が分からなかったが、慌てて足を動かした。

「え、え、何?」

十六夜は、叫んだ。

「親父が出て来ないから焦れたのか部屋へ訪ねたんだよ!急げ維月!」

維月は、少し浮いて急いで宮の中を飛んだ。それにしても、嗜み深い神の女が男の部屋を訪ねるなんて、これは本当に、十六夜が言う通り帰る前にと、焦っているんだわ!

維月は、ここ最近で一番速く宮の中を飛び抜けたのだった。


結蘭は、碧黎が帰っているのを感じ取っていた。

維月の、あの珍しい気が近くにしない。ということは、維月は今碧黎の側には居ないのだ。

結蘭は、迷った。このまま、碧黎が庭へ出て来るのを待とうか。だが、兄が切った期限は三日。その間、碧黎が一人になるのが今以外にあるのかも分からない。しかし、男の部屋を己から訪ねるなど、神の女の嗜みに欠ける。分かってはいるが、結蘭は追い詰められていた。今すぐに…どうしても、碧黎様にこの想いをお伝えし、そうしてお側に置いて頂けるようにお願いをしなければ、今度いつお会い出来るか分からなくなる。

結蘭は、生きて来た中で一番勇気を振り絞って、碧黎の部屋を訪ねたのだった。

侍女達も連れずにたった一人で戸の前に立ち、意を決して声を掛けた。

「碧黎様。いらっしゃいますでしょうか。」

すると、少し間があってから、戸が誰の手も借りずにすっと開いた。驚いていると、碧黎の声が言った。

「西の島の女か?何用か。」

結蘭は、恐る恐る部屋の中へと足を進めて、奥の大きな椅子に座ってこちらを見ている碧黎を見た。そこは居間のようで、寛いだ着物でいる。結蘭は、頭を下げた。

「突然にお訪ねして申し訳ありませぬ。どうしても、お話したいことがありましたの。我は、近く兄に迎え取られて宮へ戻るので…。」

碧黎は、それを聞いても特に感想はないようだった。

「本来我は、他の神の訪問など受けぬ。だが、今は気分が良いゆえ、聞いても良い。申せ。」

椅子を勧められる事も無い。だが、碧黎自体がそう言ったことは気にしないのかもしれないと思い、足を進めて碧黎の前に立った。

「碧黎様…我が碧黎様にお会いして、もうすぐ二年になろうかとしておりまする。初めてお会いした時から、今までこうして何度もお話くださいました。」

碧黎は、首をかしげた。

「そうであったか?」何やら思い出そうと眉を寄せている。「そうだったやもの。」

結蘭は、一瞬自信が揺らいだが、目の前の碧黎は、今まで見た中で一番落ち着いて、穏やかな様だ。今が最高の機であるのは、間違いない。

なので、顔を上げて言った。

「碧黎様に、我の気持ちを告げたいと思うて参りました。」

碧黎は、きょとんとした顔をした。

「気持ち?」

「お父様!!」そこへ、維月が物凄い勢いで飛び込んで来た。「お父様、私北東の海へ参りたいのですわ!!」

碧黎も結蘭も、仰天してそちらを見た。維月は、ぜいぜいと肩で息をしながらそこで立っている。碧黎は、慌てて立ち上がって維月に手を差し出した。

「維月、どうしたのだ、急に。十六夜の所へ戻っておったのではないのか。」

維月は差し出された手ではなく碧黎の胸に飛びつくと、首を振った。

「十六夜も、忙しい時があるのですわ。忙しいと言われて、お父様の所へ行けと言われ来ましたの!」

碧黎は、まるで子供の頃のようにまとわり付く維月を、慣れたように腕に抱き寄せると、苦笑した。

「ほんに困ったことよ。まるで幼い頃に戻ったようではないか、維月。そのように突然に飛び込んで来るのは礼に反すると我に教えたのは、主ではなかったか?」

維月は、確かにそうだけど、緊急事態だったんだもの、と思いながらも、ちらと結蘭を見た。邪魔をされたのにも関わらず、憤った様子も見せずに落ち着いた表情で立っている。しかし、その気を見れば、維月に対してかなり苛々としているのは、容易に感じ取れた。

維月は、それを見て思った…じゃあ、これを利用して引き離してしまったら?お父様がどこまで私の言うことを聞いてくださるか分からないけれど、でも、試してみよう。あと三日離れていればいいんだから。

維月は、心の中でそう判断すると、わざと拗ねたようにした。

「…お邪魔でございましたの?女のかたが、お部屋にいらっしゃるなんて。お父様には、昨夜あのようにおっしゃったのに、あれは偽りでありましたのね。私、とても嬉しく思うておりましたのに…。」

碧黎は、慌てたように横を向いた維月の顔を覗き込んだ。普段慌てることの少ない碧黎にしては、珍しい反応だった。

「違う、我は偽りなど申さぬ。これは主が考えるようなことではないのだ…ただ、この…ええっと名は知らぬが西の島の女が訪ねて参って話があると申すから。主は常、神には親切にせよと申すのではないのか?」

それを聞いて結蘭は、ショックを受けた。もしかしてと思っていたが、本当に名を覚えていてくださっておらぬのか。

「我は、結蘭と申しまする。」

結蘭は、意地で名乗った。しかし、碧黎はうるさそうにした。

「もう良い、訊いておらぬ。」と、維月を見た。「維月、機嫌を直さぬか。北東の海であろう?連れて参ろう。」

維月は、さすがに少し結蘭が気になったが、ここでこの姿勢を崩すわけにもいかない。なので、幾分力を抜いて、しかし結蘭をとにかく追い返そうと、言った。

「結蘭殿。父はとても浮世離れしておるので、何かお気に障ったりございましたでしょうか?それならば私からお詫び致しまするわ。ですけれど、独り身の女のかたが、このような男所帯の部屋へとお一人で来られるのはいかがなものでしょうか。大変に不愉快ですこと。」

最後の数言は、眉を不機嫌に寄せて、口元を袖で押さえてわざとキツい口調で言った。結蘭は、確かに自分でも嗜みのないことをしている自覚があったので、それをこの、遠慮のない、どう見ても嗜みのない女の部類に入る維月に言われたことに、とても恥ずかしく悔しく思った。

しかし碧黎は、結蘭よりも維月に言った。

「そのような。普通の神が我に何を言いに来れるというのだ。さあ、そのように不機嫌な顔をするでないぞ。」と、維月の肩を抱いて引きずるように外へと足を向けた。「外出すれば気も紛れよう。」

維月は、碧黎を恨めしげにじーっと見ながら、碧黎に合わせて足を進めながら言った。

「ですが…他の女などには興味が無いと、昨夜あれほどに言うておられたのではありませぬか。なのに、私が十六夜の所へ戻ると、このようなことを。」

碧黎は、ぶんぶんと首を振った。

「主が気にするようなことではないゆえ。さあ、機嫌を直して参ろう!」

碧黎は、維月を連れて結蘭を振り返りもせずに、そこを出て行った。結蘭は、また自分の気持ちを告げることが出来なかった、と口元を震わせた。碧黎は、自分の名すら知らなかった。だが、維月や十六夜の邪魔さえ入らなければ、碧黎はいつも、普通に話を聞いてくれ、そして普通に答えてくれていたのだ。だが、やはり維月のことを何より重要視しているように見える。維月が来たら、維月を不機嫌にしないために、心にもないようなことも言うような…。だが、維月は龍王妃。十六夜の片割れでもある。今更碧黎にまで縁付くわけにも行かない身だろう。娘というだけで、ああして思い通りにしていると言うのなら、維月が帰ったなら…。いつも、ひと月ここに居る。つまりは、ひと月さえ過ぎれば。

結蘭は、諦めていなかった。自分でも驚くほどに、碧黎に心酔し始めていたのだ。どうあっても碧黎にこの想いを告げるため、何としてもあとひと月、月の宮へ留まろう!

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